フォト俳句

犯人は?

  秋から冬にかけて、燃えるように真っ赤な実を付けたピラカンサスをよく見かけます。

1  ピラカンサスはバラ科の常緑低木で、ギリシャ語で「ピラ」は火、「 カンサス」は トゲ と云う意味だそうです。

 花言葉は「慈愛」 なんと博愛に満ちた優しい植物なんですね。 でも~?

小鳥に食べられないように 毒のあるトゲで自らを守っているなんて、どうして「慈愛」なのでしょうか?  おかしいですね。

 真っ赤な実をびっしり付けることで、小鳥に好まれそうですが、トゲに毒があるために小鳥に食べられることが少ないと云う事で、庭木によく植えられているのだそうです。 お粗末ながら我が家にもありました。

そうなんです。 トゲに刺されると化膿するとさえ云われているのです。 以前私は春先 ニョキッと伸びた枝を選定している時、トゲに引っ掛け 痛い思いを幾度か経験した事がありました。

Photo   ところがです!  確か昨日まで目にも鮮やかに 真っ赤な実を付けていたピラカンサスが、一夜のうちに見るも寂しげに一粒残らず消え失せているではありませんか!

     犯人は誰だ!

 そう云えば、、、前の日の夕暮れ時、最近市街地にもよく見かけますが、 我が家のこの辺りには珍しく、ムクドリの集団が電線に集結しているのに気が付きました。

 群れは小一時間ほど、ねぐら探しに躍起となっているようでした。

今思えば、「この真下のあの木には 明日の朝餉の美味しい実があるから、今夜はこの辺りをねぐらにしましょうよ!」 と相談し合っていたのでしょうか?

 一粒残さず平らげたその日から、ムクドリの群れの姿は見られませんから、犯人かもしれません。

 毒のあるトゲに保護されているはずのピラカンサスの実は 小鳥にとってはやっぱり魅力あるご馳走なのですね。 

Photo_2  すぐ近くに 毒もトゲも無い 「もちの木」にも真っ赤な実がびっしり付いているのに、これには目もくれず 人通りもまだ無い寒い暁方のうちに、ムクドリの集団にピラカンサスは一気についばまれて、見るも寂しい朝を迎えたと云う事です。

 やがて この「もちの木」の実も ヒヨドリやムクドリのご馳走になるようです。

     ムクドリや電線に群れ夕茜

     ピラカンサ一朝に失せ椋鳥(むく)の群れ

     犯人は椋鳥(むく)の群れかもピラカンサ

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静岡浅間神社の「奉射祭」と「大的式」

 年も明け、今年は暖冬という長期予報に反して 地球的にも異常なほど寒さが厳しく、温暖な駿河路もこの冬初めての風花の乱舞には、ことのほか骨身にこたえました。

そんな事もあって、初詣をさぼっていた事に気付いた十五日朝、妙に気になり思い切って浅間神社にお参りに出かけました。

Photo  境内には参拝客に交じって、何やら報道関係のカメラマンや記者さん達で賑わっておりました。

 折よく、十時から始まる奉射祭(ぶしゃさい) と、十時半からの大的式(おおまとしき)が執り行われるということで、私にとっては新春早々ラッキーな事でした。

Photo_2  厄除け・招福と、五穀豊穣を願って厳粛な「奉射祭」が大拝殿でしめやかに執り行われた後、宮司以下祭員・射手が玉砂利を踏んで楼門を抜け、境内大的式斎場に向かわれ所定の座に着き、いよいよ大的式が執り行われました。

 六名の射手が二名ずつ順番に 二射ずつ三十三間(60m)離れた大的に矢を放つのです。

 矢が的に当たると、的奉行が 「当たりにて候!」 と大きな掛け声で裏山に響き渡ります。

Photo_3  目出度く的を射れば今年の豊穣が、外れても豊漁となると云う事で、平安時代朝廷で行われていた新春の神事にならって、烏帽子と直衣姿の凛々しい儀式です。

 折からの異常な大寒波と強風で、祭事に関わる射手・式奉仕者のみなさんのご苦労は如何ばかりと、思いやられました。

 装束に身を固め片肌脱いで、キュ~ンと張り詰めた空気の中、放つ矢の行方を見物の参拝客は固唾を呑んでその瞬間を見守りました。

 烏帽子・直衣に身を固めた射手の厳粛にして古式豊かな大的式の動画二題でした。

     奉射神事物見こぞりて固唾呑む

     (ぶしゃしんじものみこぞりてかたずのむ)

     奉射放つ矢尻一点冴え返り

   (ぶしゃはなつやじりいってんさえかえり)

     片肌を脱ぎ寒風に矢を放つ

   (かたはだをぬぎかんぷうにやをはなつ)

     「当たりにて候」弓手に唸る虎落笛

  (「あたりにてそうろう」ゆんでにうなるもがりぶえ)

     的奉行山の眠りを覚ますほど

   (まとぶぎょうやまのねむりをさますほど)

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鮎の甘露煮

 父が亡くなって30年余りたちましたが、私の生家では鮎釣りが趣味だった父のおかげで、終戦直後から母の丹精込めた 「鮎の甘露煮」 が毎年のお節料理を賑わせておりました。 当時は釣ってきた度に素焼きにして乾燥させ保存し、年末になるといよいよ母が腕を振るう出番となるのでした。

 父母亡きあとも男きょうだい達も鮎釣りが唯一の楽しみのようで、鮎釣り解禁から下り鮎まで日曜祭日など、文字通り水を得た魚のように嬉々として勤しむのです。それぞれの奥方は 「鮎釣りウィドー」 と嘆くほど、、、?

 そんな訳で、父母亡きあとも実家のお節料理には 「鮎の甘露煮」 は定番となっております。 、、、が、  この齢にいたるまで、私は 「鮎の甘露煮」 を料理する機会はありませんでした。

 Photo 昨年の夏の事、 市内 藁科川の近くに住む甥から 「面白いほど釣れちゃって、、!」 と、 12cmほどの鮎がどっさりと届けられました。  この大きさの鮎はその昔、背開きにして梅酢に漬け 「鮎のにぎり寿司」にしたり、フライに揚げたり、家族9人がお腹いっぱい食べた懐かしい思い出があります。

Photo_2   

今回は 早速素焼きにして冷凍保存にしました。

 

セピア色の亡き母のレシピを実家から借りて、昨年の小つごもり 鮎の甘露煮に挑戦してみました

 ① 素焼きにして冷凍保存にしておいた鮎を小一時間ほど蒸します。

Photo_3   ② 厚手の鍋に、焦げ付きを防ぐためと、取りだす時に煮崩れしないために 「葉蘭」 を敷き、蒸した鮎を並べ、煮だした番茶(ひたひた位) と、梅干し(2~3個) を入れて、鮎が柔らかくなるまで弱火で煮ます。

  ③ 調味料の割合として  水あめ 20g   

     酒 180cc  醤油 200cc みりん 200cc で、煮汁がなくなるまで煮るのですが、この割合は目安ですので、調味料は数回に分けて 好みの味に加減します。

Photo_7   何とか 「鮎の甘露煮」 らしきものが出来上がりましたが、亡母の味にはほど遠いものでした。

     

    

      甘露煮の香り豊かに年明けぬ

     甘露煮や母に及ばぬお食積

     名にし負うお節に鮎の飴煮かな  

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師走の駿府公園にて、、

 いつも楽しみに見ているNHKハイビジョンTV番組に 「世界ふれあい街歩き

 があります。 12月3日の放映は 「ギリシャ・アテネ」 の街歩きでした。 余 貴美子さんの街案内で、アンティークな商店街に 800種類もの薬草を売っているお店の中での事、歩き疲れた時に効用のある薬草には 

Photo  「これが効くよ!」と、3階から10個余りの、日本では見かけた事もない かわった 「松ぼっくり」 を紹介されました。

「12個ほどを水から沸かして、冷めるまで足を漬ければ 疲れに効くよ!」 つまり 松ぼっくりを煎じて 「足湯」 をすると云う事でした。

 画面を見た瞬間、「お~! あれはまさしく トルコで拾った松ぼっくりのことよ!」   TVを見終わった私は、当時の宝ものを執りだして しげしげと見入ったことは云うまでもありません。

Photo_2  2007年3月 トルコ観光旅行の4日目の エフェソス観光で、トルコ史400年の頃 キリスト教徒が迫害を享けた 「聖母マリアの家」を見学した時に見付けた木の実が、まぎれもない足湯に使われる 「松ぼっくり」 と知ったのでした。  松の種類は未だに分かりません。  ご存じの方、教えてください。

 世界には松の種類は 100以上もあるらしいのです。

Photo_3   これは、ウィーンのベルデベーレの庭園で拾った かわいらしい松ぼっくりです。

 

  先日 12月10日 徳川家康公の 駿府城祉公園の中を散策中に、バラの花のような 「松ぼっくり」 を見付けました。

Photo_4   ヒマラヤスギの 「松ぼっくり」 です。 着色でもすれば ドライフラワーのバラと見違えるほど、バラの花そのものです。

  ヒマラヤスギは、世界三大庭園樹木のひとつなのだそうです。ピラミッド形の樹冠が美しく、初冬の青空に くっきりと威厳を正しております。 ヒマラヤ原産で、スギと名が付きますが、マツの仲間なのだそうです。

小鈴のような可憐な実は 曙杉(メタセコイヤ)で、中国原産の落葉樹。化石で発見された方が、現在種として確認されるより先に発掘されたそうです。

 今年も暖冬とみえて、師走半ばでも、公園内のイチョウの黄葉が美しく、はらはら舞う落ち葉に 戯れる幼稚園児たちに出会いました。 イチョウ落ち葉をかわいい手で、掻き集めては すべり台に積み上げている かわいらしい天使たちのハシャギッぷりを 咄嗟にデジカメ動画に収めました。

     イチョウ落ち葉に戯る子等の夢育つ

     冬空へ子等の歓声筒抜けに

     ひらひらと園児ら落ち葉と戯れり

ひ孫のような幼稚園児の屈託の無い イチョウ落ち葉との戯れを、すがすがしい初冬の風物詩として ブログに収めることができました。

  幼稚園のみなさ~ん! 

 かわいい皆さんの 元気と 夢をいただきありがとう!

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小メロンの「いい加減漬け」

 小かぶの美味しい季節になりました。 旬の味とは比べるべくもありませんが、今では小かぶなど、ほとんどの野菜が年中出回っておりますので、私流の小かぶの 「いい加減漬け」 だけは年中欠かしたことはありません。 加えて夏のシーズンは青瓜も、曳き売りのおばさんのお陰で 好物のひとつとなっております。

 かれこれ5年ほどまえのことでしょうか、デパ地下の野菜売り場でたまたま見付けた 「小メロン」 を興味津々で買い求め、いわゆる私流の 「いい加減漬け」 に挑戦してみました。  漬け込んで3日目に試食したところ、何と! 今までのウリ科のどの漬物よりも その歯触りと云い申し分の無い 「浅漬け」 となって私を喜ばせてくれました。

 立派に成長成熟すれば、中々口にすることの無いほどの高値が付く 「マスクメロン」 の結実して間もないうちに 日の目を見る事も無く摘果された可哀そうなメロンのおさなごの事です。

Tekika01

 メロンは1本の蔓に2個を大事に生育させるのだそうです。  天候や気温などによって、受粉しない花もあるため、通常4個の花に受粉させるのだそうです。 受粉後の状態を見て、2個だけを残して摘果します。 摘果した 「小メロン」 は、生産者は漬物などにして自家消費をされていたようです。

 メロンはウリ科の植物ですので、成長が進み、実が甘くなる前は みずみずしくきめ細やかで、淡白な味わいの肉質です。 小メロンの大きさは鶏卵ほどでしょうか。

     小メロンや産毛の優し小六月

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 一般的には出荷も珍しい野菜?ですが、静岡県内の高級メロン産地 掛川市も温室栽培が盛んになっております。小メロンにはめったにお目にかかれませんが、ある日 ヒョッコリとデパ地下の野菜売り場や、スーパーに並ぶことがあります。 偶然見付けた時には、何はともあれ2~3パックは必ず買ってルンルン気分のご帰還です。

 さあ! 小メロンの 「いい加減漬け」 に執りかかりましょう。

            いらぬ子のメロンを漬けて小春の日

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  材料は  小メロン2kg   

         だし昆布10cm    

         柚子ポン酢醤油90cc   

          トレハロース大匙2杯  

      (いい加減漬けのためすべて目安です)

Photo_3

 小メロンはさっと洗って水けをふき取り、後先を切り落とし5ミリほどの厚さの輪切りにして 細切りにしただし昆布 その他の材料を全部ポリ袋に入れ、空気を抜いて口をしっかりと閉めて冷蔵庫で2~3日間で食べごろになります。

 

2 昆布のとろみとうま味、トレハロースのマイルドな甘味、柚子ポン酢醤油の酸味と風味が ほどよいハーモニーをかもし、なによりカリカリとした食感は、病みつきになるほど美味しいのです!

     小メロンをカリカリ漬けて小春かな

     浅漬けの小カブ小メロン日のまどか

 市販の浅漬の素でお試しください。 だし昆布を加えればお味は倍加すること請け合いです。 

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興津「清見寺」の五百羅漢さん

 Photo 小春日和の午後、清水港や三保の松原を望む高台にある臨済宗の名刹  「興津の清見寺」 へ行ってまいりました。

JR静岡駅から上り四つ目の興津駅で下車して静かな街道を歩いて十分。

 

 Photo_5 境内には東海道線をまたぐ なだらかな高台に 「巨ごう山清見寺」 がありま す。山門をくぐり右手鐘楼の前に、徳川家康お手植えの 「臥龍梅」 が小春の日和に僅かに芽生えた冬芽も輝いておりました。

 

 今回のお参りの目的は、江戸中期仏教の興隆を祈って彫像された 五百羅漢1_2 像です。 (作者不詳)

  山の斜面に、皆一様に遥か清見潟を望み、鎮座まします五百体ほどの羅漢さま。 天を仰ぐ人、笑う人、読経の僧、楽器を鳴らす阿羅漢様、さまざまの姿の中に、亡き人の面影を偲び 供養し冥福を祈ります。

  Photo_6  明治26年 清見寺を訪れた島崎藤村の 「、、、起ったり坐ったりして居る人の形は、生きて物を云うごとくにも見える。 誰かしら知った人に逢えると云う。その無数の彫刻の相貌を見て行くと、あそこに青木がいた、岡見がいた、清之助がいた、ここに、、、  連中はすっかりその石像の中にいた、、、」 と。

 これは 「桜の実の熟する時」の一節です。

 秋の日短い午後のひと時、時折通り過ぎる風の葉騒の中、一体一体の羅漢様を覗きこむように収めた動画をご覧ください。

 

傍らにある 「後生車」 は、現世において犯した もろもろの悪事を、この車を回しながらPhoto_7 懺悔して、後世の善処を願うのだそうです。

日溜まりの冬芽きらめく臥龍梅

(ひだまりのふゆめきらめくがりゅうばい)

秋惜しむ逢いたき人に羅漢さま

(あきおしむあいたきひとにらかんさま)

綿虫や羅漢の間々をさ迷へり

           (わたむしやらかんのままをさまよえり)

     律風や琵琶掻き鳴らす羅漢僧

     (りちかぜやびわかきならすらかんそう)

     石蕗あかり経本を説く羅漢さま

     (つわあかりきょうほんをとくらかんさま)

     落ち葉しきりに褥となりて羅漢衆

     (おちばしきりにしとねとなりてらかんしゅう)

     百舌鳥猛る五百羅漢の皆黙す

     (もずたけるごひゃくらかんのみなもだす)

     秋の浪羅漢となりて見遥かす

     (あきのなみらかんとなりてみはるかす)

     逝く秋の風を聞きをり羅漢衆

     (ゆくあきのかぜをききおりらかんしゅう)

     心寂し鎮もる羅漢や沖ツ風

     (うらさびししずもるらかんやおきつかぜ)

     露けしや後生車の軋む音

     (つゆけしやごしょうぐるまのきしむおと)

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今年も柚子のマーマレード

 Tizu2 静岡の母なる川 全長52キロの安倍川は、一気に駿河湾に注ぐ急流河川で日本一水質のきれいな川です。  その中流に 「郷島」 と云う地域があり、小高い丘に 「冷泉山・秘在寺」 があります。

 今から450年ほど前の天文年間に開山された 臨済宗・妙心寺派の 「冷泉山」 の山号は、本山裏山の中腹より 豊かな冷泉が湧き出ていることからの由来です。 この水を利用して、450年前より 「郷島和紙」 が産出されました。 また古くから寺子屋が開かれ 村人の文化向上の育成もなされ、茶畑に点在する俳人や村人の句碑が人目を惹きます。 人里離れた山狭の地に すばらしい 「心の道場」 があったとは、私は初めて知りました。

 文化の日に 寺前の薬師庵で健康祈願の法要や、「そらの道まつり」 があると云う事で すがすがしい秋日和 友人とゆっくり遊んでまいりました。

境内の朝市では、朝どりの野菜、立派な自然薯、炊きたてのムカゴや山菜の「おこわ」の湯気が立つ中、村人の活気ある笑顔に迎えられました。

 Photo 初物の「柚子」を見付けました。 ようやく色付いた摘み取ったばかりの柚子は、村の婦人部が開く朝市に ポリ袋に入れられて 新鮮な野菜に交じって売られておりました。  大まかに2個入りあり、3個入り有りで、1袋100円也。 町のスーパー(1個158円)では見られない新鮮で香り豊かな逸品ぞろいです。  10袋 〆て3キロの荷は、山峡の上り下りの道は老いの身には少々難儀でしたが、、、

 さぁ~! 恒例の 「柚子のマーマレード」 作りにに執りかかりましょう。

Photo_3

  ぬるま湯とブラシで柚子の表面をていねいに洗い、剥いた皮は一日水に晒してアク抜きをします。 種を抜いた果実は袋ごと使いますので 煮る段階まで冷蔵庫に保管して下さい。

  水を取り換えながら 充分に晒した皮Photo_4 は、マッチ棒ほどの千切りにし、更に水に放ちアク抜きをしてザルに上げます。

 皮と果実の分量を量って、鍋に移し ひたひたの水を加えて煮立つまでは強火、後は中火で1時間ほどくつくつと煮ます。焦げやすいので絶えず木ベラで、鍋底からかき混ぜながら煮ます。  目残しの種が浮き上がってきますので 丹念に取り除きます。

 これが結構面倒ですが大事な仕事です。

Photo_5  果実もすっかり溶けて、皮も透明にやわらかく煮あがりました。

先ほど量っておいた 煮る前の皮と果実の分量の150% (昨年より20%~30%甘さ控え目です) のグラニュー糖を加えて、更に焦げ付きに気を付けながら 木ベラで鍋底からかき回して、20分ほど中火で煮詰めて完成です。

柚子特有の食物繊維 ペクチン セルロースが多く、細胞をつなぐ役目があります。 とろりと照りのある美しい琥珀色の「柚子のマーマレード」 が出来上がりました。

 荒熱がとれたら 保存瓶に移します。

 Photo_6 寒い日には 熱~いユズ茶で、、、 トースト、紅茶、コーヒーに、ヨーグルトにも最適です。

「柚子が色付く頃、医者が青くなる」 と云われるように、柚子の効用は疲労回復、肩こり、筋肉痛の予防、ビタミンCやフラノボイドで 病気の原因となる活性酸素の消去、更には抗がん作用の働きまである優れものです。

    

      朝市の柚子ランダムに袋詰め

     柚子買ふてお薬師さまを詣でけり

     朝市の肩に重たき柚子三キロ

     ひとひらの刻み柚子のせ鍋料理

     柚子一片なべ焼きうどんの香をたたす

     カンツォーネ口ずさみつつ柚子刻む

     ジャム煮るや飽き無く掬ふユズの種

     ねんごろにフツフツ煮詰めユズのジャム

     柚子ジャムを煮詰めつ遠き子を偲び

     根詰めて一年分の柚子のジャム

 仏の教えに、料理を作る事 すなわち修行の道。

取り除いても、取り除いても浮き上がる種を 丹念に掬い取る面倒な作業も 修行の道かもしれません。

     

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大道芸ワールドカップ in Shizuoka 2009

 2 世界一流のアーティストを一度に見られるフェスティバルとして、アジア最大の規模を誇る 「大道芸ワールドカップ」がわが街 静岡市で10月31日~11月3日の4日間華々しく開催されました。  厳しく選び抜かれた世界23ヵ国から94組 181人のパフォーマーが競演しました。 

ジャンルを問わず世界一を競う方式はこの静岡以外にはありません。 今年で18年目を迎えて、4日間で157万人が魅了しました。

 元来私は、人混みは出来るだけ避けたい性格で、過去17回の大道芸ワールドカップは、せっかくの催しにもかかわらず ほとんど無関心を通しておりました。

 ところが今年はどうしたことでしょう! デジカメをぶら下げて、それも独りで見に行ってまいりました。

  Photo_7 何が私の気持ちを 駆り立てたのでしょうか?

各地から それぞれ 「 マイ・脚立」 を持参しての観客の波に押され、幾重にもなる人垣に圧倒されて、とうてい見物することすら出来ないと諦めつつも、今年は動画初心者の私の心をくすぐったのです。

 初日には いきなりメーン会場の駿府公園に直行しました。 すでに何ヵ所かの円形に陣取る人垣に圧倒されながら、比較的隙間のある裏側に回って、フランスの三人組 「ル・テニス」 を楽しむこととしました。

 小さなテニスコートが舞台で、高い技術のコメディ・ジャグリングです。 その素晴らしい技術とコミカルな演技を つぎの動画でお楽しみください。

Photo_9  素っ頓狂な発声、小刻みにドラムを打ち鳴らすジャッジ役の、英語・フランス語に時々たどたどしい日本語も飛び出すパフォーマンスも中々の見どころ、聞きどころで、観客をどっと熱狂の渦に巻き込んでしまうのです。

 何本かのジャグリングクラブを巧みに使った激しいラリー、スマッシュの利いた打ち合い、フェイントの軽妙さ、、、。 高い技術あってこその楽しい技に観客はテニス?のラリーに引き込まれていまうのです。

 この三人のスナップショット カメラを向けた私に快い笑顔で答えてくれました。

Photo_8  ジャグラーの技爽快のW杯

 秋天にジャグリークラブの舞い踊り

  

 

3   投げ銭の音さわやかに大道芸

 

 何としても真正面から もう一度楽しみたい一念で、3日目は、青葉イベント広場の特設会場で 早々と場所取りまで頑張っての観戦です。 夕暮れ時とあって、動画初心者の私の技量では、多少の難はありますが、夢中でシャッターを押し続けました。 

三人組のパフォーマンス動画をお楽しみください。

「ル・テニス」の活躍 昨年はワールドカップ部門特別賞を受賞しておりました。

今年は見事銅賞に輝きました。 来年もこの名演技を楽しみたいものです。

 あれ~!  いつの間にか「ル・テニス」の追っかけをしていた七十七才

 余生の楽しみ方に、新しい自分を発見した事は云うまでもありません。

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ゆっくり自分を生きればいいのよ!

 二時間に一本しかないバスに乗って、思い立ったように 山間に住む姉の田舎へ行ってきました。  私の住む近辺では 今年は何故か金木犀の香りも とうとう漂う事もなく、秋も深まろうとしています。

 妙に秋の香りに浸りたくなったのです。

 一才違いの姉が嫁いだ旧家は、同じ市内でありながら、山懐に抱かれたところに、ゆうに百年は経っているらしく、どっしりとした構えです。

私と違って、こんなに辺鄙な田舎で 昔ながらの広い屋敷に嫁いで半世紀、夫婦共永年携わってきた 「臨床検査技師」 の仕事をリタイヤしてからの姉は、一体どんな余生を送っているのでしょうか?

 バスを降りて 十分ほどの田舎道を歩けば、秋の虫がすだき、収穫を終えたばかりのイチジク畑からは ほんのりといい香りが漂ってきます。

 Photo 母屋の前庭の野菜畑から 「姉さん被り」 の姉の姿を見付けました。 

「今年はダメかと思っていたのに、やっと咲いてくれたの」  広々とした前庭からは、まぎれもない金木犀が 今を盛りと咲き匂っております。   今年は二週間遅れの開花とか。

 

 永年あくせく働いてきた姉はすでに、ターシャ・テューダー Photo_2 (二つ目の画像は在りし日のターシャさんです) にも似て、自然に感謝し 晴耕雨読を楽しんでいるらしく 庭の樹木や植物の説明に 顔をほころばせ、声を弾ませるのです。

 広い前庭、どっしりと構えた住まいの裏庭や裏山には、幾十種類もの樹木や植物が ところ狭しと茂っております。

「今の世の中 どう変わって行くのか分からないから、悩んでいても仕方がないの。 自分を信じて 思う通りに生きていけば良いのよ! こうして土からのお陰を享けて、ゆったりとした時間、今が一番幸せな時間よ!  ほらっ! 種を播いた覚えもないのに 去年の実がこぼれたのでしょう こんなものも実っているの!」  肥沃な土の恩恵を享けて、自然任せのスローライフ。    泰然自若の姉のセリフです。

 Photo_3 「この木 何の木か分かる?  葉っぱを噛んでみて、、、」

 「あれ~? あァ、、、〈ニッキ〉 の味がする~」  

 幼い頃 一銭銅貨を握りしめて 近所の一文駄菓子屋で買ったあの 〈ニッキ〉 の味に 私たちは子供のころに還って懐かしみました。

 

(画像上は肉桂の木   下は肉桂の葉) 初めて見ました。

Photo_4

肉桂噛みしめ思い出尽きぬ秋日和

(ニッキかみしめおもいでつきぬあきびより)

 07年12月17日に投稿した私のブログ 「ロシア旅行記」 の中で、余生を故郷で、絵筆も持たず、過去の事も、愚痴も云わず、野菜をつくり 野花を摘み、尋ねる人も無い生活の中で 少しも退屈する様子も無く 楽しそうに過ごした ターシャのような生き方をした イコン画家 山下りん の穏やかに過ごした余生を思い出しました。

Photo_5 百年の母屋閑かにそばの花

(ひゃくねんのおもやしずかにそばのはな)

 

 土が 生き物感覚を養っているのでしょうか。  

    土に根差す生活。

姉も 「ゆっくり自分を生きる」 こんな余生を送っているのではないでしょうか。

 

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「ごみリサイクル展」にて

 「安全・安心  快適に暮らせる自然豊かな町」を目指して、どの都市でもイベントが華々しく開催されております。

 ふだん静かに暮らす私も、時には賑やかな街の空気に触れたくて 買い物がてら繁華街に出向きます。

Photo  一週間前のこと、市役所裏のスクエア・イベント広場に特設テントが張られ 「ごみリサイクル展」が開催されておりました。

 

 エコロジーな家庭用生ごみ処理の推進コーナーや、古新聞・牛乳パックが トイレットペーパーに交換できるコーナーなど 家族連れで大賑わいです。

 Photo_2 中でも 空きビンを再利用しての 「吹きガラス体験コーナー」 は一番の人気スポットらしく、老若男女小学生に至るまで 人垣ができるほどムンムンと熱気を帯びています。

 ガラス工房など近場では中々見ることも出来ないとあって、体験希望者が続出のようでした。

 Photo_5 再生ガラスによる細工品の展示コーナーには、アートな作品が展示され、これがリユースされた作品かと目を見張ります。 市のリサイクル事業協同組合の リユースガラス工房は、資源回収への理解と協力を得るために、分かりやすい実例として今回誰でも参加できるこの体験コーナーを特設したのだそうです。

 再利用の空きビンが、1200°の どろどろ状態に溶解されて、真っ赤に溶けたガラスが金属のパイプの先に巻き取られ、回転されながら息を吹き込まれ、様々なガラス器へと変身されていく様子を目の当たりにすれば、誰でも一度は体験したくなるのです。

 Photo_4 毎日各家庭からは、大量の空きビンが捨てられます。 市のリサイクル有効活用で工芸品作りへと、私たちは再認識したのでした。

     

     ガラス吹く少女の瞳秋澄みぬ

     (ガラスふくしょうじょのひとみあきすみぬ)

     もどかしくガラス吹く児や秋日和

     (もどかしくガラスふくこやあきびより)

     溶解炉真っ赤に燃えて冬隣り

     (ようかいろまっかにもえてふゆどなり)

  人垣を掻き分けて何とか収めた 少女が真剣に吹きガラスを体験している動画です。 初めて体験する少女の戸惑いと、インストラクターの優しい指導が印象的でした。

     亡き母の繋ぎつなぎの古毛糸

     (なきははのつなぎつなぎのふるげいと)

 何事もこんな暮らしであった明治生まれ、大正・昭和・平成を生き抜いた亡き母の気骨が偲ばれます。

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