« 2017年6月 | トップページ | 2017年8月 »

2017年7月

カルチャー同好会「落語お披露目」

 7月22日(土曜日)静岡市 葵生涯学習センター(アイセル21)1Fホールで催す ゆうらくカルチャー同好会「落語お披露目」会のご案内をいただきました。

Cimg9679_3
 笑う門には福来る 初めて鑑賞するカルチャー同好会 趣味の落語お披露目に 興味津々の面持ちで歓笑してまいりました。
Cimg9665jpg21


 噺家は ゆうらく亭 勇楽さん 
あれっ? 何処かで聞いたことあるような? 無いような?

♪ テンテンツクツク ♪、、、 出囃子に乗って勇楽さん 悠々と舞台に登場。 
あれっ? 何処かでお見かけしたような? 
 お会いしたことあるような?
  拍手、、、、、、

Cimg9672

 さぁさぁお立ち会い!
ご用とお急ぎでない方は ゆっくりと聞いていきな!
誰でも何度か耳にしている有名な つくば市認定地域無形民族文化財第1号の「蝦蟇の油 口上」の勇楽さん 立板に水を流す如くの弁舌に 300席の聴衆は一言一句聞き漏らすまいと聴き入っています。 


 5分の休憩を挟んで第二部のお題目はご存知 左甚五郎の作る「竹の水仙」にまつわる 甚五郎と宿夫婦との掛け合い噺に、聴衆は次第に引き込まれ 弁舌・仕草巧みな勇楽さんは 趣味で語ると言っても これは只者の技ではない。
ノコギリで竹を切る擬音の声色使いなど ギーコギーコギーコと 生の音そっくりではありませんか!  どうしてそんな音出せるの~?
勇楽さんの「口蓋垂(のどびこ)」はどうなっているのでしょうか?
天賦の才能 玄人はだしの語り口に聴衆は拍手喝采!
 異口同音感嘆しきりです。

ご了解を得て、第二部 「竹の水仙」の一部始終を収録させていただきました。

さぁさぁ お立ち会い!
ご用とお急ぎでない方は 「竹の水仙」40分の喋々妙技ですよ。
 次の動画でたっぷりとお楽しみください。

本家本元噺家さんも舌を巻くほどの巧みな弁舌でしたね。
(収録終盤頃、突然ドカ~ンと大きな音で勇楽さん一瞬の驚きの場面がありますが、この時雷鳴があったと思われます)

 実はこの長~い実況収録を含め この日の全ての収録映像は、先日のブログで告白した「明治トンネル」での心霊怪奇事件 あの鳥肌の立つ いわく付きのデジカメ
Img_2507

 「テレパシー・デジカメ」君がしっかり収めてくれたことも驚嘆に値するではありませんか!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ブログ10年目の記録冊子

 年寄りの冷水と自重(自嘲)しつつ、毎週日曜日に更新を決めて欠かさずアップしたブログ「パソコンは老いをらない」は お陰様で五月二十七日で十年間を綴ることが出来ました。
これもひとえに、パソコンサロンゆうらくさんから高齢の私に適応したご指導を賜り また多くの方にご高覧戴き、お与えくださるコメントに随分励まされました。
  ありがとうございました。

こうして折角綴った拙い記事でも 私のこの歳になると些かの自分史に成るかもしれないと淡い期待を覚えつつ、毎年一年分の記事を纏めて手前味噌ですが 今回で十冊目の「パソコンは老いを知らない!」 記録冊子ができあがりました。
Img_2615a1

 一年(五十二週)分を九十ニページに亘っての冊子作りは、元来横書きのブログ記事を縦書きにコピー&ペーストすると云う いささか面倒な作業で パソコン自身が戸惑い悲鳴を上げて 画像がとんでもない処に飛んでしまって定位置に中々収まらず、思わぬハプニングに遭遇したり、コピー機のトラブルに四苦八苦するなど、艱難辛苦の人生行路に通ずるものがありました。
  この難関突破は脳トレに役立つかもしれません。

Img_2614a1

 自分史とも言えるパソコン&コピー機を屈指しての自作 十年十冊の冊子を目前にして、電話もテレビもなかった若かりし時代を過ごした昭和一桁生まれの私にとって こんな事が出来ようとは。 若棋士の言葉を借りて 只々『僥倖』としか言いようがありません。 
 パソコン遊びの楽しさ素晴らしさを得た幸せを噛み締めています。

Img_2616a1

 17年前 当時の森総理大臣の「IT革命!」を提唱されたのが切っ掛けで始めたパソコンとの関わり合いが、後期高齢「おひとりさま」暮らしに大きな指針と楽しみの糧になろうとは、当時は思いも及ばない事でした。

 当時68歳の私は、ITとは何ぞや? パソコンとは何ぞや? パソコン操作は皆目分からぬ!  分からぬ事が分からぬ!
 「そうだ!」 
思い立ったが吉日、パソコン教室の門を叩いて、焦らず諦めずが功を奏して こうして余生の楽しみを享受しております。
 
日進月歩どころか 秒速単位で進化する「IT時代」 世の中は「スマートフォン時代」 便利この上もない代物ですが まだまだ学ぶこと山積です。

 十年目のブログ記念日の五月二十八日は感慨も新たに これから一年 無事のブログ更新を祈念しつつ発信の決意をしたところでございます。
歳は争えません 何時の日か?ギブアップするかも知れまが、、、

 ご高覧いただいた皆さまに御礼申し上げますとともに、今後共どうぞよろしくお付き合いくださいますようお願い申し上げます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

方広寺半僧坊拝観とらかん坂

 月々のしずてつオリジナ企画「花を巡る旅」7月は、静岡県浜松市 奥山の臨済宗大本山方広寺半僧坊拝観と昼食は精進料理がメインの旅でした。
梅雨末期でありながら、8日は真夏の太陽ギンギラギンの中を奥山高原の紫陽花を愛でながら11時半には方広寺に到着しました。

Cimg0186

海抜313mの小高い奥山 方広寺三重塔を見下ろす辺りでバスを降り、「直虎ゆかりの、、」「方広寺・半僧坊」の幟がはためく坂道を下りつつ 
Cimg0183

Cimg0203

 60ヘクタールの境内に本堂、半僧坊神殿、
Cimg0178

三重塔など60余棟の伽藍の広大で荘厳な名刹が目の前に現れ感嘆の声が上がりました。

 本堂は、明治33年から大正7年にかけて竣工されたもので、間口32m、奥行き27mの東海屈指の建物です。
Img_2535

本堂中央の大きな扁額「深奥山(じんのうざん)」は 禅を修行された幕末・明治の政治家 山岡鉄舟の書です。

 『半僧坊』
Yjimage_2

方広寺は俗称「半僧坊」といいますが、開山された無文元選が中国各地を巡拝して帰国の東シナ海で難破の危機に遭われ、半僧坊のお力で海難を免れたと言う故事に因んで、諸願成就の祈願所として全国各地から多くの人々が「半僧坊さん」と慕い参詣するのです。
半僧坊は、方広寺の鎮守さまです。

【方広寺所蔵 木喰仏3体】
 
20141010sk4k

 国重要文化財の釈迦三尊がご本尊です。
お参りのあと、私個人的に目を引いたのが、またもや出会った三体の「木喰仏」です。
木喰上人83歳の時に彫られたと言いますから、先日ご紹介した静岡市泉秀寺所蔵2体の木喰仏さまと同年の作とは、驚きです。

Img_25551

また、工匠 岩五郎作の一木彫「昇り龍、降り龍」も一見の価値があります。


Img_2541

 広い本堂の中を順路に従っての回廊の窓越しに 五百羅漢さまが点在して拝観者を和ませます。

「五百羅漢」はお釈迦様が亡くなった後、経典編集に五百人の仏弟子が集まった事に由来するそうです。


Photo

 拝観後の昼食は、「食事五観」を唱和して、精進料理に舌鼓を打ちました。

 旅の企画者のお取り計らいで、私達年配者を考慮して帰路は舗装された なだらの坂の参道を森林浴を楽しみながら、山の斜面のあちこちに安置されている五百羅漢さまを探しながらのゆったり下山です。
Photo_2

五百羅漢さまの中には誰かに似た方がきっといらっしゃいます。


 境内各所や半蔵杉が聳えるらかんの坂道を下りながら点在する五百羅漢さまにお逢いするのも、半僧坊さんの見どころでもあります。

 数々の画像をムビーにプロジェクトしました。
ごゆっくりご覧ください。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

木喰仏さま

 前回7月2日にアップした不思議な現象?の記事の最後は デジカメ メモリカードに残されている画像 木喰(もくじき)仏さまのご加護のお陰と締めくくりました。

今回は僭越ですが 木喰仏さまの事を語らせてください。 
下の画像は 問題を引き起こしたあのデジカメにキープされている静岡市 泉秀寺所蔵 【木喰仏】二体の画像です。

Img_2520_2

PCに取り込み トリミングしました。
Cimg95892

 木喰仏さまは、聖と云われ五穀 或いは十穀を断絶しながら 木喰戒修行を積み 僧でありながら名利にとらわれない信仰心篤い世俗人で、甲斐の国丸畑 今の山梨県下部町古関丸畑ご出身の木喰五行上人が、木仏様を彫りながら全国を行脚され、静岡県にも何十体と残されています。
焼津や岡部に多くが残されていることは 承知してはいましたが、先日わが静岡市にも「子安観音」と「大黒天」2体の微笑仏が残されていることを知りました。

 木喰五行上人(もくじきごぎょうしょうにん)は、江戸時代の中期 亨保3年(1718年)山梨県身延・古関丸畑に生まれました。
 45歳の時 木喰戒を受けると共に、日本諸国を巡り歩く願を立て56才遊行聖となって93才(1810年)で亡くなるまで 南は九州から北は北海道と全国隈なく歩き、千体仏手彫の願を立てて 行く先々で木仏像を残されました。

 木喰仏さまのこの画像を見ながら 今から34年前 私50歳 昭和58年(1983年)10月30日の事がまざまざと蘇ってまいります。

【年一回発行の四十雀会の記録冊子
(1980~1991)

Cimg961711
 昭和55年(1980年)に 「よく学び よく遊べ」をモットーに雑学と言う遊びの中に 自分を蘇生させることを目標として発足してから37年経った現在 会長はじめ会員の殆どが既に故人となられた20名限定の「四十雀会」(沖 和雄会長)での野外勉強会で、1983年の秋 桑畑に囲まれた山梨県身延 丸畑部落にある木喰五行上人の生家を訪れた時の事が彷彿と思い出されました。

 木喰五行上人は 山梨県身延・古関丸畑の庄屋 伊藤六兵衛の次男として生まれ14歳の時 家人には「畑仕事に、、」と言って江戸に出奔しました。
22歳で出家し、45才で木喰戒を受け廻国修行に旅立ちました。
 行く先々に残された千体あまりの手彫りの仏像は どれも優しい微笑みの木仏像です。

生家を訪れた私たちに
 上人が残された「四国堂」を開けて 説明してくださった子孫の伊藤さんは、穏やかに語り始め 次第に熱が入り上人と生き写しの荘厳な風貌となっておりました。

 語り終えた伊藤さんは自ら柿を剥き、私達をもてなしてくださり、閑疎な山懐の「四国堂」の中で味わい深くいただきました。

 本栖湖西岸を通り抜け、当時は未だ舗装もされていない峠を超えた甲斐路のあちこちには 熟れた柿がたわわに実っている光景が今でも鮮明に思い出されます。 
 34年前のことでした。

Cimg9592_2

 木喰上人の旅程の記録は、現存する宿帳などに克明に残されているそうですが、静岡県に入ったのは寛政11年(1799年)11月19日でした。

現在の話題に戻ります。
 ここ静岡市駿河区手越原の曹洞宗小森山泉秀寺には、木喰上人83才 寛政12年8月18日から9月1日まで滞在されましたが 8月22日・23日のたった2日間で2体の木仏様を刻まれました。
残されている一木彫りの福々しい微笑みの「子安観音像」と「大黒天像」です。

 拝謁を願って撮影させていただきました。
あのいわく付きのデジカメに残されている画像です。
【子安観音】
Cimg02362

【大黒天】
Cimg02382

 貴重な体験をさせていただいて以来 私の心のともし火となっております。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

デジカメを襲った不思議現象顛末記

 突然私に降り掛かったデジカメの不思議な現象の顛末記です。
Map_3
 静岡市駿河区宇津ノ谷峠に実在する 今は昔の「明治トンネル」前での出来事です。
Photo_3
 (上写真は、2012年8月23日に撮影)

 「明治トンネル」は、静岡市と藤枝市岡部町を結ぶ 宇津ノ谷峠に明治9年(1876年)開通した明治時代の貴重な文化遺産です。
平成9年(1997年)に現役のトンネルとしては初めて「明治宇津ノ谷隧道」として国の有形文化財に登録されました。

 ところが、事件や事故も起きてはいない 誰もいないはずのトンネルに 嘘か真か人の声や笑い声が聞こえると云う奇怪な噂が何時の頃からか流れるようになったと聞いています。

明治トンネルへの宇津ノ谷集落町並みにある
【豊田秀吉から陣羽織が贈られた御羽織屋】


Photo_4

 【十団子も小粒になりぬ秋の風 森川許六】

Photo_5

 【旧東海道宇津ノ谷峠登り口】
Photo_2

 【宇津ノ谷集落町並み】
Img_2376_3

 5月19日 国・県・市の指定文化財の写真を摂りに行った時の出来事です。
 人影のない静かな宇津ノ谷集落のレトロな町並みや、宇津ノ谷峠登り口まではデジカメでの撮影は非常に順調で いよいよ「明治トンネル」の中からオレンジ色の灯りが見え始めた辺りで おもむろにデジカメの電源をオンして撮影スタンバイ。

 さぁ これからが本番撮りと勢いづいて、トンネルの前に仁王立ちして絶好のカメラアングルを確認 撮影を開始しました。 
ところがシャッターを押してもどうしたことでしょう? 
シャッターが切れず何度押しても撮影ができないのです。
 え~? どうして~? 
   壊れちゃったのかしら? 
何処を押しても触れても反応がありません!
 仕方なく撮影を諦めて レンズを収納したくても収まらず モニターの灯りは消えぬまま微動だにせず にっちもさっちもどうにもならないのです。

Img_2507

蓄電はたっぷりあるし 「押してもだめなら引いてみな」
何度か試みても反応がありません。
デジカメ君とうとう寿命かしら?

 弱り目に祟り目 レンズは収納も出来ないまま、這々の体で帰宅したものの デジカメ本体も熱を帯び 発火の危険を察知して放電の為に、冷えたタイルの上に置き放すこと数時間が経ちました。 

 恐る恐る見ると 何と!「電池容量が無くなりました」と ディスプレーされているではありませんか! 
 何よ! 今更どうしたっていうの? 


 
気を取り直して 改めて4時間かけての充電が完了した時 デジカメ君は何事も無かったような涼しい顔をして平常心を取り戻しているのです。

「あ~~? そうだ!」 
 これはきっと木喰仏さまのご加護に違いありません。
Img_2520

と云うのは あの日の3日前 このデジタルカメラで撮影させていただいた メモリカードに残されたままの 静岡市駿河区泉秀寺所蔵の「木喰仏さま」のご加護のほか考えられません。 

 デジカメ君は従来通り 正常に活躍しております。

 

 

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2017年6月 | トップページ | 2017年8月 »