« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月

2012年締めくくりの旅 ~後編~

 金沢の観光と云えば「兼六園」をあげなければなりません。 水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並ぶ 日本三名園の一つですから、、。
Photo 「兼六園」は、江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代の藩主によって長い年月をかけて形造られたと云われます。 
 四季折り々の景観が多くの人に親しまれております。
回遊式の要素を取り入れ 金沢市の中心地にありながら 土地の広さを最大に活かして 幾つもの池があり、池と池を結ぶ曲水あり 築山あり 多くの樹木も植えられ 四季の移ろいが楽しめると云う訳です。

     雪吊りの孤高まぶしき加賀の苑

Photo_5 

あえてこの季節に兼六園を訪れたと云う事は、云うまでも無く「雪吊り」風景を見たいが為の旅なのでした。

Photo

雪害から樹木を守るために毎年11月1日からの雪吊り風景は 全国的に有名で、TVでは見ておりましたが 冬の兼六園は初めてのことでした。Photo_3  
 訪れたこの日は「爆弾低気圧」とやらが日本海を通過しているらしく、時折り霰混じりの雨かと思えば、いきなり薄日が射したりの目まぐるしい寒さの中で、幾何学模様の北陸の風物詩を目の当たりに観賞いたしました。

        雪吊りの男結びに揺るぎなし

     幾何学の雪吊りに身を正しけり

     雪吊りに風が爪弾くハープの音

     雪吊りや幾何学模様と云う図式

     雪吊りや静寂の池に影の揺れ

     雪吊りの狭間に一筋日射しあり

 1 旅の終盤は、曹洞宗大本山「永平寺」参詣です。
 中国唐時代様式の楼閣門にお在す極彩色の守護神四天王に緊張感をもって迎えられます。 

Photo_8

永平寺は1244年道元禅師によってひらかれた座禅修行の道場で、三方を深山に囲まれ、幾百段もの階段を上り降り 身の引き締まるおもいで 参拝順路にしたがっての「七堂伽藍」拝観となりました。
 外はうっすら銀世界 雪深い長~い冬の季節に入りました。
 

  このブログ記事掲載の翌日は いよいよ平成24年も大つごもり。

     辰年のブログ修めて除夜の鐘

     つつがなく傘壽を迎え除夜の鐘

     深山幽谷五臓六腑に除夜の鐘 

「行く年 来る年」 雪深い永平寺からの除夜の荘厳な 大梵鐘の響きは 聞く人全てに清らかな心の安らぎと 新しい年への希望を与えてくれることでしょう。 

 皆様には来年も穏やかな良い年でありますように、、

今回の旅の画像をムービープロジェクトに編んでみました。

     

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年締めくくりの旅 ~中編~

 山中温泉ホテルでの晩餐、冬の味覚「越前がに」はさすが王者の味!

      越前蟹九谷大皿加賀之膳

 昭和33~4年今から52~3年ほど前に住んでいた山陰地方では この蟹を『松葉蟹』と云っておりました。もちろん今でもれっきとした『松葉蟹』と云うブランド蟹を誇っております。 ここ北陸地方では『越前蟹』と呼んで 両者「我が町が、、、」と頑張っているのでしょうが、どちらも同じ「ずわいがに」なのです。
あの頃は若かったサラリーマン時代の我が家でも 毎週のように『松葉蟹』が食卓に上りました。境港まで雪の道を出掛けて行って 水揚げされたばかりの桜色をした生の大ぶりを4~5ハイは買ってきて 大鍋で茹でたてを存分に味わった事が懐かしく思い出されます.。

 
     雪しまき怒涛くねらす日本海

   
この度の旅でも、日本海の荒海をバスの車窓から眺めましたが、こんな荒海に育まれたからこそ美味しい「ずわいがに」が獲れるのでしょうね。

余談ですが、俳句界では『蟹』と云っても 磯や沢、川の小カニは夏の季語として詠まれておりますが、海で獲れるタラバガニやズワイカニなどは冬の季語として華やかに詠まれております。  まさに冬の味覚なのですね。

  話は変わって、、

 恒例の年末に発表された今年の漢字1字は「」です。
金がざっくざっくと湧いてくるような好景気な名前の金沢は 日本の金箔生産の90パーセント以上を占めているのだそうです。 
 戦国時代の武将 加賀藩主前田利家の命によって 金沢での金箔生産が始まったそうです。 と云う訳で、金箔総合ミュージアム「箔巧館」を訪れました。
 Photo_2 館内に一歩入ると、目映いばかりの
「金箔の間」に飾られた前田利家公所縁の「黄金の鎧兜」、眼も覚める輝きと重厚さには驚きます。

 金箔職人の仕事 「箔打ち」の工程 1万分の1ミリと云う技や 繊細な箔移しの実演を垣間見て、金沢の匠の技が継承されてきたのは、 土地が持つ気候風土と優れた技術を磨き受け継いできた金沢の箔職人の情熱と忍耐強さなのでしょう。

     箔移す息ととのえる師走かな

Page

Page_2

 金沢を代表する観光地のひとつ茶屋街巡りも一興と、一見さんお断りの伝統を守
2_3 っている ひがし茶屋街は、石畳の道の両側には黒瓦に紅殻格子のお茶屋が軒を連ね 江戸時代の雰囲気が残り2_2 夕方ともなれば 艶やかな三味や太鼓の音が流れ 
粋な世界に華やいで 今にもインバネスコート姿の旦那が現れそうな 「重要伝統的建造物群保存地区となっておりますが、 ここは私たちには別世界、今でも営業しているお茶屋もありますが一見さんお断りと云う事もあって街並み拝見だけとしました。

     茶屋街を訪ふや風花舞ふごとく

 晴れたり曇ったり 時折り霰混じりの時雨れ路を まるまる着ぶくれて、次の兼六園を目指します。 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年締めくくりの旅 ~前編~

 今年の旅の締めくくりは 12月5日~6日 山中温泉と金沢兼六園・永平寺など 名古屋までは新幹線 加賀温泉へは往復しらさぎ号 帰りは福井からの新幹線を利用しての久々の列車の旅となりました。
 急激に襲ってきたた冬将軍に まるまる着ぶくれての旅立ちでした。

加賀温泉駅から送迎バスで山中温泉ホテルに到着したのが午後3時 夕食までの と云うよりは 日暮れの早い4時までの1時間を利用して、
Photo山中温泉随一の景勝地 元禄2年(1689年)俳人松尾芭蕉が奥の細道旅すがら 8泊9日を滞在し「行脚の楽しみここにあり」と絶賛した「鶴仙渓」遊歩道を散策する事にしました。 
鶴仙渓は山中温泉を流れる大聖川沿いにある渓谷です。 

 温泉街にある 芭蕉庵に立ち寄り往時を偲びました。 Photo_5
元禄2年芭蕉は奥の細道の4ヶ月に亘る 弟子の曾良との旅は 
ここ山中温泉で別れを告げる事になりました。「芭蕉と曾良の別れ」の像に接し 一人旅となった芭蕉の寂しい心が伝わってまいりました。 
 余談ですが、山中温泉辺りで随行の弟子の曾良さんはお腹の病気を患ってしまい伊勢の親戚の家で療養する事になったそうです。

 Photo_6 早くも夕暮れに差し掛かり、コンクリートアーチのレトロな黒谷橋までは諦めて「あやとりはし」から「こおろぎばし」までの800mの鶴仙渓遊歩道散策を楽しむ事にしました。 
 淵から淵をS字にくねらせ 谷間を駆ける龍の姿を思わせたり、あやとりで遊ぶ「橋」の形にも似て 何となくこの景勝地にはそぐわない現代的な赤紫色のこの橋は 華道草月流三代目家元・勅使河原宏氏のデザインのユニークさに驚きながら渡りました。

     あやとり橋のくねるS字を着ぶくれて

2  橋を渡り渓谷を右手に 散り急ぐ紅葉を踏み分けながらの絶景は芭蕉を偲ぶにふさわしい遊歩道です。4

砂岩の浸食によって、数多くの奇岩も見られるはずですが、迫りくる夕闇を前に 歩調を早やめ30分ほどで どうやら目指す「こおろぎばし」にたどり着きました。

     渓谷の湯の香に揺らぐ散り紅葉

     散紅葉芭蕉を偲ぶ山中路

     鶴仙渓の落ち葉踏み分け八十路旅

Photo 「こおろぎばし」は山中温泉のシンボルで 絶景鶴仙渓の一番上流に架かる総檜手造りの橋です。
「こおろぎばし」の名の由来は、もの悲しくも美しい鳴き声のコオロギと、行路が険しいことから「行路危」という説もあるようです。
落ち葉時雨の「こおろぎばし」も なかなかの風情で 旅人を懐古的な気分にさせてくれるのです。

     散り紅葉の「こおろぎばし」は薄明り

     短日の「こおろぎばし」に辿り着き

     夕暮の「こおろぎばし」は時雨橋

     

 

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

島田市「どうだん原」の紅葉

 毎日が日曜日の気ままな独り暮らしの私とて 早や起きが辛い季節になりました。 
7時のTVニュースを見ながら のこのことベッドを離れる始末です。

 11月25日日曜日 起きぬけざまの電話に「何事か?」と思いきや 実家の弟夫婦より「千葉山のドウダンツツジの紅葉を見に行かないか?」と誘いがありました。
2~3日前の新聞に 「どうだん原」の紅葉が見頃を迎えた記事を見た私は「もっけの幸い!」 眠気も覚めて化粧もそこそこ、大急ぎの身支度で迎えの車に乗り込みました。 

 国道1号線バイパス野口インターより 車で約17分 島田市にある標高500mにも満たない千葉山へのハイキングコース入口「どうだん原」は 海抜296m 島田市や駿河湾を眼下に見渡せ 茶畑が随所に拓かれた里山にあります。
Photo  車1
0台ほどが駐車できる平地から見下ろせば、植林されたばかりのドウダンツツジの紅葉した若木が点在し、赤松の緑と相まって季節の移ろいを物語っております。

この辺りの美しかった桜も近年は老木となり、とって代わって「ドウダンツツジ」の名所として 島田市の後押しもあって 8千本もの群生地となりました。Photo_2  5~6年も経てば若木も成長して、春は可憐な白い小花をちらちら咲かせ、秋はこの急斜面も見事な紅葉に彩られて訪れる人をもっと楽しませてくれることでしょう。

見上げる「スカイペンションどうだん」の右手を通過して これより傘壽の私の足取りで、20分ほどの「どうだん原」を目指します。人一人が通れるほどのせまいアップダウンには、1町ごとに苔蒸した石仏が無事の登頂を守ってくれます。
 日頃運動不足の私にも ほどよいハイキングコースです。

Photo_3  一般にドウダンツツジと云えば庭先に丸く刈られた50~60センチ位の低木を見慣れておりますが、「どうだん原」は、アカマツ林の中に在り、緩やかな傾斜の広場には、自然のままの素朴な味わいのある背の高いどうだんつつじの群生で 訪れる人々の顔も照り葉に染まるのです。

 「スカイペンションどうだん」経営のご夫婦は「白い可憐な花が咲く春にまたおいで下さい」 優しい眼差しでした。 
  お問い合わせは 同ペンション☎0547(35)1107

「ドウダンツツジ」素朴な脊高のっぽの群生 鮮やかな紅葉風景を動画に編集してみました。 今年は早くも真冬の寒さ 秋を惜しみながらご覧下さい。


 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

お茶農家「豊好園」の人々

今年も11月23日 第21回豊好園お茶飲み会と、自家栽培のシイタケや自然薯などの里の味覚「野趣の会」へのお誘いを戴き楽しんでまいりました。 
 あいにく小雨がぱらつく日となりましたが、お迎えの車は招待者で満席。清水駅からノンストップで約1時間興津川を遡り両河内布沢に到着の頃は雨も上がり、庭先きにはテントも張られ、村を上げての賑わいが始まっておりました。

豊好園」さんは、「茶に心をのせて」 をモットーに親子孫三代が風土に合った先人の教えを守り 心の温もりが伝わるお茶農家さんです。

Photo  作法にとらわれないで一番美味しいお茶の入れ方をご指導いただきながら 普段着形式の「お茶飲み会」です。

(詳しくはこのブログで昨年11月末にご紹介いたしました)


添えられたお菓子は、毎年の事ながら ご当家の秋の味覚
Photo_2  千代子おばあさまとお嫁さんご自慢の「栗の渋皮煮」には 茶の花や、紅葉が添えられてのお心遣いはまさに秋のおもてなしです。
 自家栽培の栗を丹念に程よい甘さに煮上げて、特に二番出しのお茶の渋味に程よくマッチし、三番四番出しのお茶も美味しくいただきました。

Photo_3  今年はさらに お孫さんのJさん考案の「苺が浮かぶ紅茶」が晴れの「世界緑茶コンテスト」で最高金賞とフロンティア賞受賞の栄誉に輝き、今年のお茶飲み会に一層の華を添えました。

苺農家の海野さんの苺と 豊好園さんの茶のコラボが見事最高金賞を得て、受賞の10月には TVの放映もあって、引っ切り無しの問い合わせに、活気が覗われます。

2

 ご覧のように スライスしたドライ苺が、浮かぶフルーティな紅茶、ほのぼのとした苺の香りもうれしく、思わず微笑んでしまうのです。

 親子孫三代が生産技術の向上を目指し、いまでは後継者のお孫さんが 若いオシャレな感性を発揮して「豊好園」さんの前途も明るい今日この頃ですが、ここに至るまでの初代の並々ならぬご苦労あっての成果は、このたび傘寿の記念として上梓された 随筆家でもある おばあさまの千代子さんの 布沢に嫁して六十年のご苦労や 子育てをしながら農作業の様子 専業農家として生きる道を模索しながら生き抜いて来られたご苦労や 和やかに賑やかに応援してくれる息子さん、お孫さん達、男性家系の片平家に それぞれ容姿端麗、頭脳明晰、こころ優しいお嫁さんを迎えて ホットなご一家の幸せを、彼女の豊かな文才を通して遺憾なく発揮されて書かれた随筆集「りんどうの手紙」 (206ページ自費出版非売品)

2_2

を拝読すれば、なるほどと頷けます。

りんどうの手紙」の編集は お孫さんのTさんが担当。序文は、中・高時代のクラスメートのT・Kさん。村上鬼城賞と云う輝かしい記録を持たれ、俳人協会員として幅広く活躍された才媛です。余談ながら先日梅ヶ島の紅葉見物のバス内で偶然ご一緒だった方です。
 又、表紙の水彩画や 数々の挿絵も同じクラスメートのE・Mさん。優しい色彩で描かれ 随所に配置された挿絵も この記念誌を際立たせております。静岡美術協会の会員で水彩協会展や東京水彩連盟展にも出展されていらっしゃるほど こよなく絵画を愛し 生きがいとされながら楽しまれていらっしゃいます。
 嬉しい事に 今回のお茶飲み会にもご一緒でした。

 こんな素晴らしいクラスメートとの交流を誇りに思い 傘壽を迎えた私の人生の大きな糧となっている幸せをしみじみ有り難く思います。

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »