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2015年3月

一味違う旅でした

 長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳と美ヶ原を中心とした国定公園 蓼科中央高原の入口にある 標高約1200mの横谷渓谷のせせらぎに癒され 正真正銘の手打ち十割そばと 揚げたて天ぷらで名を馳せた温泉旅館に行って参りました。

いつもの旅仲間11名の今回は、S観光サービス会社の恒例の大感謝ツアー42名御一行様に便乗しての旅でした。  
実は私たち旅仲間としては横谷温泉はこれで4回目と云う 定番旅行なのです。

が、、、 今回は一味違う大爆笑の旅となりました。

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 春のお彼岸をまじかに、まだ深い雪も残る横谷渓谷とあって、ダウンを着こんでの旅立ちでしたが車窓からは美しい斑雪嶺を眺めながら、穏やかな晴天に恵まれ、立ちよる所 すべてそよ吹く春風 軽装での心地良さ!

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 ランチタイムはヨーデルが聞こえる しあわせの里で スイス料理のバイキングに舌鼓を打ち 貧乏神の味噌蔵見学 お味噌のちょっぴりプレゼントをいただいた後は温泉宿に早々のご到着。   早々到着には訳があるのです。

今回の旅のメインイベント「ものまねそっくりショー」のお楽しみが 夕刻4時から始まるのです。 ものまね七変化の「キューティはし」さん 
  すっかり橋幸夫になりきっての登場!

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 「待ってました~! いよいよキューティはしの そっくりものまねショーのはじまりで~す!」

七変化とは良くぞ言ったもの 美川憲一、和田アキ子、杉良太郎などなど 間髪入れずの見事な変身ぶりに拍手喝采!

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元気はつらつ旅仲間の11名は最前列に陣とっての観賞とあいなりました。

下手な解説はもう要りません。 
ご出演ご本人のお赦しもいただいて撮り溜めたムービーをごゆっくりと お楽しみください。

片肌脱いで、、、
みんなで楽しく、、、

キューティはしさんの熱演に大喝采の後のお楽しみは ズワイガニの食べ放題、打ち立て手打ち十割そばと 揚げたててんぷらの晩餐を堪能。

開運金泉、雪見露天風呂にゆったりと癒されました。

翌朝ホテル出発の私たちのバスを笑顔で見送って下さったキューティはしさん。 

 二日目は欲の皮も突っ張っての地元銘菓の詰め放題や つかみどり、ワインの試飲に小瓶のプレゼント等のイベントに 日頃の憂さも晴らしての大奮闘の大笑い。 
 

 巣に籠って くよくよブルーに落ち込んでも一日。 
見栄も外聞も憚る事も無く楽しむ 珠にはこんな旅も良いものです。

  八十路の旅仲間はまだまだ元気です。

 

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世界の椿展 in Shizuoka

 第21回世界の椿展(静岡ツバキ会 小川秀世会長主宰)が三月十四日・十五日に 静岡市葵区東草深町の「アイセル21」で開催されました。

 今回の展示会の模様は ブログ「ゆうらくの森」(3月17日アップ)で美しい画像と共に詳しく解説されております。

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 私が「世界の椿展」を初めて訪れたのは 四年前の東北大地震の大津波と 福島原発事故の凄まじい報道に 悲しみと不安に恐れ慄き 家に引き籠っていた矢先 たまたま 美しい椿展開催の新聞記事を見て、いたたまれない思いで会場に赴いたのでした。
 会場に入るや否や目の前に展開された夢のような光景!
     あの時の感動と安らぎは忘れる事はありません。

 私たち日本人は 椿と云えば 茶道にも通ずる侘び寂の花として 親しんでおりますが、欧米諸国で品種改良の粋を集めた静岡ツバキ会 外来種のツバキ(カメリア)出展に 観覧者はカルチャーショック!
 まさに夢見る心地でございます。
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 かつて日本から持ちこまれたアメリカやオーストラリアなどで、品種改良された華やかな外国のツバキ(カメリア)を中心に展示され、目にも鮮やかな大輪に観る人を唸らせます。
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 豪華絢爛、「世界の椿」の研究育成、はたまた公開展示は 静岡や神戸など日本でも3ヶ所だけだそうで、これぞ郷土の誇りです。
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 甘い香りが漂う会場には 例年に比べ鉢植えが多く 100鉢ほどが所狭しと出展されました。
 展示場では「静岡ツバキ会」の小川会長さんはじめスタッフの皆さんが 来場者の質問やカメリヤの育て方などの解説や苦労話など気軽に応じて下さり 和やかな雰囲気です。

次の動画をご覧いただきながら会場を一巡してみましょう。

 


 これが「ツバキ」? と思われる豪華な大輪たちをムービープロジェクトに編んでみました。 
ボッケリーニ作曲 メヌエットの軽快なリズムにのってお楽しみください。

 



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本格! 鋳物体験

 2月21日のグランシップ「しずおかの文化」体感ツアー

伊豆から世界の遺産へ! ~韮山城・江川邸・韮山反射炉~ の旅を楽しみ 学んだ私たちは、反射炉見学の後 鋳物作りを体験いたしました。
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 静岡県駿東郡清水町長沢にある「木村鋳造所」では、大勢のスタッフの笑顔に迎えられて、 しずおかの文化新書『幕末の産業革命 韮山反射炉』の執筆者のお一人で、木村鋳造所の 菅野博士から鋳造の仕組みや手順などのレクチャーを戴きながら、 砂型を作り 溶かしたホワイトメタルを流し入れ オリジナルネーム入りのキーホルダーづくりの初体験です。
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 まず最初に女性スタッフの作業手順の実技をつぶさに拝見します。
ここからは各自慎重に実体験が始まります。
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 先ず 慣れぬ手つきで約20センチ四方の木枠に微粒子の砂を丁寧に丁寧に敷き詰め 丹念に固め、離型剤粉末タルクを軽く振って キーホルダーの原型を置き、原型を動かさないように(ひと1つ目のキーポイント)気を付けながら 再び砂を敷き固めます。
 ふたつ目の木枠にも砂を敷き固め、融解したホワイトメタル注入口を一つ開けるのですが、ホワイトメタルがキーホルダー原型のみに注入できるように この穴の位置が重要で 2つ目のキーポイントです。
1の木枠に2の木枠を乗せて、注水口から融解したホワイトメタルを流し込みます。
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10分ほどでキーホルダーに形成されたホワイトメタルが固まり、砂を洗い落します。
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専門機器による修正研磨などはスタッフにゆだねます。
 初体験の私たちには、神経を集中する難しい不慣れな作業でしたが、大勢のスタッフのご指導で 見事に完成!  笑顔の瞬間です。
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 ネーム入り記念のキーホルダーが完成いたしました。
 
 

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江川邸から韮山反射炉へ

 落ち着いた韮山の町を歩いていると あちこちにデフォルメした江川英龍(えがわえいたつ)の姿を映したモニュメントやポスターを目にします。

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この人こそ世に知れた第36代「江川太郎左衛門」です。
江川家は平安時代の末期に 大和の国からこの地に移住されました。
 『江川太郎左衛門』・・・ 伊豆国田方郡韮山(現静岡県伊豆の国市韮山町)を本拠として江戸幕府の世襲代官で 太郎左衛門と 江川家代々の当主を名乗っております。中でも36代の江川英龍がこの人で、一般に江川太郎左衛門と云えば36代のことを指すと云われます。

 代官として活躍した幕末には 欧米の列強がアジアの各地を次々と植民地化した時代で 36代太郎左衛門は 日本の於かれた立場を深く憂慮して、近代的な兵制や西洋の砲術から韮山反射炉製造、兵糧や飢饉に備えて日本で初めてのパンの製造や 江川塾での教育等々 の活動をされました。
 (概略は 江川邸公開事務室発行パンフより)

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重要文化財 江川家住宅(江川邸)の表門を潜れば そこは江戸時代の空間。
今に残る邸宅は 1600年頃に建てられたものです。
 NHK大河ドラマ「篤姫」のあのシーンを思い出して下さい。 
命に翻弄された篤姫お輿入れの時の撮影にも使われた 煌びやかで重厚な玄関だったのです。 (この中は見学する事はできません)

 篤姫お輿入れの映像は 今でもはっきり脳裏に焼き付いており 紛れもない この玄関があの撮影に使われた場所なのかと 感慨深く拝見いたしました。
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 広々とした庭、今では梅林となっている役所跡 韮山城主の北條早雲も美酒とお墨付きの銘酒に使われた井戸も見られます。
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 庭のあちこちに点在する 「きささげ」「けやき」「さいかち」「びらんじゅ」など 当時のままの古樹が はたまた 豊臣秀吉の軍勢が韮山城を包囲した時の砲弾痕や、矢尻が突き刺さったままの門扉も見られます。
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 重要文化財 江川邸主屋は1600年頃に建てられたそうで、平安時代より生えていた「けやきの木」をそのまま柱として利用された「生き柱」は神々しささえ感じられます。
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 高さ約12メートルもの茅葺屋根を支える小屋組の架構は 釘一本も使わず 手斧目の跡も鮮やかに 当時の建築職人の粋が感じられます。
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 遥か屋根裏をよくよく見上げれば 「棟札箱」と云う木箱が微かに見えますが、この箱には日蓮上人直筆の曼荼羅が納められてあり その霊験によって江川邸は 今日に至るまで火災にあったことは無いと伝えられています。
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 土間には江川英龍が日本で初めてパンを焼いた窯や鍋も残されており、
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武器庫には幕末に造られた小銃や砲弾などが展示され、砲弾や焼夷弾に目をやれば 戦時中の少女時代 空襲でパラパラと落下する焼夷弾に逃げ惑った脅威を体験した私は これが幕末の物とは云え 70年前のおぞましい大惨事がまざまざと思い出されました。
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 171年前日本で初めて作られた「パン祖のパン」は非常に硬く 70年前の戦闘戦後時代に珍重され 今でも災害非常食としての「乾パン」の元祖です。

 60分の江川邸見学時間を大幅にオーバーして韮山反射炉に向かいます。
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 世に知れた美しい幾何学模様の4本の煙突「韮山反射炉」を背に ガイドさんの流暢な説明に耳を傾けます。

 36代江川太郎左衛門が幕府の命により 東京お台場に配置する大砲鋳造の為に造った 日本でも唯一現存する 実際に鉄を溶かした反射炉として 今年2015年の世界遺産登録が期待されている 国指定遺跡「韮山反射炉」は 大砲を作るための鉄を溶かす装置です。
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 今から161年前 1854年安政の幕末 黒船来航の頃、36代江川太郎左衛門が幕府の命で 大砲鋳造のための溶解炉を築きました。
4基の炉とお馴染みの4本の煙突に象徴される「韮山の反射炉」です。
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 炉の中の天井は耐火煉瓦でアーチ型に造られ、石炭を1700度に燃やした熱を反射させて銑鉄を溶かし、精製した鉄を鋳型に溶かし入れて大砲を製造したのです。
36代の英龍は反射炉の完成を待たず52歳で死去、3男の息子37代目太郎左衛門(英敏)が完成させたそうです。(長男・次男は夭逝されました)
 親子二代に亘っての文明開化の魁だったのですね。

  * すでにお気づきの
「韮山反射炉」を象徴する 煙突の幾何学模様の鉄枠は、1908年 明治41年に施工され 1923年大正12年関東大震災の大揺れにも耐えられたのです。

  知れば知るほど興味は尽きません。
 この価値を未来へ伝えていくためにも 韮山反射炉を世界文化遺産に登録が必要とされるのですね。  
 

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韮山城址へ

 昨年9月 グランシップ「しずおかの文化」体験ツアー企画の【富士山麓世界遺産巡りの旅】に感動し、その折に予告された 【伊豆から世界遺産へ! 韮山反射炉・韮山城・江川邸】 待ちかねた日帰りバスの旅 
  2月21日に参加してまいりました。

「しずおかの文化新書」編集長の八木洋行講師が今回も同行され、3名のグランシップスタッフに守られながら参加者36名は静岡駅南口を8時に出発。

東に向かうバスの車窓から望む雄大な富士山
        幸先良い旅の始まりです。

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早春の高速道路を伊豆韮山を目指しました。

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 10時 伊豆の国市指定史跡「韮山城址」へ

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 室町時代後期から戦国時代にかけて 丘陵を利用して築かれた日本の平山城は 15世紀末に戦国時代の武将 北條早雲によって造営されました。
早雲はこの城を愛し88歳で亡くなるまで居城しました。

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 八木洋行講師の解説に耳を傾けながら 小高い丘陵に佇み 早春の息吹をいっぱい受けて 先人の雄姿に想いを馳せました。 

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 天下分け目の関ヶ原合戦の後は廃城となり 建物は見る影もありませんが 龍城山と呼ばれる標高41.7mの山頂にある本丸跡に佇めば、雄大な富士山と田方平野が一望できる絶景のポイントです。

典型的な平山城で丘陵に沿って曲輪(廓)が連なって、城の区域に築いた土塁の跡なども残っているそうで 真下にある韮山高校の校庭に「御屋敷」と云う地名も残っているとか。 講師の説明も熱が入ります。

日頃の運動不足が祟って 41.7mの丘陵登り下りに息を弾ませながら 次の国指定重要文化財「江川邸」へ向かいます。

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