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2014年9月

富士山麓伝説めぐり~後編~

 日本の滝100選1位となる国の名勝及び天然記念物で 絹糸を垂らしたような 150メートルの幅も 日本最大と誇る「白糸の滝」を堪能した私たちは、
その昔 源頼朝の巻狩りが行われたと云う 約30万坪の広大な富士の裾野にある 「若獅子神社」に直行しました。

 私はこの神社の事は全く知りませんでした。

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 「若獅子神社」は 先の大戦で「若獅子」と呼ばれ国の為に殉じた 陸軍少年戦車兵の教官や 生徒600余名の御霊を御祭神として 今からちょうど30年前1984年(昭和59年)陸軍少年兵学校跡地に建立されました。
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 この美しい広大な富士の台地に これほど無惨で悲しい記念の神社がある事を私は初めて知りました。
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 神社には拝殿や慰霊塔のほか、「帰還戦車」と呼ばれるサイパン島の激戦で大破した戦車が安置されております。
 嶮しい最前線で戦い破れ 変わり果てた姿を直視するには余りにも残酷です。
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 サイパン島で戦死した40余名の少年戦車兵の追悼の願いが込められ、安置されたと云う事ですが、私がちょうど小学6年生1944年の夏 大都会はもちろんのこと、私の住む静岡市も毎日のように空襲警報のサイレンが鳴り響き 焼夷弾の裂く烈に逃げまどい 日に日に迫る負け戦となり 「サイパン島玉砕」の大本営発表の戦闘状態や 臨時ニュースの重苦しい報道が未だ耳にこびりついている 子供心にも酷い戦争体験を受けた衝撃は 只ならぬものがあり 涙にむせび 思わず手を合わせました。 
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 車体には貫通した生々しい弾痕が随所に見られ 戦車内には二振りの日本刃と人骨があったと云われ 激戦の跡を物語っております。

 こうして前途ある多くの尊い命が散って行った
戦争の悲惨さを 今こそ多くの人々に知ってほしいと願わずにはいられません。
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 冷たい秋の雨が降りしきっておりました。

     秋霖や黙して語る破れ戦車
 
  戦争ほど愚かしいものはありません。 

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富士山麓伝説めぐり ~中編~

 「富士山麓伝説めぐり」 曽我兄弟の霊地を訪れた後は 絶景を愛でながらのランチライムです。
 世界遺産の富士山麓めぐりと云えば 当然! 絶景「白糸の滝」ですね。

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 ここでは、各自自由に昼食をとりながら1時間の散策です。
折悪しくパラパラと雨も落ちてきましたが、昼食もそこそこに 幾十段ものコンクリート階段を一気に下り、「白糸の滝」へと気持ちも逸ります。
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 小雨にけぶってはおりますが 文字通り「滝見橋」からの 高さ20メートル 幅150メートルに渡り 馬蹄型に広がる幾筋もの白い糸を垂らしたように流れ落ちる滝の眺望に ハッとするほど美しく 思わず笑みもこぼれます。
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 滝壺への遊歩道は快適空間 マイナスイオンを充分に浴びて 咲き揃った「秋海棠」の群生が、初秋の風情を見事に演出しております。
 
     秋海棠優しく咲きぬ滝じめり
 
     白糸の滝へ誘う秋海棠

      白糸のいよよ映えたる滝の秋

 私個人としては、「白糸の滝」を訪れたのは50年ぶりで、滝は昔の姿そのままではありますが 昨年世界文化遺産に登録されて すっかり整備された周辺の有様に驚かされました。
 改めまして、
白糸の滝は、静岡県富士市上井出にあり、隣接の「音止の滝」と共に 日本の滝100選にも選ばれ その周辺が国の名勝、天然記念物として指定されています。
又 「富士山信仰の対象と芸術の源泉」として ちょうど1年前に世界文化遺産に登録されました
 
 *滝そのものを表す時は「白糸の滝」と表記し、指定文化財として指定地全体を示す場合は「白糸ノ滝」と表記し区別している* 
と、世界遺産富士山構成資産パンフにありました。
 芝川水系から流れ落ちる滝と、富士山に降った雨や雪解け水から湧き出して 幅約150メートルにわたって 絹糸を垂らす様に流れ落ちる姿は美しく、源頼朝も富士の巻狩りの際に立ち寄った滝でもあります。
* 頼朝の「この上にいかなる姫やおわすらん おだまき流す白糸の滝」と詠んだ和歌から「白糸の滝」との伝承は 一説には「頼朝にかこつけての詠み人知らずの和歌かも知れない」 と云う噂を小耳にはさみました。*
 「白糸の滝」と云えば言わずもがな「音止の滝」です。
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 白糸の滝と台地を隔てた東側に 落差25メートルを流れ落ちる芝川の本流で、轟音を轟かせて、女性的な「白糸の滝」とは対照的な豪快さに圧倒されます。
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 絶え間無く 五臓六腑に轟音とどろかす滝が「音止の滝」とはこれ如何に?
  (世界遺産富士山 後世資産「白糸ノ滝」パンフより)
 今から800年も昔、源頼朝が富士の巻狩りの折、その最中に 滝の傍で曽我兄弟が父の仇、工藤祐経を討つ相談をしていたところ、滝の轟音に「心無い滝だなぁ}と溜息をついたところ、不思議にも激しい滝の音がぴたッと止んで、相談事が運んだ と云う伝承から「音止の滝」と呼ばれるようになったと云われます。

 いい匂いがしてきました。
富士山からの贈り物、雪解けの湧水が育んだ産物は多種多様。
ここでの名物の一つ 養鱒場の「鱒」の串焼きは脂がのって絶品でした。
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富士山麓伝説めぐり ~前編~

 

表題の「富士山麓伝説めぐり」のご報告の前に、ここに至るまでの経緯と このツアーを企画された財団法人のことをお伝えしたいと思います。

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 8月上旬 とある生涯学習センターのロビーのご案内棚に、日帰りツアー「富士山麓伝説めぐり」のパンフを偶然目にして、早速申し込みの電話を掛けたものの、定員40名はすでに満杯、キャンセル待ちとのご返事に愕然といたしました。
遅きに失し、諦めかけた実施日1週間前に キャンセルがあって参加出来ると云う嬉しい電話がありました。

  ♪~ 「果報は寝て待て 待てば海路の日和あり」
 旅案内のパンフをよくよく見れば、主宰は グランシップ 公益財団法人 静岡県文化財団と云う お堅いイメージに、無学な私は一瞬たじろぎましたが、緊張な面持ちで 独り参加と相成りました。
 公益財団法人 静岡県文化財団は、静岡県の自然、歴史、民族、生活文化等を紹介し、静岡県の文化を掘り起こしをする団体で、静岡県内の文化にまつわる様々な事柄を 一つのテーマとして取り上げ、記録し保存する「しずおかの文化」新書を編集し発行しております。
 なお、グランシップ自主企画事業と連携した「しずおかの文化」の講演会や 体感ツアーを実施しているそうですが、こんな大層な企画であったとも露知らず さぞや博学な参加者が多いだろうと 内心怖れを感じながらも 大胆不敵に参加させていただいたと云う次第でございます。
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 9月7日 日曜日は、あいにく時折小雨の芳しくない天気でしたが 富士山麓伝説研究にはことのほか造詣深い八木洋行講師の解説と 3人のスタッフの きめ細かい先導で快適な旅となりました。
 富士山麓に伝わる伝説と云えば、源頼朝の富士の巻狩りの舞台となり、曽我兄弟が父親の仇である工藤祐経を討った富士の宮の「音止の滝」をはじめ、
曽我兄弟にまつわる故事来歴や 毎年9月に子供奉納相撲が行われている「上井出天満宮」などを探訪と云う、歴史にうとい私も 大きな期待を持って参加したのでございます。
 定刻9時にバスはJR静岡駅南口を出発。
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 走行中バス内では 随行講師の八木洋行さん(フォトライター、編集工学、環境民俗学)の解説を聞きながら、期待に胸を弾ませました。
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 まず訪れた「曽我寺」(富士市久沢)は、江戸時代から曽我兄弟の墓がある寺として知られます。
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 山門を潜れば、松明を掲げて仇打ちに向かう 若き曽我兄弟の雄姿像が人目を引きます。
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 寺の周辺には ほの暗く寂しい川の流れがあり、曽我兄弟が親の仇である工藤祐経を討ち、本懐を遂げたものの、兄十郎は仁田四郎忠常に討たれ、弟の五郎は捕えられ、後に祐経の息子に恨みで討たれ 五郎の首は この辺りに湧き出す「首洗い井戸」で洗われ 川の水が赤く染まり 「曽我寺」に葬られたとの 随行講師八木さんの生々しい解説に鳥肌立つ思いでした。

 幸い雨は上がっておりましたので、源頼朝が富士の巻狩りを見たと云う天神山にある「上井出天満宮」を詣でることにしました。
と云うのは、雨さえなければこの時間帯に 「子供奉納相撲」が見られるかも知れません。
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 境内には日本一高い富士山型の土俵があり、毎年9月には、子供奉納相撲が行われ、今日は開催日だったのです。 
 雨は上ってはおりましたものの この辺りは 昨夜から今朝にかけて激しい雨が降ったらしく、今年の奉納は中止との事 土俵はブルーシートで覆われ一同残念無念。 
 せめて八木講師の解説を聞きながら土俵の周囲を一巡したのでございます。
 富士山を模した土俵の高さは富士山の千分の一 つまり、3メートル70センチもあります。
「まさか~! こんなに高い処から転がり落ちるなんて~!」 
呼び出された子供はパンツの上に六尺フンドシを〆て 階段を駆け上り直径3メートルの土俵で取り組むのです。
 押し出され、3メートル70センチもの高さから転げ落ちるのですから、命がけです。 
 観客もハラハラの連続でしょうね。
観客席からは、土俵越しに本物の富士山が見えるはずですが
今日は残念ながら雲の彼方です。
 この日本一高い土俵と、子供奉納相撲は富士山麓の貴重な民族文化です。
「富士山世界文化遺産に加えられたらいいのにねぇ」と 異口同音つぶやいたのです。
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 気を取り直して一行は 曽我兄弟の親を思う心と その勇気に心打たれた源頼朝が建立したと伝えられる「曽我八幡宮」と、
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八幡宮東の小高い丘辺りで 兄十郎が討たれたと云われる 「曽我兄弟の霊地」を詣でました。
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 雨にぬれ、しっとりとした空気に鬱蒼と生い茂る杉木立の霊地  曽我兄弟の無念の死を悼みました。
 
 杉木立秋霖けぶる霊地かな

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がらくた箱より起死回生

 『起死回生』 何と重厚な言葉でしょう!
思わせぶりな こんな表現が適切であるか否かは別として、きっとあなたにも同じ笑顔が得られるのではないでしょうかと、一筆啓上いたします。

 八十歳過ぎての身辺整理とは、すでに遅すぎの感もありますが、気懸かりになってきた 開かずの扉ならぬ戸棚の奥底に とっくの昔忘れ去り ほったらかしのガラクタ箱を見付けました。
 その中のジュエリーボックスも色あせての体たらくです。
 磨いて美しく蘇ったジュエリーボックス です。
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一体何が入っていたのかしら?と、いぶかしげに開けてみれば、数十年も昔 うら若き身空を飾ってくれたはずの思い出多い装身具? ではありませんか!
色も艶も失せ、本物か?まがい物か?
 本性も判らなくなってしまった代物ばかり。

 こんなもの 娘たちに見せれば にべも無く一笑に付され、私に万一あれば当然のように 塵芥として処分されるのが落ちでしょう。 
かと云って 易々と捨てるわけにもいかず、あれこれ思案した揚句、
  ☎ ♪、、、「使われなくなった貴金属 高価お買い上げいたします」 
毎日 執拗にかかってくる電話に辟易しながら 貴金属など私には縁の無いお話と その度ごと断り続けた訪問を思い出しました。

 金やプラチナの値打ちの上昇に、有名デパートのDMにも 「金・プラチナ査定無料、その場で現金買取いたします」コーナーまでお目見えする昨今です。
 
 「一か八か?」 当たってみる事にいたしました。
と云って 電話訪問や戸口訪問の甘言には乗るまいと、日頃の猜疑心もあって、ネットで調べたり 大勢群がるデパートでは とてもとても恥ずかしく あれこれ迷った挙句 小規模でも永年看板を張って商っている店に相談してみる事に

 「いざ! 出陣!」 意気揚々と出掛けたものの、、、

 街なかのとある店の前を行きつ戻りつ、ためらいがちに勇気をふるって入店。
彩も失せ からみあったり ちぎれたりした偽物かも知れないネックレス、傷だらけの古めかしい指輪など数点を 恐る恐る上目遣いに フロント受付据え置きのトレイに ジャラ~ンと並べたのでございます。
 見るも哀れな品々。 本物か?偽物か? ドキドキしながら 精密計器をにらむ鑑定士さんの手元を真剣に見守る私の その眼差しや如何に?

 数十分経って やおら はじき出された1枚の鑑定結果表に眼集中!
「まぁ こんな物が~? へぇ~ うふふ~!」
  口には出さねど含み笑い!

 たまたま がらくた箱を見付けなければ完全無視の昔のアクセサリー。 
私に万一あれば ゴミとして処分されるに違いない生気の失せた遠い思い出の小物たち。 
  永~いこと忘れ去られ 眠っていた装身具たち。
   やっと日の目を見ましたね。 
たとえ僅かばかりでも 再び誰かのお役に立てるのですね。  
 目の前に並べられたキャッシュに思わずこぼれる微笑。
年金生活の私の懐も 久しぶりに少~しばかり温まって、足取りも軽く 笑顔の帰還となりました。  何と云っても 起死回生ですもの!

 へ~! いったい幾らで売れたの? ですって~?
   それは ナ イ ショ にしておきましょう。
「秘 す れ ば 花   云 わ ぬ が 花 で す」 もの。  
       
   

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