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小川三知の修復ステンドグラス

 静岡市が生んだ日本を代表するステンドグラス作家 小川三知氏(おがわ さんち)の功績を広め、その作品の一つが静岡市に寄贈される機運を高めるために、静岡市役所新館1階で2019年3月25日~20日の間特別公開されたステンドグラスを拝見してまいりました。

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4枚のステンドグラスは、1922年に北海道小樽市に建てられ、昭和天皇・皇后両陛下も泊まられた洋館「和光荘」の浴室に設置されていたものです。

大小様々な色ガラス数十枚が組み合わされて、空に舞う二羽の鳥と色付いたツタが絡む木が一服の日本絵画のような優雅なステンドグラスです

所有者の野口氏が和光荘を手放した際、屋外に運び出そうとした時、ステンドグラスの一部が割れてしまいました。

4枚のパネルを組み合わせた作品は、高さ約120cm,幅約320cmで、破損されたのは左側の鳥が舞っている部分の1枚です。

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野口氏は「後世に残すためにも修復して、静岡に戻したい」と静岡市葵区の「ステンドグラス工房かわもと」さんに修復を依頼して約3ヶ月かけて、デザインを変えずに破損部分の色に近い現代のガラスを探してはめ変え、このたび修復が終わり静岡市役所で特別公開されました。
約100年前のガラスと並べても遜色なく見事な修復技術です。

ヨーロッパのステンドグラスと違い、柔らかい色使いで日本人の心に温かく溶け込むこのステンドグラスを「静岡に戻したい」と云う事は、、  実は、、

Photo       Cimg2569
多くの有名な建築物に作品を残しているステンドグラス作家 小川三知は、1867年(慶応3年)~1928年(昭和3年) 静岡市呉服町5丁目生まれですから、このステンドグラスは100年ぶりの里帰りです。 静岡市の誇れる貴重な文化財となることでしょう。

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

ぽちさん
素晴らしいステンドグラスですね。
経歴を拝見すると、当時アメリカで研ざんを積まれ
このような立派な物を作られた方が、我が郷土の方だと
知り、とても嬉しいです。
このような方々の努力があって、素晴らしい芸術が
産まれるんですね。
今日は、とてもいい物を見せて頂きました。
有難うございました。

投稿: みず | 2019年4月 7日 (日) 10時54分

ぽちさん、こんにちは~
私は小川三知さんの名前は全く知りませんでした。
ステンドグラスと言えば、キリスト教会に飾られてるような物
ばかりだと思っていました。
あの華やかな色合いのもので、マリア様や聖者達が描かれて
いる物しか知りませんでした。
こんなに日本的なステンドグラスがあったのですね。
おっしゃる通り、「柔らかい色使いで日本人の心に温かく溶け込むステンドグラス」ですね。
気持が清らかになるような作品ですね。
静岡市が誇る貴重な文化財には間違いないですね。

投稿: ひろ | 2019年4月 7日 (日) 15時13分

♪ みずさん
 小川三知さんはおっしゃる通り素晴らしい経歴の持ち主で、まさに文明開化の先駆者ですね。
静岡市葵区、今の繁華街呉服町のお生まれと聞いて誇らしく思います。
こんな素晴らしいステンドグラスが浴室に設置されていたなんて!  驚きました!
見れば見るほど日本人の心を癒やしてくれますね。

投稿: みずさんへぽちより | 2019年4月 8日 (月) 10時39分

♪ ひろさん
 キリスト教布教のために主に教会に嵌め込められている鮮やかなステンドグラすスが近年はステンドグラスのランプシェードなどでもよく見かけます。
 実は私も小川三知さんのことは知りませんでした。
西欧のステンドグラスと違って、日本画の美の輝きが素晴らしいですね。
明治時代の作品の修復に、破損部分の色やガラスの種類(オパルトセントグラス)など現代のガラスを探して遜色ない修復をされた静岡市の「ステンドグラス工房かわもと」さんの功績も素晴らしいですね。

投稿: ひろさんへぽちより | 2019年4月 8日 (月) 10時54分

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