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2012年1月

曽野綾子講演 「人間の基本」を聴講して

 昨年12月4日の当地方新聞に 「Aナーシングホーム」創立20周年記念事業の一環として、2012年1月24日にJR静岡駅前の葵タワーに於いて 曽野綾子さんの講演会 『~人間の基本~』の聴講募集広告が載っておりました。飛びついた私は、即刻FAXで申し込んだのでした。  

Photo  今や押しも押されもしない有名作家 曽野綾子さんの講演で、さぞや応募殺到で抽選洩れかと 半ば諦めかけていた1月6日に聴講券が届きました。

 超高齢化社会を迎えている昨今、年を重ねても自立できない上に、齢のとり方を知らない わがままな人が増えている事に、憂慮され、本人の為にも 日本の将来の為にも 自立した老人になるための指針を熱っぽく語られる 曽野綾子さんの講演が 直に拝聴できる絶好のチャンスです。

 日本は60有余年前 忌まわしい敗戦の 何もかも失ってしまったどん底から見事に這いあがった経済大国でありながら、多くの今の日本人は どうして豊かさを感じられないでしょうか? 

Photo_2   今日も明日も食べ物があって当然、水道の栓をひねれば水が出るのが当然、スイッチを入れれば電気が使えるのが当然、生で飲める水を使って 洗濯もお風呂も庭の水撒きも トイレに流すのも当然の日本国。 水と電気で こんなにも豊かな国でありながら、もともと人間が生きると云う 『~人間の基本~』 を全く知らない 貧しさを知らないから豊かさが分からない  自分の不幸を数え上げる日本人が増えている。と、嘆いておられます。 

  日本ほど平和で恵まれた国は無い! と。

刑務所の檻の中でさえ、「三度の食事、蛇口をひねれば 飲める水が出る、水で流せるトイレ 就寝できる場所」 こんな恵まれた処に どうしたら入れてもらえるのですか? とある途上国の貧困に喘いでいる方から真剣な質問を受けた事もあったそうです。

 昭和初期生まれ以前の 戦争敗北、食糧難の辛苦をなめた老齢期に達した人でさえ、日本の豊かさを忘れかけてしまった人が多い今の日本。、高齢者だからと云う甘えを捨て、過去の経験を生かし 援助を受けるよりも 与えることの幸せを 率先して奨励された 「~人間の基本~」を、傘寿を迎えられた曽野綾子さんは、約一時間半を演壇に立ち通しで熱っぽく語られたのでした。

 

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高尾山薬王院初詣と「うかい鳥山」の旅

 いつもの旅のお仲間に誘って頂き、いつもの観光会社の いつもの名ドライバーさんでの今年の初旅は 「高尾山薬王院と  うかい鳥山の鶏炭火焼を堪能」の日帰りバス旅行でした。

 途中休憩の朝霧高原道の駅では、早朝から思い思いの新鮮な高原野菜を買い込むあたりは、主婦業にとっては魅力のトイレ休憩なのです。

 今回の旅のお楽しみは、関東周辺に十数ヶ所を構える こだわりの食事処  『うかい鳥山』です。

2_2 奥高尾の六千坪の敷地内に構える 越中五箇山の合掌造りの建物は 貴重な文化財です。静寂の庭園を借景に、和の心に還る最高のおもてなし 「うかい鳥山」自慢の鶏炭火焼を リッチな気分で堪能いたしました。 

 三年前の紅葉の頃訪れたこの庭園の佇まいに、四季折々に是非とも堪能ましょうね。と、今回二度目のお楽しみとなったわけです。苔むした門をくぐれば 厳しい寒さの中にも 日々の乾いた心に一滴のしずくを得たように安らぎを覚えます。Photo_2  

 今回は寒の最中のこと、凛とした空気の中で 庭先の廻る水車の飛沫は氷柱(つらら)となり、宝石のように輝いて私たちを迎えてくれました。

 ゆったりとしたタイミングで 「聖護院大根と、鶏肉の付き出し」「お通し」「うずら肉しんじょのお吸い物」 メインの「鶏と野菜の炭火焼」「とろろ飯」「山ぶどうのシャーベット」と 運ばれるご馳走に舌鼓を打ち 贅沢な空間に浸りながら幸せを噛みしめたのでした。

 バスは甲州街道を東京中心部から西へ約50キロに在る 江戸時代から信仰の霊山として知られる 標高600メートルの山中に奉る薬王院へのケーブルカー高尾山前に到着。 

Photo_3 ケーブルカーは、国有林の 今は冬木立となている いろは紅葉、杉の木立、たわわの真紅の南天の実が美しく点在する 31度余りの急勾配を一気に高尾山薬王院へと誘います。

正式名称「高尾山薬王院有喜寺」は 今から1260余年前の天平16年(744)に開山されたお寺で、成田山新勝寺、川崎大師平間寺と共に 真言宗智山派の三大本山として知られております。

2  ご本尊は飯縄大権現。不動明王の化身で、お護摩炊きは煩悩を焼き尽くし 円満な悟りを体現できるそうですが、今回はお護摩炊きの行事はなりませんでしたが、霊深山での参詣は 身の引き締まる思いでした。

 標高600メートルの高尾山の冷気の中 昭和一桁生まれのご一行様は 防寒着に丸まると着ぶくれて 息を弾ませながら 霊験あらたかな 落葉広葉樹林のアップダウンを よく歩き参詣できた健康を感謝したのです。

 画像の数々を ムービープロジェクトに組んでみました。 懐かしい「ふるさと」のメロディにせてごゆっくりご覧下さい。

 

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新春を祝う

Photo_2  お屠蘇気分の抜けきらない1月5日 静岡県鳶(とび)工業連合会(遠藤清光会長)12支部の会員40名による 新春を祝う 「まとい振り」や「木遣り」を 静岡県庁舎前 川勝平太県知事や市民が見守る中で 華やかにご披露するところに折よく出会いました。

 クリスマス寒波の厳しい寒さも お正月三ヶ日は穏やかに過ごす事が出来ましたが、5日は朝からお天気には恵まれたものの 風も強く寒い一日となりましたが、凍えながらも画像や動画に収めることができました。

Photo  左の画像は 県鳶(とび)連合会から贈呈された「はんてん」を着て にっこり笑顔の川勝県知事さんです。

 良くお似合いですね。

 午後1時ちょうど、各支部の「はんてん」をまとった 威勢のいい会員が 自慢の木遣り歌を響かせ 木遣り唄に合わせて重さ約20キロほどもある まといを上下に振りながら、舞うように歩き 次の担い手に勢いよく手渡す「まとい振り」が、威勢良く繰りひろげられました。

 

 地上7メートルの高さのハシゴ乗りは、動画撮りのマイクにビュービュー音を立てるほど強風の中で、数々の大技に ハラハラ見守る観客から拍手や 空に向かって溜息混じりの歓声が湧きおこりました。

 

 若手部員は代わる代わる身軽に すいすいと梯子を上り 寒風吹きすさぶ中空に見せる軽業のような 「つばめ」と云うハシゴ乗りには 思わずヒヤッと! する妙技に見上げる観衆の大喝采!

 約1時間に亘って「まとい振り」や「ハシゴ乗り」のご披露の後、全員勢揃いで三本締めで高らかに締めくくりました。

 

 

 新年に当たり この1年が災害の無い、穏やかな年でありますよう祈るばかりです。

 

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今年のカレンダー

 お健やかに新しい年をお迎えの事と存じます。

  本年もどうぞよろしくお付き合いくださいませ。

2012年 平成24年は、昭和で数えると87年です。

新年早々唐突な書き出しをしてしまいました。

さて! 我が家の壁に飾るカレンダーをご披露いたしましょう。

 1984年昭和59年のカレンダーの事です。

とくとご覧ください!

年数の表示が違う以外は、今年のカレンダーと全く同じなのです。

19841

  これは、まぎれも無く わが郷土 静岡市の重要無形文化財保持者 人間国宝の芹沢銈介(1895-1984)の 和紙型絵染めのカレンダーです。

19842

 森羅万象 不思議な因果関係を持つ28と云う素数によって、カレンダーは28年毎に繰り返し巡って来ると云うことに 数年前 偶然気付いて以来 毎年28年前のカレンダーを飾っていると云う訳です。

 19843

 今年掲げたカレンダーは、偶然にも芹沢銈介が88歳で亡くなった1984年のものと云う事で、殊のほか感慨深いものがございます。

 明るい色調の おらかで明解な作風。 ここに載せた画像は3月までですが、12ヶ月四季折々懐かしい事柄を彷彿とさせる一枚一枚は 我が家の宝物となっております。

 静岡市(現在葵区)本通りで呉服商を営む 大石角次郎さんの次男であった「銈介さんを背負って遊んだ」と云う 五十年前に祖母から聞いた逸話を懐かしく思いだしております。 後の人間国宝をおんぶしたと云う祖母に、詳しいお話をもっともっと聞いておけばよかったと、今更ながら残念でございます。

 今年は月ごとに特別な想いをもって、眺めることでしょう。

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