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2013年2月

ミステリーツアー

近頃しずかなブームになっている旅の楽しみ方のひとつに 各旅行会社が企画する「ミステリーツアー」があります。 とある旅行社企画の2月16日(土)【静岡ルート】新名所ミステリー 日帰りバス旅行にいってまいりました。 
今回の旅はいつものお仲間では無く、総勢42名に とある縁者女性4人での参加でした。

 今回の旅の概要、魅力のポイントは
3つの新名所

① 石垣の段々畑や茅葺屋根の古民家など日本の原風景を、、、
② 日本の〇〇〇造り発祥の地! 皇族も訪れた〇〇園を見学
③ 〇〇鉄道ゆかりの人物の邸宅や庭園など、、、
④ タラバガニづくし膳の昼食
⑤ 〇〇銘菓7つのおやつ
⑥ 1330年開山 〇〇氏ゆかりの〇〇寺参拝
⑦ とある〇〇店でお買いもの

 出発当日まで行き先もわからない ワクワク ドキドキの団体旅行は朝8時 先ずJR静岡駅南口を東に向かってバスは出発 富士インターに9時到着後は、海に向かうか? 山に向かうか? 車中では、「ここまで来て カニづくしの昼食では伊豆方面かもね。 〇〇ゆかりの寺と云えば修禅寺かしら?」と ささやく声が彼方此方に聞えます。 

雄大な雪の富士山を右手に 〇〇湖辺りで どうやら〇〇路に向かうようです。
 国道358号線を〇〇温泉郷方面を右手に折れ、〇川を遡った辺りあちこちに石垣の段々畑や兜型の屋根の古民家が見えてきました。
〇川町 町と云っても山間の156棟の兜式茅葺屋根は 今は葺き替えも容易でなく ほとんどトタンで覆われておりますが 平家に非ず、足利氏の落ち武者のカブトの形を成した古民家集落です。
  まさに日本の原風景です。
 好天に恵まれましたが辺り一面の銀世界に小躍りしながら 

Photo_2 〇〇川支流の 〇川集落沿いの「〇〇川諏訪神社」 〇〇市の天然記念物指定の大ケヤキを愛でました。

Photo_3  バスは〇〇町に入り、〇〇近代産業遺産「〇〇園」に到着
明治時代 まだまだ日本人に馴染みの薄かった〇〇〇の普及に一生を注いだ 〇崎〇太郎の資料館では、〇〇園の修復工事で見つかった 大正~昭和初期の〇〇〇造りを記録した 35mmフィルム13分の貴重な映画を母屋で拝見。
もともと、養蚕のために民家の形態だった建物を 昭和3年に二階だけをモダンな洋風造りに改築したPhoto_5  
二階の展示室では
宮内庁御用達だった当時の皇族の行幸の模様、〇〇〇ラベルや当時の〇〇〇や看板など 〇〇〇発祥の歴史を紹介。 「なるほど!なるほど!」と〇崎〇太郎の功績を讃えました。

 バスは国道140号線〇〇小前交差点より2分 知る人ぞ知る「〇〇王」の異名を持つ〇〇〇一郎一族の大邸宅に到着。 
Photo_6 和風建築の粋を凝らした邸内や、富士山を借景にした庭には 池と見事な「大磯の松」と云われる黒松があり、雪吊りが施されておりました。
万延元年(1860年)〇〇の国に生まれた〇〇〇一郎は、村会議員や村長歴任後 上京し 〇〇財閥を作り 明治38年に〇〇〇〇の社長に就任。 「社会から得た利益は 社会に還元する義務がある」と云う信念で 〇〇県の教育文化振興に寄与した偉大な方なのです。

 日本列島の中心内陸部、〇〇県に 日本の〇〇〇発祥や、〇〇王の日本文化を愛して止まなかったお二方の功績を讃えた旅です。

さて 時刻は午後1時 お腹の虫も騒ぎ始め どうやら〇〇氏ゆかりの門前 食事処「〇〇館」に到着しました。
 なにせ「タラバガニづくし膳」と銘打っているからには、大いに期待したい処です。

 網焼き・鍋・そば・天ぷら・茶碗蒸し・酢のもの・炊き込みご飯は すべてタラバガニでの大盤振る舞い! 〇〇路での食事は「〇〇〇〇」と思いきや まさかのタラバガニづくしのランチタイムは予想外のおもてなしでした。
 〇〇銘菓が7種類も入ったおやつまでいただいて

 私たち四人組は 早々に 道一本隔てた 〇〇ゆかりの寺参詣に向かいました。

〇〇寺(〇〇〇じ)は1330年、夢窓国師(むそうこくし)によって開山され、〇〇〇〇が菩提寺と決めた臨済宗妙心寺派の古刹です。

Photo_7 〇〇県の文化財に指定された三門には 快川和尚の

安禅不必須山水 滅却心頭火自涼」(あんぜんかならずしもさんすいをもちいず しんとうめっきゃくすればひもおのずからすずし)と読み取れます。 
 〇〇氏を滅ぼした織田軍は 〇〇寺に押し寄せ 保護された者たちを引き渡すよう快川和尚に命じたところ拒否され 怒った信長が 三門に快川和尚はじめ 多くの僧侶を封じ込め火を放ちました。
1582年 快川和尚自ら火中に身を投じて壮絶な死を遂げた時の一句です。
 奇々怪々 はたまた嬉々快々の今回の旅は、私たち温暖族あこがれの雪景色の中の日本の原風景や 明治時代に日本の文化振興に偉大な功績を残した二人の資料館、「心頭滅却」の志に触れた 意気深い旅でもありました。

とある店での旅のお土産は 今では本場の子供さんより日本人に好まれていると云われる漬物です。
 わずかずつ日脚も伸び、好天に恵まれた楽しい旅でした。

お断り
 今回のツアーは3月20日まで数回の実施が予定されております関係上 主要の固有名詞は伏せてございます。 ご容赦ください。
 みなさまには 〇〇を解きながら ご笑覧いただければ嬉しゅうございます。

 

 
 

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百歳詩人柴田トヨさんの詩に励まされて

 一昨年の暮れに Tさんから、百歳詩人 柴田 トヨさんの詩が載せられた2012年のカレンダーをいただきました。
 その1編1編の詩は やさしい表現で素晴らしい感性に満ち溢れている感動溢れる12ヶ月でした。
月ごとに入れ替わる詩に 時には涙し、こころぬくもり パワーもいただきました。 以来トヨさんの詩にすっかり魅せられ、励まされ、ファンの一人となりました。

Photo_2

  カレンダーに載せられた詩を 私なりに大きめのフォントでパソコンに書き移し手に取りやすい形に印刷して 一日何回か大きな声で朗読することが、私の日課となりました。
 朗読しているうちに、傘壽の私にパワーが甦ってくるのです。 
 皆さんにも 是非お薦めいたします。 
    元気が出ますよ~
先日も軽い脳梗塞で引きこもりの友人に 柴田 トヨさんのお話をして、ご自分に言い聞かせるように ゆったりと朗読をお薦めしたところ 「元気になれたよ」と大変喜ばれました。

一部をご案内いたしましょう。

「頁」 私の人生の頁をめくってみると、、、  あと一頁で百頁、 
                         、、、、鮮やかな色がまってるかしら

「自分に」 の詩には、今のご自分はヘルパーさんや看護師さんに助けられているけれど 言葉を紡いで誰かの心に、、、  さぁ顔をあげて空を、、、

「「百歳」の詩には 百年を振りかえって、、、 奉公、戦争、貧しい生活、いじめられ、辛く哀しい時も、、、でも、仰ぐ空、優しい花、、、 周りの親しい人はみんな逝ってしまったけれど、、次の世は笑顔で、、 百歳のゴールは胸を張って、 と明るく高らかに謳いあげています。

「がまぐち」の詩に至っては、感涙にむせぶばかりでした。
 当時小学生の息子さんが、白いを吐きながら、かじかんだ小さな手で 納豆売りをして 母ちゃんへお年玉だよって買ってくれたがまぐちは 今でも優しさがいっぱいはいっているトヨさんの宝物。 素晴らしい親子の情愛に涙・なみだの感動です。

 トヨさんの詩には、苦労した人生が優しい言葉で凝縮され、俳句を作るにも似て 余分な言葉は省略され、総ての詩の終結は必ず 顔を上げ 空を見て、微笑んでいらっしゃいます。
 今の世相にも厳しく さりげない批判に思わず「同感!」  読み終わるごとに癒され、心に勇気を与えられ、深く考えさせられるのです。

Cimg0037  詩集としては異例の大ヒット中の 既に百六十万部突破の42編の詩集「くじけないで」。 26編の詩とトヨさんの心からの「ありがとう」には 子供時代の思い出や 裕福に育ったはずの生家の倒産で10才のトヨさんが 「私がしっかりしなくては、、」と奉公先での辛かった経験、一世紀を生き抜いた間に遭遇した小説にもなるような事柄など 人生の最後に 夢にも思わなかった詩集を世に出して 花を咲かせた喜びを綴った詩集「百歳」 (株式会社 飛鳥新社)は
  私の座右の書となりました。

 一世紀を生き抜き詩作への熱意が絶える事も無く 柴田 トヨさんは今年1月20日老衰のために101歳で逝去されました。 
90歳で異例の詩人となって 出版した詩集は 数ヵ国語にも翻訳され 多くの人々の心を篤く感動させた トヨさんの半生 「くじけないで」が 深川栄洋監督で トヨさん役を八千草薫さん、一人息子さんの健一さん役を武田鉄矢さんで映画化され この4月から撮影が始まり、今年秋には公開されるそうです。 
  再び多く人々が励まされることでしょう。   

   

 

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静岡市浅間神社の豆まき

 二月三日は節分  温暖なこの地方にしては 最低気温氷点下四度四分の厳しい冷え込みで迎えた昨年に比べれば、今年の節分は 日中には十三度と一気に春が訪れたかの様なうららかな好天に恵まれました。
おまけに日曜日とあって、相当の混雑は覚悟のうえ 今年も静岡市葵区にある 静岡浅間神社の節分祭にいってまいりました。

Photo  午後二時半、早くも参詣の善男善女が列をなしております。
穏やかな日和に恵まれ おもむろに赤鳥居をくぐり 礼接をわきまえた参拝者は静かに列に加わり お参りの順番に着くのです。
 礼儀正しく穏やかですね。

 静岡浅間神社の「節分祭」は 市の無形民俗文化財に指定されている伝統行事です。
大拝殿では 大勢の装束の宮司さんにより 古式ゆかしく太鼓の音を響かせ 弓矢で邪を祓う「追儺式(ついなしき)」が 江戸時代から執り行われている特殊神事として伝承されているのです。
 この間に 三々五々 豆まきを楽しむ人々が 舞殿前に立錐の余地も無いほど続々とつめ寄せるのです。 
 昨年は殊のほかの寒さと、ウィークデーにもかかわらず 玉砂利を踏んで舞殿前に四千人が詰めかけました。
うららかな好天の日曜日とあって今年は何と! 五千六百人だったそうです。
 (この混雑ぶりをどんな手段で調べるのでしょうか?) 

Photo_2  舞殿での「追儺式(ついなしき)」が終わり、これまた江戸時代から伝わる 市の無形民俗文化財の 他に類を見ない珍しい行事 太鼓や鈴の合図で 「おにやら棒」を手に手に、鬼と書いた戸板を 善男善女が一斉に激しく叩いて 一年の邪鬼の追い祓いが始まるのです。
 
「おにやら棒」とは、Photo_5
「鬼祓ひ」が訛った長さ約四十センチほどに切りそろえた梅と、ネコヤナギの若枝を麻の紐で束ねた物です。
 まぁ その様子をご覧下さい。

 この後、待ちに待った豆まきの神事が行われます。
宮司・年男・年女に大相撲の東関親方や、アテネ五輪の体操男子総合金メダリストの水鳥監督、今年は かみかわ陽子衆議院議員の特別ゲスト等総勢六十人が、カミシモ姿で 舞殿から「鬼は~外! 福は~内!」と大声を張り上げて福豆三万袋やお菓子を撒くのです。

     大拝殿を揺らす追儺(ついな)や人の渦 


 福をつかもうと 五千六百人は競い合い奪い合い 境内は物凄い人の渦です。  この渦に巻き込まれないように次の動画をご覧下さい。

 福豆を拾う事よりも、こんな場面の動画を録りたい私は、背伸びをしデジカメの手を高々上げ クライマックスに差し掛かった途端!!!  
  あぁ~何とした事でしょう!!! 
 余りの混雑に 弾き飛ばされ 帽子は宙に舞い デジカメは吹っ飛ぶやら、、、 さながら戦場のカメラ婆~バは 修羅場の憂き目に遭遇したのでした。
 気が付けば 私も福豆の袋をしっかりつかんでおりました。

     「鬼やら棒」を振り振り帰路の親子かな 
 お蔭さまで カメラも老体も無事でありましたことは 何より厄祓いのご加護かと思う次第でございます。
 

 

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おとうけんさん

 1月25日強風吹きすさぶ中、今年の厳しい寒さでは 温暖なこの地方でも 梅の開花はまだまだ程遠く さりとて家でボケッとしていることにも耐えられず、とりあえず「探梅」も良かろうと決め込んで、静岡市葵区羽鳥の「洞慶院」梅園の様子を見て参りました。 
 実は今を盛りに咲き匂う「蠟梅」を愛でる事も目的のひとつでもありました。

Photo  JR静岡駅3番バス乗り場から しずてつジャストラインの藁科線で30分 羽鳥バス停で下車、久住谷川沿い2キロメートルを 25分ほど山に向かって てくてく歩き、通称「おとうけんさん」(私たちは子供の頃から 親しみをもって呼んでいました) 三方を山に囲まれた久住山洞慶院に到着しました。

 洞慶院は、梅の名所としても知られ、2月下旬~3月上旬には 約500本の紅白梅が咲き誇る葵区随一の庭園があり、永平寺・駿河の国の末寺として信仰も篤いのです。

1 「おかんじゃけ」と云われる珍しいネーミングの 背丈ほどもある巨大な厄除けを見付けました。
7月の19日・20日の祭日に境内や参道で売られるそうです。

 

      探梅の寺領に大き「おかんじゃけ」

Photo_6

 縁日で売られるおかん(髪)じゃけ(竹)は、60センチほどの若竹の三分の一ほど先を叩いて細かく繊維状にし、赤や青色に染めて厄除けや、子供の遊び道具、例えば男の子には合戦ごっこで大将が振りあげる「采配」として、女の子には「髪結い」の真似ごとに、私も幼い頃遊んだ遠い思い出が懐かしくよみがえりました。

  遠き日の手遊み(てすさみ)温し「おかんじゃけ」


2  羽鳥の山裾は昼間でも何となく薄暗く 龍門橋を渡れば 寺としての山門の代わりに樹齢500年の大杉の大木に迎えられます。
 山裾には南北朝初期のものと云える「五輪塔」があり、Photo_2
時折り鳥の鳴き声が、静寂を破ります。
細い山道を登れば 眺望が広がり「安倍城址」に行き着くそうですが傘壽の独り歩きには些か無理とあきらめて、梅林をめざしました。

Photo_3  高祖道元禅師が梅の花を愛されたことに因んで 代々のご住職が梅を植え 2月~3月ともなれば 山懐に抱かれた梅園には 清らかな香りが馥郁と漂ってくることでしょう。

 今は、春に先駆けて「蠟梅」が満開です。Img_22238_27811023_6_2
張り詰めた寒い青空に凛としたクリーム色の蠟梅が甘い香りを庭 

いっぱいに漂わせ、ぼつぼつ訪れる観光客の慰めとなっておりました。

 梅園には、静岡が産んだ俳人「熊谷静石・愛子」ご夫妻の大きな句碑があります。

Photo_5

     たらちねのそこに山あり桐の花    静石

     梅苑は慈悲のふところ人睦む     愛

「おしどり俳人」として愛称され、静岡県内の俳句界を先導された 熊谷静石(くまがい せいせき)さん(1920~2000)は、元静岡県俳句協会会長 医学博士。女医の奥さま愛子さんも句会を主宰され 米寿を迎えられた2011年1月 25余年に亘る主宰誌「逢」を終刊されました。

自己流ながら 五・七・五を遊ぶ私にとって、「探梅」に出会った お二方の句碑に 大きな感銘を覚えました。

     探梅を問ひつつ川をさかのぼる

     探梅や方向音痴の独り旅

     探梅や枝々の影拾いつつ

     梅はまだ米粒ほどに天を指す

     デジカメを構えて寺苑の梅探る

     蠟梅明かりに静石夫妻の句碑のあり

     蠟梅苑優しき声の行き交わし

     蠟梅に日射しの透けて空の青

     蠟梅に眼(まなこ)を閉じて香を仰ぐ

     恥じらひし頃懐かしき蠟梅花

     

     

     

     

     

     

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