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2013年4月

東北の旅へ

 いつもの旅仲間、いつもの名ドライバーさんでの今回の旅は、いよいよ東北の旅と決まりました。 
旅の前日までの寒の戻り 東北地方積雪数センチの寒さに 一体どんな服装をしてよいのやら 出発間際まで旅支度に あれこれ迷いました。
 4月22日 夜来の雨も上がり 旅気分も晴ればれの
総勢10名 2席シート独占大名旅行のような 楽々1泊2日のバスツアーの始まりです。

 宿泊「いわき湯本温泉」到着の前に、ドライバーさんの 「今回の旅のコースにはありませんが、どうしても皆さんをお連れしたいので、、、」とのお取り計らいで 塩屋崎灯台周辺を巡りました。

塩屋崎灯台は 福島県いわき市薄磯の岬に立つ大型灯台です。 「日本の灯台50選」にも選ばれ、磐城海岸県立自然公園に指定され、海水浴の適地としても素晴らしい景観です。 
 私たちには懐かしい映画 1957年 木下恵介監督の「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となった灯台ですが、ふもとには 美空ひばりの「みだれ髪」の歌が流れ 歌碑と遺影碑が観光客を迎えてくれます。
 ここまでご案内すれば くっきりと望む地平線 穏やかな波の調べの素晴らしい景観を思い描いていただけましょうが、あの忌まわしい2011年3月11日の大津波の痕跡が眼前に迫ります。

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 画像は、この灯台岬があったお蔭で 奇跡的に大津波の難を逃れた たった1軒の土産物店の前から撮りました。 
 2年を経て ある程度の瓦礫は取り除かれたものの 人っ子一人いない荒野のような荒れ地には、かつては平和に暮らしたはずの 多くの家屋のコンクリート間仕切りの土台だけがむき出しの痛々しい姿に胸が痛みます。

 さて、今宵の宿泊は、スパリゾート ハワイアンズの「いわき湯本温泉」です。
1950年以降エネルギー革命の加速で ♪~「掘って掘ってまた掘って~」と 子供にまで唄われた常磐炭鉱は 炭鉱以外の新規事業として 「日本人が行ってみたい外国No1」だった「ハワイ」に着目して 豊富な温泉を利用して「夢のハワイ」をイメージした リゾート施設「常磐ハワイアンセンター」の歴史があります。
 あれから60年 「夢のハワイ」も大震災の憂き目に遭いました。

Photo

忌まわしい大災害からいち早く 起ち上がり 日本中に復旧復興の勇気を漲らせたのが、復活したフラガールのポリネシアンショーです。 
今宵は 震災復旧以来 チケットをゲットするのも大変な大盛況のショーの観賞です。 圧倒的なスケールで 最高のエンターテイメント 躍動感溢れるショーに満員の観客は魅了されました。

 一瞬の途切れもなく展開されるフラガールたちの一時間余りのショー はまさに夢の世界です。

 

耳をつんざくばかりの音響効果、しなやかに、リズミカルに笑みを讃えながら踊るフラガール! 
      若いって良いですねぇ!

第2部の合間に、ステージに上がって フラダンスのレッスンを楽しむ観客や、フラガールの熱演の動画をどうぞお楽しみ下さい。

 

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蒲原宿フォト散歩

 4月13日 麗らかな春の日射しに誘われて、静岡市清水区蒲原地区を散策して参りました。
実はパソコン講座の課題で 江戸時代の香りが残る夢の宿場町を 「蒲原宿を撮るの巻」と題して インストラクターのご指導のもと デジカメ初心者同士のKさんとご一緒です。

 今回は インストラクター運転の車でドライブ気分でしたが、蒲原宿は、JR静岡駅から東へ七つ目の新蒲原駅がスタート地点。
 弥次さん・喜多さんも歩いた東海道。今でこそ新幹線で2時間ほどの江戸日本橋から京都まで500kmを 江戸時代には約2週間かけての旅だったと云われます。

蒲原は「さくらえび」と、東海道五十三次の十五番目の宿場町です。新蒲原駅から山の手方面に歩いて十分ほどで ナマコ壁や格子戸が並ぶ街並みに旧東海道の面影が残り、町づくりの住民活動も盛んで、ゆったり散策したくなる町なのです。
Photo  天才浮世絵師 歌川広重描く 東海道五十三次の中で特に傑作と云われている昭和35年国際文通週間の切手に採用された「蒲原夜之雪」の舞台でもあります。

 宿場の治安と管理の為の東・西木戸の跡地。 ナマコ壁の白と黒のコントラストが装飾的で 街道筋には珍しい寄せ棟屋根の重量感ある「佐藤家」。

Photo_2  

国登録有形文化財の 「旅籠和泉屋」は、天保年間の建物で安政の大地震でも倒壊せず、二階の櫛型の手すりなど健在で江戸時代の旅籠の面影を残し、今なお老夫婦が「お休み処」として 立ち寄る観光客を温かく迎えてくれます。
約3キロほどの「御殿道」には 耐震性に優れた技法で立てられた「渡辺家」、和菓子商家の雰囲気の「吉田家」、飛脚業務、参勤交代の大名の馬、人足の世話など宿場の中枢「問屋場跡」、幕府の通達を掲げる「高札跡」等々 現地の詳しい説明板を見ながら往時を偲ぶに程よい距離なのです。

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 ご指導を頂きながら カシャカシャ シャターを切るのですが 得心の画像が撮れるセンスも技術も今一つと云う処でしょうか。

 面白い看板を見付けました。「蒲原名物イルカ すまし あります」???
「え~! 人なつっこいイルカのすまし汁の事???」Photo_4  同じ静岡っ子の私たちには 初めて聞く食べ物のようです。
 「イルカのすまし」は イルカのヒレを薄くスライスして 日にちをかけて血抜きをし、塩茹でしたり 手間暇かけて作るのだそうです。 
又の名を「蒲原のチューインガム」と云って昔からオヤツ代わりやお酒のつまみとして蒲原では珍重されているのだそうです。  

「へ~!  知らなかった~!」

JR新蒲原駅前の歩道には 宿場町にふさわしく 広重の「東海道五十三次」の絵タイル

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が リズミカルにはめ込められてあったのが、印象深いフォト散策の締めくくりでした。

次の一作目の動画は ブログへの埋め込み設定の不具合と 風の雑音がうるさくて お見苦しい場面もありご容赦ください。 気を取り直して、、、
二つ目は 五十三次絵タイルの順を追って ムービープロジェクトに編集してみました。

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身延山 今年の久遠寺

 作年も一昨年も春の訪れは遅く、さくら巡りには やきもきさせられました。
今年の冬も例年に劣らず 厳しい寒さに震える日が続きましたが 啓蟄の声を聞くや 掌を返したように一足飛びに春が訪れ 生きとし生ける総ての命が一斉に目覚め輝き出しました。
 
 私の実家恒例の身延山久遠寺の枝垂れさくら観賞は 一昨年3月27日は きゅ~んと張りつめる冷気の中 はにかむ様に1分咲き、作年情報を得て出掛けた4月8日は 6~7分咲きに加えて 周辺の各宿坊の見事な桜を存分に観賞いたしました。

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毎年の事ながら 日曜日にしか動けない実家のさくら巡りの日程は 桜のご機嫌次第で困難を極めます。

 猫の目のように変わる気温の落差に「さて今年は?」と 3月末に地元に電話で問い合わせたところ 「樹齢400年の枝垂れ桜は散りましたが、遅咲きは今が盛り」との事。 3月31日今年も実家の車に便乗して行って参りました。
 6時出発、順調な道路状況のお蔭で、8時前に到着 駐車場からエレベーターで一気に久遠寺境内へ、、、

  境内に入るや目に飛び込んで来たのは、大本堂前の大きな御柱。
「身延山第二祖佐渡阿闍梨日向上人第700遠忌報恩大法要」
(みのぶさん だい2そ さどあじゃり にこうしょうにん だい700おんきほうおんだいほうよう)と書かれた御柱には 3月27日に建立とあり 大法要は9月に執り行われます。

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 日向上人は 日蓮聖人の直弟子6老僧のお一人です。
  「わぁ~! 良い時にお参り出来て良かったねぇ」 異口同音の笑顔です。
 参詣者は大本堂に鎮座まします日蓮聖人の み心をこの御柱につなぐ紅白の長い綱を手繰り お参りをするのです。

 大本堂は、明治8年(1875年)の大災以来本堂の再建は身延山の悲願でした。
昭和60年5月 総面積970坪 間口17間 奥行28間木造の入仏落慶式が行われたそうです。 
 私たちは今回はじめて大本堂に上がり お参りする事ができました。
久遠寺大本堂には 加山又造画伯の天井画「黒龍」が描かれ圧巻です。
 黒と金泥で描かれ 総本山根本殿堂にふさわしい規模と格調高い力作です。

祖師堂傍の400年の枝垂れ桜は満開は過ぎましたが まだまだ見応えあり 周辺の桜は実に見事なものでした。

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 昨年気付いた「「道場訓」の掲示板、今年の日向上人第700遠忌報恩大法要の御柱と 加山又造画伯の天井画「黒龍」拝観と云い、さくら観賞と共に 毎年新たな感動を頂くのです。

 

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東大寺の扁額と高台寺のマニ車

 何十年ぶりのお伊勢さん詣りを無事終えて 奈良公園に着いたのは 既に夕暮れ時で、鹿たちはねぐらに戻り 人影もまばらとなりましたが むしろこんな夕暮れ時の 落ち着いた東大寺詣は なかなか風情あるものでした。 
 東大寺 国宝南大門両サイドの提灯にも明かりが灯され、夕まぐれの南大門を仰ぎ カメラを向けた私は 「大華厳寺」と書かれた扁額に一点集中しました。 
数年前 TVニュースで この扁額をクレーンで設置される映像がまざまざと甦ってきたのです。
 「あぁ! この扁額の事だったんだ~!」 東大寺には あれから何度も訪れたのに 夕闇せまる今回の旅で気付いたとは、、、 
 「大華厳寺」とは東大寺の異名なのです。

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 東大寺は1998年 古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されました。 
 かつて 南大門には「大華厳寺」と書かれた扁額があったとされ 源平合戦で荒廃した東大寺の復興に尽力された高僧・重源の没後800年を記念した法要に合わせて 2006年10月10日に復元されたのでした。

 仰ぎ見れば 扁額は、横4・5メートル 縦1・65メートルの総ヒノキ造りで 重さ500キロもあるそうですから南大門が 日本最大の山門としていかに大きいか 鎌倉再建の威容が偲ばれます。

     扁額の幽かに仰ぐ夕おぼろ

大阪中心地のホテルに一泊し、朝8時出発 京都嵐山界隈を散策。
3月も中旬とあって、渡月橋から臨む嵐山の桜の開花は まだ2週間ほど先でしょうか? Photo_6
ほんのり頬を染めはじめたように春の霞みに微笑んでおりました。

北野天満宮を訪れた私たちを迎えてくれたのは、あきらめかけていた満開の梅です.。
2010年に しばらく見納めの姫路城への旅すがら詣でた北野天満宮は、2月中旬の事で梅はまだ

Photo_7  3~4分咲きでしたから、一足飛びの今年の春は「今年はもう散ってしまったかもね」 と思いきや 見事に咲き競う紅白満開の梅に迎えられて一行は満面の笑みです。

 三重県~奈良県~大阪~京都と 盛り沢山の今回の旅の最後 京都祇園界隈散策は、自由行動で 私は豊かな学識と健脚の Yさんと二人して 
Photo 八坂神社境内を通り 清水寺方向へ向かう 最も京都らしい「ねねの道」を散策することにしました。



Photo_8  このなだらかな石畳の坂を登れば 豊臣秀吉の正室「ねね」が秀吉の菩提を弔うために建立した寺「高台寺」があります。

 美しい臥龍池とその庭園、「ねね」の墓と伝えられる霊屋や 茶席「傘亭」「時雨亭」に立ち寄りたい処ですが、拝観する時間も無く 次回の楽しみとして 風情ある「ねねの道」散策を楽しみました。
 高台寺駐車場の傍らに珍しいものを見付けました。
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「マニ車」です。  日本仏教の古都京都にチベット仏教の「マニ車」の存在がミスマッチと感じたのは 私だけだったでしょうか?。
「マニ車」(マニぐるま、摩尼車)はチベット仏教で用いられる祈りの仏具です。
TVで極彩色の大きな「マニ車」の列を回す敬虔なチベットの仏教徒の映像は何度も見た事があります。  
 時計回りにクルクル回しながら一巡すれば、「大蔵経」の経典を1回読んだことになりご利益があると云う事で、私たちは おもむろに一巡して 余生息災と旅の無事を祈りました。

     春旅の無事をゆるりとマニ車

 東大寺の扁額と云い、高台寺のマニ車と云い 偶然の出会いは旅の楽しみでもあります。 

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