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2017年9月

敬老の日雑感

 朝8時 自治会長さんが「おめでとうございます」と、ずしっと重い包みを届けてくださいました。
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学区自治連合会から「敬老」の日 祝のお弁当に紅白饅頭やお菓子等 ひ孫の
ような小学生からの可愛いお祝いメッセージを添えた 心あたたまる贈り物です。
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  「今年私達町内で 生存されていらっしゃる高齢女性は 4組のYさん、1組のH子さん 次が貴女です。 おめでとうございます。
 これからもお怪我のないよう長生きしてください」 
  
えッ?  私が?」
 町内約80戸 推定人員200人余、内半数が女性100余人として、私が高齢女性生存者3人目とは! まさか! まさか!
いつの間にこんな歳になってしまったのかしら? いつの間に、、、
 
 お二人とも息子さんご夫婦やお孫さんと同居されての暮らしです。

 親子孫三世代の大家族構成で 幼い頃から年寄りを敬まいながら育った私たち昭和一桁世代にとって 近頃実子家族と同居生活の中でも 独り居での孤独よりも 言い知れぬ孤独感を余儀なくされていられる方があまりにも多いと聞きます。

 夫に先立たれて早56年が経ってしまいました。
当時4歳と1歳だった二人の娘も夫々嫁いで幸せそうな四半世紀余りが経ちました。
以来独り暮らしの私は 家族に守られ助けられながらの友人を羨ましくも思っておりましたが
 「独りが良いよ~、、、」と吐露する声が頻々と聞こえてまいります。 
 寂しい時代になりました。

 人生100年時代、長過ぎる老後をどう備えれば良いのでしょうか?
「独りが良いよ~」と云われても、押し寄せる不安や孤独にどう立ち向かったら良いのでしょうか?

 余儀なく独居にせよ 三世代同居にせよ 若い時には考えもしなかった自立して安楽な余生の暮らし方を 50歳代~60歳代で見つけることが出来れば 少なからず孤独を克服できるかもしれません。


 

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日本平山頂より初秋の富士

 天気予報に依ると 9月上旬は雨や曇りマークが目立ち いよいよ秋雨前線が近づいて来たかと思われます。
9月に入ると同時に手のひらを返したように温度計も急転直下、爽やかな秋到来を骨身に感じました。
 今日は夕方まで天気は大丈夫! 
そうだ! 日本平へ行ってみよう!

 9月5日 新静岡バスターミナル5番乗り場 日本平ロプウエー行き9時25分発50分ほどで日本平山頂ロープウエーに到着。
 天気晴朗、ミ~ンミ~ンと蝉が夏を惜しむように鳴いております。

 いつものように展望台への石段を登っていくと、けたたましいブルドーザーの音がします。 
新たに360度一望できる展望台の建設準備らしい。


春に訪れた時の 山頂にある満開のカワヅザクラを背景に「赤い靴を履いてた女の子」の母子像は、観光客にも地元の人にも親しまれております。
横浜の波止場から遠い国に行ったはずの赤い靴の女の子の事がどうして此処に?

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異人さんに連れられて横浜の波止場から船に乗ってアメリカに渡ったと云われている 日本平麓の清水区宮加三で生まれ育った赤い靴を履いた女の子「岩崎きみちゃん」は実は、病のために、、、

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 上の図3点は今年春 満開の桜の時季の撮影です。 

 おや? 母子像周辺が初秋とは言えどうも様子が違うのです。

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 春に先駆けてカワヅザクラが「赤い靴」母子像を守るように見事に咲いていた筈の様子が 初秋の景と云ってもどうも寂しいのです。

よくよく見れば、形良く伸びた桜の主幹がスパッと切り取られているではありませんか! 無残な姿です。

途切れもなく唸りを上げるブルドーザーの大音量に聞き取りにくく
 「展望台新設優先のために 桜の木が犠牲になってしまった! 折角形の良い桜の幹を無残にも切ってしまうなんて! 何ということをしてくれたんだ!」
傍らの地元のお年寄りが しきりに嘆いていらっしゃいました。 

「午後になると あの棚引く雲が次第に富士山を覆ってしまうんだ!良い時に来たね」と ご老人。
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 富士山を仰ぐには午前中が良いらしい。
 

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9月6日

 9月に入ると我が家のBGMは、パヴァロッティの歌声が流れます。

 9月6日はパヴァロッティの命日です。
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 2006年2月10日 イタリアのトリノで開催された冬季オリンピックで氷上の舞姫 荒川静香さんが奇遇にもあの曲で金メダルに輝いたたことは、今でも鮮明に思い出されます。

あの日 トレードマークの白いハンカチを手に歌うバヴァロッティ
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 開会式のフィナーレを飾った世界三大テノールの一人 ルチアーノ・パヴァロッティが黒いマントで歌ったプッチーニのオペラ 「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」を 膵臓がんに侵された身体でありながら 悲壮な決意での熱唱は 強烈な印象として私の心に脳裏に強烈に焼き付いております。
これが パヴァロッティ人生最後の大ステージだったとは思いもしませんでした。

 毎年9月の声を聞くと TVのあの感動の映像もさめやらぬ翌年2007年9月6日のニュースで知ったパヴァロッティーの訃報に、驚きと言い知れぬ悲しみが昨日の事のように甦ってまいります。

you bube で故郷モデナでの国葬クラスとも云われる テノールの巨匠を弔う イタリア国旗3色の飛行雲のアクロバット国軍機編隊飛行の大空に轟く爆音。
 
パヴァロッティの功績への賛辞と モデナ市民の深い悲しみの映像は、涙なしでは見られない感慨深いものでした。

 世紀のテノールの巨匠とは言え、ステージではタキシード姿で手にする白いハンカチは 余りにも有名なトレードマークですが、その上ズボンのポケットに「おまじない」として折れ釘を忍ばせて歌うとか、
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 体型を隠す為に
華やかなエルメスの大判スカーフがお気に入りだとか、
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 1990年7月ローマのカラカラ浴場遺跡での三大テノールに依る世紀の大共演でのアンコール 「オ・ソレ・ミーオ」の大袈裟なビブラートを効かせて おどけた歌いっぷりなど 枚挙に暇もない俗人と変わりない茶目っ気ぶりに親近感を覚えます

「キング・オブ・ハイC」と神様に祝福された声と評された二十世紀の最も美しいテノール歌手 クラシック音楽界のスーパースターは遠い異国の しかも今はこの世の人ではありませんが、伸びやかに歌うカンツォーネを聴く度に私の心は和らぐのです。
  白露に消えた永遠のアイドルです。

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十団子

 JR静岡駅北口バス乗り場、国道藤枝線 四十分ほどで「宇津ノ谷入り口」(以前 明治トンネル撮影の時にも下車しました)バス停に到着します。
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 国道1号線の大動脈に横たわる長い歩道
橋を渡リ 山ふところへ向かって数分も歩けば、この時季にはカナカナカナ~とひぐらし蝉の谺に涼気を覚えます。 
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この先には旧東海道峠登り口のある宇津ノ谷集落があります。
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静岡市駿河区宇津ノ谷集落には、知る人ぞ知る 秀吉から「羽織」
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(上画像はネットよりお借りしました)


を拝領された「お羽織屋」など十数件の古い家並みの中ほどの
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路地を入り 
朱色の欄干の橋を渡ると「十団子(とうだんご)」で知られる曹洞宗 慶龍寺があります。
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  弘法大師の作と言われる延命地蔵尊、十一面観音菩薩がご本尊として祀られ、毎年八月二十三・二十四日には縁日で賑わいます。
慶龍寺境内にでんと腰を据えた苔むした石碑をよく見ると

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 「十団子も小粒になりぬ秋の風」 有名な森川許六の句碑です。
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 秋風吹く旅すがら 
軒先に魔除けとして吊るされている「十団子」をみて ただでさえ小さいのに冷たい秋風が吹いて一層小粒になったと許六が詠み 芭蕉も絶賛した句と言われます。

 「十団子」を知らない方がたは、みたらし団子か三色団子か?はたまた? 想像をめぐらしているとか。

 * 慶龍寺縁日で売られている「十団子(とうだんご)」の由来は

 昔、宇津ノ谷峠に旅人を喰う鬼が現れ、在原業平の祈願に依り、地蔵菩薩が旅僧に姿を変えて、鬼と対決しました。
旅僧が、人間に化けた鬼に「正体を現せ!」と云うと 大鬼に変身したので、「小さくなれるか!」と云うと鬼は小さな玉となって、旅僧の掌に乗りました。旅僧は持っていた杖でその玉を十粒に砕いて飲み込みました。
それ以来鬼の災いが無くなり、道中守護の為に「十団子」が作られるようになったと言われます。
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 白い餅を直径五ミリほどに丸め 十粒ずつ幾重にも数珠つなぎした魔除けの「十団子」は 昔は保存食でもあったそうですが、今では魔除けとして軒に吊り下げるのです。

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