日記・コラム・つぶやき

初詣

 今年の初詣は一月ニ日 静岡市民に一番馴染み深い初詣のスポット 静岡浅間神社(おせんげんさん)に詣でました。

 静岡浅間神社の重要文化財社殿の「平成の大改修」と云われる化粧直しは 平成二十六年から二十年かけて着々と進められております。
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赤鳥居を潜ると、主祭神の大歳御祖命(おおとしおみや)が祀られている社殿が一昨年には改修のトップを切り屋根の葺き替えや化粧直しも済ませ、多くの初詣客をお迎えくださいました。

 静岡浅間神社は、静岡市民にも案外知られていない 実は私も詳しくは昨年知ったばかりでしたが、祀られている神々様の何と!多いことでしょう。 有り難い神社です。

 神部神社(かんべじんじゃ)、浅間神社(あさまじんじゃ)、大歳御祖命神社(おおとしおみやじんじゃ)、麓山神社(はやまじんじゃ)、少彦名神社(すくなひこじんじゃ)、玉鉾神社(たまぼこじんじゃ)、木花咲耶姫命(このはなさくやひめ)、天照大神、雷神、大和武尊、徳川家康はじめ五十六の神々様が祀られております。

 絢爛極彩色の蟇股彫刻(祝事の彫刻)の数々が二百年前の状態に復元された大歳御祖命神社(おおとしおみやじんじゃ)です。

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 大歳御祖命神社本殿の初詣客は神妙な面持ちで列をなしております。
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 今年も穏やかな比較的暖かな晴天に恵まれて物凄い参詣客です。
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 84歳の昨年、どうした弾みか?登ってしまった麓山神社(はやまじんじゃ)参道の「百段」(実際には煩悩を断つ108段)を 今年は怖じけながら見上げて、どうしたものか? しばらく麓で自問自答。
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八十路も後半 無理は禁物と我が身をたしなめて、半分だけの挑戦 「一日十笑健康長生き」 を祈願いたしました。

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あけましておめでとうございます

 平成30年 2018年  元旦

 明けまして おめでとうございます

 皆様方にはお健やかに新しい年をお迎えのことと存じます

 

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   笑う門には福来たる    笑てんか~

本年も 明るく過ごしていただけますよう 微笑みのブログを綴って参りたいと心新たにしております

 どうぞ お付き合いくださいますよう謹んでお願い申し上げます

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無病息災 感謝の一年でした

 2017年平成29年が暮れようとしています。

 クリスマスがすぎれば我家のBGMは、ジングルベルから、ベートーヴェンの1~9までの交響曲が大晦日まで流れます。
ヘルベルト・フォン・カラヤン率いる ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン学友会合唱団。 
1962年 カラヤン壮年期収録のCDです。
カラヤン没後今年は丁度28年になります。

 心引き締まる思いで聴きながら 老体に無理の無い様かばって 手抜きをしながらの年用意に勤しむ?のですから名曲鑑賞に没頭と云う事でしょうか。

 日本人はべトーヴェンの第九がお好きなようで、大晦日にはラジオやTVから流れて、一年の総締めくくりを感じさせてくれのです。そして来年への希望と活力をいただくのです。

 第九はベートーヴェン最後の交響曲ということで一年の総仕上げ そして明日への希望を抱くにふさわしいシンフォニーです。

 私個人的には、第四楽章の合唱は、シラーの「歓喜に寄せ」の人類愛を謳った合唱で、この一年をつつがなく過ごせた感謝と、新しい年への心構えの応援歌として勇気をいただいています。
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 感謝と勇気をいただくと云えば、郷土の母なる川 安倍川の川岸からの雄大な富士山です。
殊に年末の夕焼け空 茜に染まる雄大な富士山には この1年無事に過ごせた感謝と 来年もきっと元気でいられると どれほど勇気づけられることでしょう。

 ブログをご高覧下さった皆様にも沢山の勇気をいただきました。
心より厚く御礼申し上げます。
来る年も たとえ細々でもブログを継続できますよう心がけて参りたいと思います。

 以前収録した比叡山延暦寺の鐘の音をお聴きいただきながら、佳い新年をお迎えくださいませ。

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中秋の名月回想

 平成二十九年の中秋の名月は十月四日でした。
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 過去の中秋の名月を遡ってみれば 平成二十三年は九月十二日、二十四年は九月十一日、二十五年は九月三十日 昨年は九月十五日 そして来年平成三十年は九月二十四日という具合に天文学的に満月は太陽、地球、月の位置関係で決まりますが、中秋の名月は必ずしも満月とは限りません。
因みに今年の中秋の名月は十月四日で 満月は二日後の十月六日でした。

日本人は事を始める時 特に冠婚葬祭には、大安とか仏滅など六曜を大変気にしますが 興味深いことに毎年中秋の名月は「仏滅」なのです。

それを解くカギは

陰暦の月と日付を足した数字から六を引いて割り切れれば「大安」 余りが一つなら「赤口」 二つなら「先勝」 三つは「友引」 四は「先負」 五は「仏滅」 と云うような方程式があるそうです。
それでは計算してみましょう。

  2017年10月4日の旧暦(陰暦)は8月15日ですから
  8+15ー6-6-6=5  余り5は「仏滅」  なるほど!

それはさて置き 去る年の中秋の名月を再現してみましょう。

数年前撮影した 静岡市駿河区丸子の吐月峰柴屋寺の名月へお供えの画像です。
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 「月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」 
詠み人知らずですが 
有名な歌にあるように 中秋の名月はたとえ仏滅と云われても 断乎決定的名月の鑑賞詩です。

 近頃我が家の周辺は高層ビルの林立で 自宅からのお月見はままならなくなりました。
今年の名月は たまたま旅行と重なって 折角の名月を愛でる余裕は残念ながらありませんでした。
おまけに、六日の満月はあいにく雨でした。

 八十路も五合目 寄る年波には勝てず、夜道は危険もあって、今後も名月鑑賞は期待できそうもありません。  そこで
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 次の二題の動画は 数年前静岡市駿河区の吐月峰柴屋寺 暗夜の庭園で次第に昇る名月と、その夜に収録した中秋の夜にふさわしい琵琶法師さながらの名演奏の動画です。




 10分間の琵琶演奏をごゆっくりお楽しみください。

 茶菓のご接待をいただいた後、暗夜の庭園のあちこちに揺れる 燭の灯りや虫すだく中 「祇園精舎の鐘の声、、♪、、」の琵琶の調べ延々十分間を撮影した動画を何度も何度も再生しては回想にふけるのです

  過去のブログ記事や、アップしたYou Tubeに保存されている私にとって貴重な動画を、いつでも何度でも見ることが出来る幸せは、パソコンとの触れ合い無しでは語ることができません。 

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敬老の日雑感

 朝8時 自治会長さんが「おめでとうございます」と、ずしっと重い包みを届けてくださいました。
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学区自治連合会から「敬老」の日 祝のお弁当に紅白饅頭やお菓子等 ひ孫の
ような小学生からの可愛いお祝いメッセージを添えた 心あたたまる贈り物です。
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  「今年私達町内で 生存されていらっしゃる高齢女性は 4組のYさん、1組のH子さん 次が貴女です。 おめでとうございます。
 これからもお怪我のないよう長生きしてください」 
  
えッ?  私が?」
 町内約80戸 推定人員200人余、内半数が女性100余人として、私が高齢女性生存者3人目とは! まさか! まさか!
いつの間にこんな歳になってしまったのかしら? いつの間に、、、
 
 お二人とも息子さんご夫婦やお孫さんと同居されての暮らしです。

 親子孫三世代の大家族構成で 幼い頃から年寄りを敬まいながら育った私たち昭和一桁世代にとって 近頃実子家族と同居生活の中でも 独り居での孤独よりも 言い知れぬ孤独感を余儀なくされていられる方があまりにも多いと聞きます。

 夫に先立たれて早56年が経ってしまいました。
当時4歳と1歳だった二人の娘も夫々嫁いで幸せそうな四半世紀余りが経ちました。
以来独り暮らしの私は 家族に守られ助けられながらの友人を羨ましくも思っておりましたが
 「独りが良いよ~、、、」と吐露する声が頻々と聞こえてまいります。 
 寂しい時代になりました。

 人生100年時代、長過ぎる老後をどう備えれば良いのでしょうか?
「独りが良いよ~」と云われても、押し寄せる不安や孤独にどう立ち向かったら良いのでしょうか?

 余儀なく独居にせよ 三世代同居にせよ 若い時には考えもしなかった自立して安楽な余生の暮らし方を 50歳代~60歳代で見つけることが出来れば 少なからず孤独を克服できるかもしれません。


 

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ブログ10年目の記録冊子

 年寄りの冷水と自重(自嘲)しつつ、毎週日曜日に更新を決めて欠かさずアップしたブログ「パソコンは老いをらない」は お陰様で五月二十七日で十年間を綴ることが出来ました。
これもひとえに、パソコンサロンゆうらくさんから高齢の私に適応したご指導を賜り また多くの方にご高覧戴き、お与えくださるコメントに随分励まされました。
  ありがとうございました。

こうして折角綴った拙い記事でも 私のこの歳になると些かの自分史に成るかもしれないと淡い期待を覚えつつ、毎年一年分の記事を纏めて手前味噌ですが 今回で十冊目の「パソコンは老いを知らない!」 記録冊子ができあがりました。
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 一年(五十二週)分を九十ニページに亘っての冊子作りは、元来横書きのブログ記事を縦書きにコピー&ペーストすると云う いささか面倒な作業で パソコン自身が戸惑い悲鳴を上げて 画像がとんでもない処に飛んでしまって定位置に中々収まらず、思わぬハプニングに遭遇したり、コピー機のトラブルに四苦八苦するなど、艱難辛苦の人生行路に通ずるものがありました。
  この難関突破は脳トレに役立つかもしれません。

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 自分史とも言えるパソコン&コピー機を屈指しての自作 十年十冊の冊子を目前にして、電話もテレビもなかった若かりし時代を過ごした昭和一桁生まれの私にとって こんな事が出来ようとは。 若棋士の言葉を借りて 只々『僥倖』としか言いようがありません。 
 パソコン遊びの楽しさ素晴らしさを得た幸せを噛み締めています。

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 17年前 当時の森総理大臣の「IT革命!」を提唱されたのが切っ掛けで始めたパソコンとの関わり合いが、後期高齢「おひとりさま」暮らしに大きな指針と楽しみの糧になろうとは、当時は思いも及ばない事でした。

 当時68歳の私は、ITとは何ぞや? パソコンとは何ぞや? パソコン操作は皆目分からぬ!  分からぬ事が分からぬ!
 「そうだ!」 
思い立ったが吉日、パソコン教室の門を叩いて、焦らず諦めずが功を奏して こうして余生の楽しみを享受しております。
 
日進月歩どころか 秒速単位で進化する「IT時代」 世の中は「スマートフォン時代」 便利この上もない代物ですが まだまだ学ぶこと山積です。

 十年目のブログ記念日の五月二十八日は感慨も新たに これから一年 無事のブログ更新を祈念しつつ発信の決意をしたところでございます。
歳は争えません 何時の日か?ギブアップするかも知れまが、、、

 ご高覧いただいた皆さまに御礼申し上げますとともに、今後共どうぞよろしくお付き合いくださいますようお願い申し上げます。

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木喰仏さま

 前回7月2日にアップした不思議な現象?の記事の最後は デジカメ メモリカードに残されている画像 木喰(もくじき)仏さまのご加護のお陰と締めくくりました。

今回は僭越ですが 木喰仏さまの事を語らせてください。 
下の画像は 問題を引き起こしたあのデジカメにキープされている静岡市 泉秀寺所蔵 【木喰仏】二体の画像です。

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PCに取り込み トリミングしました。
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 木喰仏さまは、聖と云われ五穀 或いは十穀を断絶しながら 木喰戒修行を積み 僧でありながら名利にとらわれない信仰心篤い世俗人で、甲斐の国丸畑 今の山梨県下部町古関丸畑ご出身の木喰五行上人が、木仏様を彫りながら全国を行脚され、静岡県にも何十体と残されています。
焼津や岡部に多くが残されていることは 承知してはいましたが、先日わが静岡市にも「子安観音」と「大黒天」2体の微笑仏が残されていることを知りました。

 木喰五行上人(もくじきごぎょうしょうにん)は、江戸時代の中期 亨保3年(1718年)山梨県身延・古関丸畑に生まれました。
 45歳の時 木喰戒を受けると共に、日本諸国を巡り歩く願を立て56才遊行聖となって93才(1810年)で亡くなるまで 南は九州から北は北海道と全国隈なく歩き、千体仏手彫の願を立てて 行く先々で木仏像を残されました。

 木喰仏さまのこの画像を見ながら 今から34年前 私50歳 昭和58年(1983年)10月30日の事がまざまざと蘇ってまいります。

【年一回発行の四十雀会の記録冊子
(1980~1991)

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 昭和55年(1980年)に 「よく学び よく遊べ」をモットーに雑学と言う遊びの中に 自分を蘇生させることを目標として発足してから37年経った現在 会長はじめ会員の殆どが既に故人となられた20名限定の「四十雀会」(沖 和雄会長)での野外勉強会で、1983年の秋 桑畑に囲まれた山梨県身延 丸畑部落にある木喰五行上人の生家を訪れた時の事が彷彿と思い出されました。

 木喰五行上人は 山梨県身延・古関丸畑の庄屋 伊藤六兵衛の次男として生まれ14歳の時 家人には「畑仕事に、、」と言って江戸に出奔しました。
22歳で出家し、45才で木喰戒を受け廻国修行に旅立ちました。
 行く先々に残された千体あまりの手彫りの仏像は どれも優しい微笑みの木仏像です。

生家を訪れた私たちに
 上人が残された「四国堂」を開けて 説明してくださった子孫の伊藤さんは、穏やかに語り始め 次第に熱が入り上人と生き写しの荘厳な風貌となっておりました。

 語り終えた伊藤さんは自ら柿を剥き、私達をもてなしてくださり、閑疎な山懐の「四国堂」の中で味わい深くいただきました。

 本栖湖西岸を通り抜け、当時は未だ舗装もされていない峠を超えた甲斐路のあちこちには 熟れた柿がたわわに実っている光景が今でも鮮明に思い出されます。 
 34年前のことでした。

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 木喰上人の旅程の記録は、現存する宿帳などに克明に残されているそうですが、静岡県に入ったのは寛政11年(1799年)11月19日でした。

現在の話題に戻ります。
 ここ静岡市駿河区手越原の曹洞宗小森山泉秀寺には、木喰上人83才 寛政12年8月18日から9月1日まで滞在されましたが 8月22日・23日のたった2日間で2体の木仏様を刻まれました。
残されている一木彫りの福々しい微笑みの「子安観音像」と「大黒天像」です。

 拝謁を願って撮影させていただきました。
あのいわく付きのデジカメに残されている画像です。
【子安観音】
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【大黒天】
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 貴重な体験をさせていただいて以来 私の心のともし火となっております。

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デジカメを襲った不思議現象顛末記

 突然私に降り掛かったデジカメの不思議な現象の顛末記です。
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 静岡市駿河区宇津ノ谷峠に実在する 今は昔の「明治トンネル」前での出来事です。
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 (上写真は、2012年8月23日に撮影)

 「明治トンネル」は、静岡市と藤枝市岡部町を結ぶ 宇津ノ谷峠に明治9年(1876年)開通した明治時代の貴重な文化遺産です。
平成9年(1997年)に現役のトンネルとしては初めて「明治宇津ノ谷隧道」として国の有形文化財に登録されました。

 ところが、事件や事故も起きてはいない 誰もいないはずのトンネルに 嘘か真か人の声や笑い声が聞こえると云う奇怪な噂が何時の頃からか流れるようになったと聞いています。

明治トンネルへの宇津ノ谷集落町並みにある
【豊田秀吉から陣羽織が贈られた御羽織屋】


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 【十団子も小粒になりぬ秋の風 森川許六】

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 【旧東海道宇津ノ谷峠登り口】
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 【宇津ノ谷集落町並み】
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 5月19日 国・県・市の指定文化財の写真を摂りに行った時の出来事です。
 人影のない静かな宇津ノ谷集落のレトロな町並みや、宇津ノ谷峠登り口まではデジカメでの撮影は非常に順調で いよいよ「明治トンネル」の中からオレンジ色の灯りが見え始めた辺りで おもむろにデジカメの電源をオンして撮影スタンバイ。

 さぁ これからが本番撮りと勢いづいて、トンネルの前に仁王立ちして絶好のカメラアングルを確認 撮影を開始しました。 
ところがシャッターを押してもどうしたことでしょう? 
シャッターが切れず何度押しても撮影ができないのです。
 え~? どうして~? 
   壊れちゃったのかしら? 
何処を押しても触れても反応がありません!
 仕方なく撮影を諦めて レンズを収納したくても収まらず モニターの灯りは消えぬまま微動だにせず にっちもさっちもどうにもならないのです。

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蓄電はたっぷりあるし 「押してもだめなら引いてみな」
何度か試みても反応がありません。
デジカメ君とうとう寿命かしら?

 弱り目に祟り目 レンズは収納も出来ないまま、這々の体で帰宅したものの デジカメ本体も熱を帯び 発火の危険を察知して放電の為に、冷えたタイルの上に置き放すこと数時間が経ちました。 

 恐る恐る見ると 何と!「電池容量が無くなりました」と ディスプレーされているではありませんか! 
 何よ! 今更どうしたっていうの? 


 
気を取り直して 改めて4時間かけての充電が完了した時 デジカメ君は何事も無かったような涼しい顔をして平常心を取り戻しているのです。

「あ~~? そうだ!」 
 これはきっと木喰仏さまのご加護に違いありません。
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と云うのは あの日の3日前 このデジタルカメラで撮影させていただいた メモリカードに残されたままの 静岡市駿河区泉秀寺所蔵の「木喰仏さま」のご加護のほか考えられません。 

 デジカメ君は従来通り 正常に活躍しております。

 

 

 

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なんじゃもんじゃ

静岡市葵区 城北公園の「なんじゃもんじゃ」が今年も見事に咲きました。

 昨年の開花は予想以上に早く 4月23日にはほぼ満開でした。
今年のきまぐれ気象には、花の開花予想に大変苦慮しています。

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 7年前の2010年 城北公園の「なんじゃもんじゃ」友の会々長の今は亡き河合代悟さんから戴いた樹高50センチほどの鉢植えのなんじゃもんじゃが 4月29日にチラリと咲きました。 
 我が家のチラリと咲いたのを見届けて いそいそと城北公園へ向かうのが習わしとなりました。

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4月29日、バスを乗り継ぎして公園へ向かいました。
藤もなんじゃもんじゃも やっと咲き始めたばかりです。

 待ちかねたように 咲き始めたばかりのなんじゃもんじゃの木陰では ブルーシートを広げ 楽しげな集いが始っておりました。
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 公園近くの自治会有志の皆さんの明るい歌声と笑顔です。
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多くの若人が献血に率先する貴い姿にも接することが出来ました。

 5月2日は皐月日和に恵まれ 気を取り直して再度城北公園へ行って参りました。
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 花時計を囲むように今年も見事に なんじゃもんじゃが咲き揃いました!  
昨年より1週間から10日遅れの満開です。
30年前に植えられた86本のなんじゃもんじゃも 最近増植されて 今年は90本余りが ふんわり真綿のように咲き競っています。

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木々の間のプロムナードをゆったり散策すれば、葉陰から かすかに芳香を放ち至福の刻をいただくのです。
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緑射す若葉と雪のような花は 真っ青な五月の空に映えて 静岡市民の憩いの場所となっているのです。
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 花時計の前に佇むと遠くに残雪の富士山も望む事も出来ました。
城北公園の「なんじゃもんじゃ」は 静岡市民の誇りです。

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ポットベラ

 「わ~! 凄~い! 何んでしょうこれは?」
思わず凝視してしまう アンパンのようなお化けキノコ! 

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 先日のバス旅行の途中休憩 富士川SAの特産品売り場で見つけた直径10センチあまりもある巨大マッシュルーム「ポットベラ」です。

 驚いている場合ではありません。
初物食いの私にとっては これは絶好のチャンス到来です。
こんな珍奇な食材に興味津々の私は、旅で遭遇した奇々怪々(失礼)な ツクリタケをためらいもなく2個も購入してしまいました。

 
 帰宅後 しげしげ見回して又々びっくり仰天!
裏側のヒダの部分が黒ずんでいるではありませんか! 
 わ~大変! 傷んでいる~!
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 そもそも「ポットベラ」とは何ぞや? 
    
そしてヒダの黒いのは大丈夫かしら?

 ネットで調べて見れてみば マッシュルームが成熟し格が上がって「ポットベラ」となった証拠だそうで、海外の食通間では むしろヒダが黒いほうがコクが増して一層の美味となり 珍重されていると意外な記述を見ました。

 
ポットベラの「ポット」は大きい傘、「ベラ」は美味しいと云う意味を持つイタリア語です。
マッシュルームの栽培先進国オランダの栽培ノーハウを習得して 特殊な堆肥と 富士山の清らかで美味しい伏流水で栽培し マッシュルーム200個に対し1個の割合で厳選間引き栽培という 厳しい収穫率とのこと。
 「ポットベラ」は H農産の箱入り娘 自慢の特産品です。

 ポットベラやマッシュルームは サラダ感覚で生でも食べられますが、加熱して旨味をぎゅっと引き出すために私は 1センチ厚さにカットして あっさり塩コショウバターソテーに仕上げてみました。
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 4センチもある肉厚の「ポットベラ」は包丁を入れると キュキュッと切れ味も良く 仄かな香りに食欲もそそります。 
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キノコ好きには堪えられません。
 レモン醤油でご飯にぴったり 「これは美味!」 しっかりした食感、旨味抜群、豊かなな風味にすっかり相好を崩してしまいました。
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 ビタミンB1,B2や食物繊維が豊富 加えてアミノ酸やグルタミン酸が豊富でタンパク質はシイタケの2,5倍もある低カロリー、ダイエット食品の優等生という事で 残りは半日ほど天日で生干しして 栄養をギュギュッと凝縮させ、更なる食感や旨味が期待出来ることを楽しみに只今冷凍保存中です。

 

 

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