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日本平展望台

 こころ温まる作風で小学3年生の女の子の日常をほのぼのと描いた代表作「ちびまる子ちゃん」で知られる 静岡市清水区出身の国民的漫画家 さくらももこさんが8月15日に53歳で亡くなりました。
ご訃報は8月27日にTVに流れるテロップで初めて知りました。

 謹んでご冥福を祈ります。

図らずも8月18日撮影の日本平山頂に望む富士山です。
棚引く雲に鎮座する富士山を名残り惜しく じっくりと眺めました。

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 さくらももこさんがこよなく愛した日本平山頂からの富士山です。
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8月18日は突如5月下旬以来の日中28度と新涼に恵まれて、日本平山頂を目指し心地よい初秋を感じながら展望台建設進行状況を見に行って参りました。

【一周200メートルの建設中の展望回廊】
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昨年平成29年8月から始まり 「日本夜景遺産」に認定された日本平山頂の夜の魅力をアピールする施設工事が展開中です。
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 吹き抜け鉄骨3階建て 正八角形の外観 2020年東京オリンピック・パラリンピック主会場の新国立競技場を手掛ける「隅健吾建築都市設計事務所」が設計されました。
隅健吾氏と云えば、、、

【アカオ&ローズガーデンのオープンカフェ】

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【総檜造りの内装】
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 熱海のアカオ&ローズガーデン丘陵にある近代建築の粋を極めた珍しい総檜造りのオープンカフェも隅健吾氏の設計です。


日本平展望仮設の階段を登りきれば富士山が望めるのです。

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 心地よい新涼を覚えても、まだ8月の山頂は、逝く夏を惜しむかのように蝉時雨や工事のブルトーザーの唸る音で、賑わっておりました。
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 静岡県が整備する3階建ての日本平山頂シンボル施設と、広さ1200平方メートルの庭、市が整備する1周200メートルの展望回廊は、今年11月3日にオープンと決まりました。

傍らには岩崎きみちゃんの「赤い靴」の像が置かれるリニューアル中の土台も見られます。
【赤い靴像の土台】
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 さくらももこさんの生まれ育った日本平の麓、静岡市清水区で生まれ「赤い靴を履いた女の子」の原点として建てられた 薄幸のきみちゃん母子の「赤い靴」像は
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 今年の秋の展望施設完成時には、「ちびまる子ちゃん」同様、以前にも増して観光の一助になってくれると思います。

 

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名残の蓮の花

 例年7月も半ばまでには鑑賞する藤枝市蓮華寺池公園の蓮の花ですが、今年は早々明けてしまった梅雨のあと、追い打ちをかけるように予想外の猛暑に襲われ、外出をためらっているうちに、気がつけばお盆も過ぎ 「あぁ! 今年は、、」と諦めかけておりました。

 ところが、8月19日の朝、手のひらを返したような19度という肌寒さ、日中も29度という秋がいきなりやって来たのです。
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 ひょっとしたらまだ間に合うかも知れないと、20日の午後藤枝市は蓮華寺池公園に行って来ました。
藤の季節には 広々した池の面に翻る鯉のぼりを映してはおりますが、池の底には、蓮の芽が育んでいるはずです。

  蓮(はちす)の芽秘めたる池のかぎろへり

この俳句は俳句を習い始めた30年ほど前 春の吟行でこの池の辺りで詠んだ一句です。

 7月にはこの水面を覆い尽くしてしまうほど、蓮が生い茂り清楚なビンク色の花が見られ、辺り一面蓮の香りが漂うのです。

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東京ドーム約6個分にも及ぶ広さと云われる、周囲1500メートルの池の70%を覆ってしまうほどの蓮が群生するのです。
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 すでに最盛は過ぎておりましたが、なんとか名残の蓮の花を今年も見届けることが出来ました。

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秋を思わせるこの日は、まだ夏休み中とあって、多くの家族連れが賑やかな散策を楽しんでおりました。

 往く夏を惜しむにふさわしいひと時でした。

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しぞーか夏の風物詩

 お盆の恒例行事として定着した「静岡夏まつり夜店市」
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今年で56回目を迎え、8月10日~12日の3日間開催です。

【JR静岡駅北口から呉服町を望む】

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 JR静岡駅北に位置する呉服町は、江戸時代から続く商店街です。
呉服町・呉六・紺屋町・七間町の4つの名店街 「しぞーかのおまち」です。
毎年8月のお盆には夜店市が開かれ、夏物バーゲン・掘り出し物・イベントありで、しぞーかおまち夏の風物詩となっています。

 今年の夏は、全国的に記録的な猛暑に悩まされました。
 本来買い物以外は混み合う人なかに出かけるのが苦手な私でしたが、「おまち」の魅力をより高めようと頑張る各名店街を、夜風に誘われて楽しんで来ました。

【中町より呉服町通り入り口】
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まずは、静岡伊勢丹前から、呉服町通りを紺屋町に向けて人混みに紛れ込みました。
【静岡伊勢丹前 奥へ七間町名店街】
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あれ? 軽快なリズムが聞こえてきましたよ。
折よく通りかかった「つたや」前の特設イベントステージで、華やかな【舞姫たちのフラダンス】が繰り広げられておりました。

 

 6時を少し回った時点でご覧のような大混雑です。
日中、人出控えめの溽暑の名店街に どこから集まってきたのでしょうか?
ムンムンするほどの人混みを縫って、デジカメ片手に夜店市探訪を楽しみました。

【呉服町名店街辺り】

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 【静岡市役所・葵区役所を背に】

 

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 【呉六名店街の鮮やかな行灯】
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【小梳神社(おぐしじんじゃ)】
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お買い得なワゴン 掘り出し物に群がる人 演奏と歌と踊りの競演、老いも若きもこのときばかりは暑さも忘れ、笑顔笑顔の大集団です。

 平和な日本! 温和な風土 しぞーかの夏の風物詩でした。

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駿府城址天守台発掘見学

 徳川家康公は75年の人生の3分の1を静岡で過ごし、この地で大御所として世の中を見据えた政治を行いました。

天正年間 徳川家康が築いた7階建てと云われる 城 「駿府城」は、家康が他界した19年後の寛永12年(1635年)、城下の火災が燃え移り、天守、宮殿楼閣、櫓などはことごとく焼失してしまいました。
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 その後 天下泰平の世となり、戦いや権威のシンボルであった天守は必要無くなったためと考えられ 残った天守台も明治29年(1896年)陸軍歩兵34連隊が駿府城内に設置されることに成り、取り壊され埋められてしまったのです。

 天守は再建されること無く、確実な資料も残されることも無く 歴史のかなたに「幻」の城となっているのです。

 静岡市葵区にある駿府城址の現在は「駿府城公園」となって毎年秋に開催される大道芸ワールドカップ会場として 市民の憩いの場所となっております。
遅きに失した思いもありますが、4年をかけて2016年から始まった天守台発掘調査は いよいよ終盤を迎え、発掘体験が出来るのも今年が最後となりました。

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 2018年7月21日(土)記録的猛暑の中 意を決して駿府城跡天守台発掘調査特別体験見学会に行って参りました。
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120年ぶりに掘り出された天守台の石垣は、西側が約68メートル、北側が約61メートルあり、高さも約19メートルと推測され江戸城の1,5倍と云われ正に日本一の大きさであることがわかりました。
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籠城用と考えられる四角い石で組まれた内径約1,8メートル 深さ約3,8メートルの「井戸」も発見され、駿府城が実践的な城であったことや 天守の井戸は全国的にも数例しか無いという事で大変珍しいこともわかりました。
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 江戸時代当時用いられた方法で 1トン以上もある石材を人力で運ぶ「修羅」と云われる木造のそりで引っ張り、丸太で作ったレールの上を少しずつ滑らせて運搬したり、
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静岡市歴史文化課の増山慎さんの石割体験前の細やかな説明の後 静岡市文化財サポーターの指導による石割体験が行われました。
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築城のために簡単な道具で何もかも人力で成し遂げた江戸時代の工事体験を現代の子どもたちにはどう感じられたのでしょうか?

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梅雨末期の旅

 この度 西日本の広い範囲で平成最悪 未曾有の水害でお亡くなりになられた方のご冥福を祈り、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
 そんな最中 斯様に気ままなブログ掲載をお許しください。

 一ヶ月前に楽しんだ下呂温泉旅の折に計画した信州でゆったり湯治の旅です。
日頃一人暮らしの侘しさ解消と健康維持に、足腰達者なうちに楽しみましょうと、気の合った八十路四人の旅です。

 六月中旬梅雨も明けたのかしら? と思わせるカンカン照りの真夏のような日が続き、その後の天気予報も連日「☀/☁」のマークに快適な旅を予想しておりました。 ところが、

七月に入ると、沖縄付近を北上した台風六号は 日本海を北東へ向かい、抜け切れたはずの梅雨前線の南下で、天気も急転して 「☂・☂・☂」予報マークとなり一瞬たじろぎました。

 七月四日の出発時は、心配していた雨もなく、甲州街道から山梨県北杜市あたりでは時折日も射したり、美ヶ原エリアに入るまでは、雨の気配も無く無事宿に到着しました。

 宿でのんびり気分で見るテレビのニュースで、広島・岡山や先月旅したばかりの岐阜下呂の凄まじい記録的水害のニュースの報道に愕然としました。
 翌日信濃路は小雨でも大事を取り 予定の善光寺参りは中止して、ある人は全身浴でリラックス、ある人はジェットで吹き出す水流でマッサージ効果を、ある人は温水プールで健康促進などなど、思い思いの温泉効果を楽しんだのです。

食事の後は、気の合う四人ならではのおしゃべりや俳句談義に花を咲かせた温泉宿ごもりは、日頃の独居高齢私達には身に余る贅沢な湯治旅でした。

そんな訳で、今回の旅の写真は一枚もありませんが、雨を避け要領よく対処して、帰路につくまで傘のお世話になることもほとんどなかった旅でもありました。

せめて、帰路の車窓より撮影した 富士川の画像です。

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富士川上流で降ったであろう雨も 中洲の緑も鮮やかで 普段の流れの状態は分かりませんが 危惧していたよりも大した水流ではないようで一安心です。


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信濃路や車窓に連なる青山河

 晴れ女を自画自賛の私達も 大雨警報の最中 臨機応変の対応で 楽しめた旅でしたが、何より健康で普段の当たり前の生活が出来ることの幸せを ありがたく思う旅でもありました。
 

 

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明治トンネル通過を動く動画で

 「明治トンネル」は、静岡市と藤枝市岡部町を結ぶ宇津ノ谷峠に明治9年(1876年)に開通した明治時代の貴重な文化遺産です。
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平成9年(1997年)に現役のトンネルとしては初めて「明治宇津ノ谷隧道」として国の有形文化財に登録されました。
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  ところが、事件や事故など起きてもいない、誰もいないはずのトンネルに、嘘か真か?人の声や笑い声が聞こえると言う まことしやかな奇怪な噂がいつの頃から流れるようになって、私も子供の頃から怯えておりました。

 昨年の初夏、止せばいいのに、人影のない静かなこのトンネルの前に立ち、デジカメ撮影をしたときのことでした。
シャッターを切ろうにもデジカメの機能が麻痺し、撮影することができません。
これは幽霊の仕業!と、怖い思いをした経験がありました。
逃げるように帰宅すればデジカメ機能は正常に戻っていたのです。

 それ以来「明治トンネル」へ赴くことはありません。

 ところが、当世スマホ時代!
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 6月20日付静岡新聞の「動画deしずおか+ぷらす」 (スマホをかざすと写真が動きます)に、明治トンネル通り抜けの画像が大きく載っておりました。
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 興味津々 恐る恐るスマホをかざして 明治トンネル通過を覗いてみました!
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点々と灯されるカンテラのようなレトロなオレンジ色の薄明かりの先には 不気味に白茶けた色に変色した湿ったレンガの壁面や路面をぼんやりと灯し、吹き抜ける冷たい風が肌にまとわりつきそうな、静寂な全長203メートルを抜ければ その先には何と!眩しいほどの新緑が目にも鮮やかにくっきりと出現するのです。
私にとって、トンネル通過初めての映像体験でした。

新聞紙上でトンネル通り抜け動画体験ができる時代です。

 幽霊は出なかったけれど やっぱり私には一人で出かける勇気はありません。

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下呂温泉合掌村にて

 健康で足腰達者なうちに少し遠出をしましょうねと、八十路半ばの旅友4人連れの今年3回目の旅は 5月末に東海地方の奥座敷 日本三名泉下呂温泉を楽しみました。

下呂温泉合掌村【旧大戸屋住宅】 
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 一人暮らしの私達は 旅友との和気あいあいの食事や、お互いの寝息の様子を面白おかしく証しあったり、体調をいたわりあいながらの旅を楽しみに 日頃から健康保持に努めてきました。

 これまでの旅はありがたいことに ほとんど雨に遭うこともなく 「お天気女子」を自負していた私達も今回は、梅雨の走りかしら?と 小雨とは云え肌寒いほどの青葉時雨に見舞われましたが、「カンカン照りよりも過ごしやすくて良いわねぇ」と 飛騨の豊かな自然に彩られた下呂温泉合掌造りの里散策を楽しみました。

【旧大戸屋住宅】
安倍総理が子供の頃に指導役だった平沢勝栄衆議院議員の生家と言われる旧大戸屋住宅は 合掌造りでは最大級でも有り重要な建造物でもあります。二階では養蠶も行われていたそうです。

 

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【竹原文楽記念館・旧遠山家・合掌の足湯場】

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 下呂温泉合掌村は 昭和38年3月に大野郡白川村から移築した国指定重要民族文化財「旧大戸家住宅」など、御母衣ダム建設の時に集落が離散し、保存管理が困難になったものを移築した建造物や、富山県五箇山から移築した合掌造りを中心に10棟の合掌家屋が再現されております。
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 旧大戸屋住宅の切妻合掌造りは、間口21m,奥行き12,3m、高さ13mと合掌造りでは最大級だそうで、建造物を末永く強固に維持するするために囲炉裏には四季を問わず火を赤々と絶やすこと無く保存会の方々に管理されているのです。
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 肌寒いこの日は、ぬくぬくと囲炉裏を囲んで維持管理の方のお話や やさしく奏でる尺八に聞き惚れました。

【円空仏】
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下呂温泉合掌村には美濃の国に生まれ、若くして出家し、12万体の仏像を彫ることを願って日本各地を行脚され 64歳で自ら食を断ち 即身仏となられた「円空」ゆかりの「円空館」は見逃せません。
円空が下呂の町や人々をこよなく愛された証として 下呂市に遺された180余りの円空仏があるそうです。
心を打つ慈愛に満ちた微笑の仏像に癒やされました。

【合掌の足湯】
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名泉名高い自然の温泉成分の足湯でで心身ともに癒やされます。
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 少し熱めの合掌の足湯で身も心もほっこり温まり、心のふるさと下呂温泉を満喫したのでございます。
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 池の畔では、ノコノコと人恋しそうにカルガモの大歓迎、しきりに食べ物をねだる仕草が可愛くて、動画に収めてしまいました。

飛騨の素朴な息遣いが感じられる「心のふるさと」満喫の旅でした。

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誓願寺のモリアオガエル

 丸子路「おおだたら」の誓願寺には知る人ぞ知る「モリアオガエル」産卵の池があります。
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 モリアオガエルは直射日光がお好きでは無いらしく、産卵期の5月から7月にかけて、雨上がりの丑三つ時になると、誓願寺の裏山からノコノコと、池水の真上に伸びる樹木の枝に産卵にやって来ます。

 5月19日、今年の産卵は始まったかしら?と思いながら、誓願寺さんを訪れました。
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 「モリアオガエル」産卵の池には既に2センチほどのオタマジャクシが元気よく泳ぎ回っておりましたが、2番手、3番手と、7月上旬梅雨最盛時ごろまでこの池にやってくるそうです。

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 モリアオガエルは実際に見ることが出来ませんので 下の画像はネットからお借りしました。
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 雌の体長は8~9センチメートル、雄は5~6センチメートルの蚤の夫婦で産卵は雌1匹に雄5~6匹が群がることもあるそうです。

 足の吸盤は非常に発達して樹上でも枝から枝へ葉から葉へ巧みに飛び回るそうですが、産卵は殆ど雨上がりの翌早朝に暗いうちから日の出の頃には終えて、人の目につかない処に姿を潜めるのでしようか? 
誓願寺のご住職さん家族でも滅多に見ることはないそうです。

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池の水面に伸ばした柿の枝に産み付けられたソフトボールほどの白い泡状の鞠の中には無数の孵化を待つ卵が産み付けられているのです。
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 池の水面の樹の枝に産み付けなければならない卵も、時には勘違いして 樹下に水のない場所に産卵する そそっかしいカエルもいるそうで、ご住職が成熟した泡の鞠を手に受け 水を掛けながら孵化の手助けをされるのです。

 近頃は、産卵にやってくるモリアオガエルが好物のヘビまでも狙うカラスが多く、産卵もすっかり減少しましたと、奥様も嘆いておりました。

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五百羅漢さま

  爽やかな日和に恵まれて、清見寺さんの五百羅漢さまにお会してまいりました。
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「清見寺」さんは静岡市清水区興津地区にあり、JR東海道本線 興津駅から西へ約3キロ、旧東海道に面しております。
清水港や、三保の松原を望む高台に在る清見寺(西暦650年創建)は、「臨済宗妙心寺派」でご本尊は釈迦如来さま。

【扁額に「東海名區」と書かれた総門】
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清見寺さんへは、石段を登るも良し、なだらかな坂道を歩くも良し。

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 明治22年頃には清見寺の境内を横切って東海道本線が開通していたそうですが、

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石段を登り総門を潜り 左手にJR東海道線のなだらかな高架橋を渡って入場いたします。

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 境内は、約6千坪、遥かに駿河湾・・・今は当時の面影は全く見られませんが、昔は清見潟と呼ばれ 私の幼い頃は、この辺りは「袖師海水浴場」となって広い砂浜が開け 毎年海水浴を楽しんだ思い出が蘇ってまいります・・・が望めます。
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 国の名勝に指定された美しい庭園には、徳川家康公お手植えの「臥龍梅」があり、 
 【臥龍して法の教えへを聞くほどに梅花の開く身となりにけり】 
と昭和12年にご来遊の折に詠まれた与謝野晶子の詠歌はこの「臥龍梅」です。

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 本堂左手奥の「後生車」を回しながら懺悔を済ませて 羅漢さまを拝観することにしました。

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山の斜面には皆一様に 遥か清見潟の方に向かって鎮座まします五百羅漢さま。天を仰ぐ人、笑う人、読経の僧、楽器を爪弾く人、読書の人、様々のお姿の中に亡き人を偲び、供養し冥福を祈ります。

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 ここからは江戸中期仏教の興隆を祈って彫像された 苔むした五百羅漢さまの石像群との対話をゆっくりと楽しむのです。
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 対話を楽しむと云えば、明治26年清見寺を訪れた島崎藤村の小説「桜の実の熟する時」の最終場面にも登場するように 誰かしら知った人に会えるのです。
祖父の顔が、父や亡夫の顔が、走馬灯のように甦ってくるのです。

ムービープロジェクトをお楽しみ下さい。
(流れるBGMは、マスネの歌劇 「タイスの瞑想曲」です)

さわさわそよぐ薫風の中 心洗われたひとときでした。

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「やぶきた」母樹

 巷の華々しい喧騒を離れ、黄金週間のなか日の5月1日は穏やかな晴天に恵まれて 静かな県立美術館へのプロムナード散策を楽しみました。
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実は「県立美術館」は3月から6月まで内装工事で本館は休館中ですから、ここを訪れる人は殆ど皆無で、ゆったり散策には申し分ありません。
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静鉄路線バス シニア特権の「しずてつ大御所パス」を利用して、始発新静岡より「県立美術館行き」30分ほどで、小高い丘の上の終着停留所に到着。
小一時間ほどかけてゆっくり下りながら新緑のプロムナード散策を楽しむのです。
 ゴールデンウィーク中でありながら 「県立美術館」終着停留所で下車したのは私たった一人 バスのドライバーさんにはお気の毒の閑散さです。 
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 これより小鳥のさえずりも聴かれる緑豊かな なだらかな坂道をのんびり下りながらの散策を楽しむのです。
木漏れ日の下、フィトンチッドを浴びながらの散策は 五月ならではの最高の条件が整っているのです。

【百十余年のやぶきたの原樹】
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 五月といえば新茶の季節 バス停「プロムナード入り口」の傍らには、見逃してはならない「やぶきた」の母樹が 老木となっても萌え始めた新芽は耀くばかりです。

 「やぶきた」は、1908年(明治41年)に静岡県安部郡有度村(現静岡市)の篤農家、杉山彦三郎さんが在来種の中から見つけた品種です。
ヤブを切り開いた茶畑の北側で発見された為に「やぶきた」と名付けられたそうです。
、、が、発見からしばらくは表舞台に出ることはなく、静岡県立農事試験場で始まった茶樹の育成試験でようやく光が当てられ、1955年(昭和30年) 
・・・(あれッ!私が結婚した年ではありませんか! (*´∀`))・・・ 静岡県の奨励品種となりました。

 現在、日本にあるヤブキタは全てこの樹から分かれたものだそうで、春先の遅霜(おそじも)にあいにくく、芽の伸びが良いことなど優れた特性をもって爆発的に普及し、平成11年には静岡県における茶園の90%以上を占めるようになっているそうです。

 日本茶の80%を占めるほど有名な品種「やぶきた」の母樹がここに在ることが誇らしく 繁々と見入ってしまいました。

 誇らしいと云えば、駿河区丸子赤目ヶ谷にある、「日本紅茶」の原木をご紹介しましょう。

【丸子は日本紅茶発祥の地】
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【丸子に茶園を開いた多田元吉翁の碑】

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 旧幕臣の多田元吉が、徳川第15代将軍慶喜によって払い下げられた静岡市丸子に移住して、明治初期に紅茶の技法を根付かせました。
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静岡市駿河区丸子赤目ヶ谷の「長源寺」の傍「起樹天満宮」境内に日本紅茶の原木と吉田元吉翁の石碑が見られます。

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