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2011年10月

沈みがちの日本にサンバのリズム

 三週間ほど 「初秋の越後湯沢温泉の旅」の旅だよりに うつつを抜かしている間に、実は十月八日・九日に静岡市葵区名店街のメインストリートで 「第12回シズオカ・サンバカーニバル」が開催されたのでした。 

Photo  静岡市の中心市街地を舞台に毎年繰り広げられるパレードが、国際交流の一役を担って 「もう! どうにも止まらない! サンバ無しでは生きて行けない!」 と、今年で12回目の豪華なパレードが 街往く人々を湧かせました。No_samba

 例年5月に行われるサンバ・カーニバルは、3月の大震災もあって、今年は地域経済の活性化と、被災地の一日でも早い復旧復興へのエールとしてこの十月に開催されました。

 

 天気は上々、絶好の秋日和に恵まれて 買い物がてらに見物に行ってきました。

 遠くの方から「ドンチャカ!・ドンチャカ!」サンバのリズムが近づくにつれて 街往く人々は逸る気持ちが抑えきれません。

Photo_2   如何ですか? 静岡っ子のお行儀の良さ! 次第にやってくる4分の2拍子 テンポの速い太鼓のリズム、サンバのパレードにワクワクドキドキしながらも、警備スタッフの指導を忠実に守る こんな光景も私は見逃しませんでした。 素晴らしいマナーです。

 目の前に繰り拡げられるサンバの踊りに、真剣な眼差し、Photo_2

興味津々鼻の下を延ばす殿方、スタイルの良さに見惚れる女性。 沈みがちの日本国、老いも若きも男も女もパワーをいただきました。

 スカッとするサンバのリズム、目も覚める艶やかなコスチュームの踊り子たち名店街を練り歩くサンバ・カーニバルの動画をお楽しみください。

  

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秋をいろどる旅

 Photo_2  旅の二日目 天気予報を見事に覆した絶好の秋日和。「東洋のナイヤガラ」と呼ばれる 息を飲むばかりの迫力で大地を割り、えぐり浸食していく大自然に圧倒され、興奮覚めやらぬ私たちのバスは 実りの秋をいろどるリンゴ園へと向かいました。

 信州善光寺より北へ10キロメートルの北国街道沿いにある「H農園」で昼食のあと、広大な農園でのリンゴ狩りです。普段お品良く振舞う乙女さびた駿河っ子には たわわに色付くリンゴ狩りは 楽しみのひとつでした。食べ放題のリンゴ狩りと云われても そうは食べられません。せいぜい半個で充分というところでしょうか。

Photo_5   各自お気に入りを二個づつ捥いでのお土産にご満悦です。

 今回の旅は、珍しく神社仏閣詣では無く、大自然の美観景観、秋の味覚を楽しむと云うバラエティに富んだ旅でした.。

 初秋の旅を満喫して、帰路のバスに乗り込んだ私たちに、幹事さんの思いがけない提案があって 日本一の彼岸花の群生地に立ち寄る と云う旅のおまけがありました。

Photo_6  埼玉県は日高市の西部、高麗川に囲まれた巾着形の平地には、この世とは思えないほどの 目も覚める彼岸花の群生です。約5,5ヘクタールに百万本とも二百万本とも云われる真っ赤な彼岸花が燃えるように咲き乱れているではありませんか!

「わぁ~凄い! 凄い!」  これぞ日本一の彼岸花の群生地。

左見右見 賑わう観光客の顔に照り映える見事な曼珠沙華

次は 虫の音すだく中、巾着田の彼岸花群生を楽しむ動画です。

 

 盛りだくさん 色とりどり 「初秋の越後湯沢温泉の旅」で撮り貯めた画像を、ムービープロジェクトにまとめ編集して、旅の総集編としてみました。 ご笑覧下さい。

 

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吹割の滝

 前回のブログで レトロな三國街道塩沢宿散策を書きました。図らずもこの十月十三日 昼十二時二十分 NHK総合TV 「ひるブラ」で 新潟米どころの魅力の宿場町 「牧之通り」が放映されたのです。 

Photo_13 魚沼産の炊きたての新米コシヒカリの美味しそうな香りがTVを通して伝わってきました。 十日前の越後湯沢の旅  コシヒカリの新米をお土産に 最後に立ち寄った 偶然にもあのお米屋さんでの生中継ではありませんか!

さて! 南魚沼市塩沢の歴史と文化の宿場町 私たちには珍しい「雁木通り」の佇まいを散策後の 越後湯沢でのその夜の宿は、

Photo_3  空の湯、山の湯、里の湯合わせて二十八の湯(ふたばの湯)を楽しむ 自慢の「双葉温泉ホテル」 でした。 谷川連峰を望み、ホテル最上階の展望露天湯にゆったりと浸ったり、幾つかの湯壺を楽しめる「双葉」ならではの贅沢です。

 夜来の雨もすっかり上がり、天気予報を見事に覆し、今日一日絶好の秋日和に恵まれそうな朝九時 ホテルのスタッフの笑顔に見送られて、Photo_9

いよいよ「東洋のナイヤガラ」と云われる「吹割の滝」へと向かいました。

Photo_8   群馬県沼田市利根町にある 高さ7メートル、幅30メートル、奇岩が15メートルに渡って続く片品渓谷(吹割渓谷)に 川床を割るようにごうごうと、水しぶきを上げて流れる様子から「吹割れの滝」の名が付いたそうです。

2000年NHK大河ドラマ『葵徳川三代』のオープニングのこの滝が甦ってきます。

Photo_6 900万年前に起った火山の噴火による大規模な火砕流の溶岩が「片品川」の流れで浸食されたV字の谷に向かって三方から河川が流れおちる様子が 「東洋のナイヤガラ」と呼ばれているようです。

うっかりすると激しい流れに吸いこまれてしまいそうな遊歩道も整備され、Photo_7

数十メートルの奇岩が連なる岸壁群れに圧倒され、目も眩むほどの大きなスケール ごうごうと水煙を上げて飛散する瀑布、澄み切ったエメラルドの流れの壮絶な景観を 刻の経つのも忘れて楽しみました。

水量と流れの勢いの激しさでの浸食が、一年間で約七センチメートルずつ遡上しているそうで、将来的にはこの瀑布の圧巻も 上流に移動するとか、水がもたらす凄さを知りました。

 吹割渓谷(ふきわれけいこく)は、尾瀬沼付近が源と云われる片品川の中流になりますが、ごうごうと飛沫を上げながら 留めも無く流れる豊富な水量に驚くばかりです。

 「吹割の谷遊歩道にて」景観の動画3題をご覧ください。

 

 

 

 

 

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初秋の越後湯沢温泉の旅

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」 

いつもの旅仲間12名の「駒子」を乗せた,名ドライバー「島村」のバスは、長い長い関越トンネルを抜ると、澄み切った空が展ける絶好の秋日和に恵まれて、越後湯沢に着きました。 先ずは世界最大級166人乗りのロープウェイに乗り込み 眼下に広がる大自然のパノラマを眺めながら 湯沢高原アルプの里へ 7分間の空中散歩を楽しみました。 

Photo_3 標高一千メートルのロックガーデンで 夏の高山植物に変わり、すだく虫の音や赤とんぼの飛び交う秋の空気を満喫した後は、一路三國街道塩沢宿をめざしました。 

Photo  日本海側と江戸を結ぶ輸送路として栄えた 旧三國海道の塩沢宿、2009年に街作りとして完成した「牧之(ぼくし)通り」は、建物のデザインルールを守り、雁木(がんぎ)建設などの公共空間と、どの建物も個人の持ち家で それぞれ生業を営んでおります。 川端康成が参考にしたと云う江戸時代の雪国の暮らしぶりを描いた「北越雪譜」の著者 鈴木牧之(ぼくし)にちなんで名付けられた「牧之通り」は、雁木(がんぎ)と呼ばれるアーケードがあり、地元では塩沢の「雁木通り」とも呼ばれております。Photo_3

タイムスリップしたかのような異次元空間のこの街並みは 気が付けば、電信柱も電線も無く、澄み切った秋の空が広々と展けておりました。 

Photo_2  整然と整備された「牧之通り」の次第に失われつつある宿場町も、ゆっくり見物しながら往復しても三十分ほどの空間は、観光用としてではなく、牧之通りと 近隣の住民たちの活力ある塩沢の再生と、次の世代に誇れる街づくりを念願に、街の人によって 雪国らしい「雁木」のある和風の街が再生されたと、地元の方が熱く語っておりました。

 「雁木通り」の中ほどに こんな面白いオブジェがありました。

2

積雪の記録の柱です。 「あれっ? どうしてカマキリが?」

画像をよーくご覧ください。「今年の積雪量の予測は?」とあります。

カマキリが卵を産み付けるその高さで、その年の積雪の高さが分かるのだそうです。 気象予報士も予測できなくても、カマキリはその年の積雪を予測して、それより高い所に産卵するのだそうです。

 昭和五十八年十二月に、三メートル七十センチ 世に云う「五十九豪雪」の日本一豪雪地帯の「雁木通り」は 積雪を知らない温暖な駿河路に生まれ育った十二名の駒子たちには、それはそれは興味深い旅となりました。

 

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「老いの才覚」 老いながら今思う事

 ちょうど一年前 曽野綾子著 「老いの才覚」に出会って以来、バッグに持ち歩いて 永いこと待たされる病院の待合室等で、拾い読みしてはうなずき、よくぞズバッとおっしゃってくれたと、相槌を打ちながら独りほくそ笑んでおります。

 五十年前に夫を病魔で失い、二十五年前の春には二人の娘も嫁いで行きました。私五十三歳の時の事です。結婚披露宴の挨拶で、「、、嫁げばあちらの家族の一人、私のことより充分に尽くすように、、」等々、随分と強がりを述べたものでした。以来二十五年娘たちは唯の一度も不平不満を告げることなく幸せに過ごしているようです。

  娘たちを無事嫁がせた安堵感に、ふっと自分自身の余生の在り方を模索しながら あっと言う間に喜寿を迎えた時 「老いの才覚」に出会ったのです。

 人に頼らない老いを生きる条件に 健康であること。経済的に自立すること。子供の世話になる事を期待しないこと等 幾つかの条件が上げられますが、こうして永い事 独居生活をしていると、若い時には案外気が付かない「孤独に耐えること・孤独との付き合い方」が大きな課題である事を 声を大きく伝えたいと思います。

核家族化や結婚したがらない今時の若い方、子供を作らない、授からないカップルが多い昨今、誰しも必ず避けて通れぬ関所なのですから。

 先日 息子さんご夫婦と二人のお孫さんに恵まれ同居されている、既に御主人を亡くされた友人から、「若い世代の家族の中での孤独に悩んでいるの。独り暮らしの孤独より辛いのよ~!」と 家族からツンボ桟敷に置かれている友人からの切々たる電話がありました。 

 永い間独り居の私も 空虚感に苦しんだ事もしばしばありました。 こんな時こそ同年配同士の旅や、没頭できる独り遊びで 楽しい余生を歩んでおります。  

 老人といえども 歯を食いしばっても自分の事は自分ですること。と、曽野さんは豪語しております。 

「老いの才覚」の第6章で、「老いの仕事は孤独に耐えること、その中で自分を発見すること」と曽野さんはおっしゃっております。 孤独は お金があっても多分解決できない。孤独との付き合いは、老年にとって一番勇気のいる仕事であるとまでおっしゃっております。 これは、二十五年前二人の娘を嫁がせた時私自身に云い聞かせてきたことです。

 本当の孤独は、配偶者でも親でも友人からでも救ってはもらえない、独りで耐えるしかないとまで曽野さんは書いております。

齢をとれば一緒に遊んだ友人も、次第に減っていくのが当然です。早いうちから独りで遊ぶ癖を付けておいた方が良いし、例えば 旅は知恵と緊張が付きものですから、ボケ防止にもなるのですって! そのうえ曽野さんは一人旅を提唱しています。 時刻表を見て、切符を買って、乗り換えはどの切符を渡せばいいのか、人任せにしないで知恵を働かせ、緊張していなければなりませんから。

これは、六十才代位までの人に云える事と私は思います。喜寿を迎えた私たちは、気の合ったグループ旅行ほど楽しい旅はありません。お互い健康を確かめ合いながら, そのくせ僅かばかりの恰好良さもみせたくて、それなりの努力と緊張感を保つのです。

 人生のご褒美ですから旅は何よりの楽しみなのです。 「旅は若さの泉」です。

Photo 「老人は孤独であることが普通。みんなが孤独だから、私一人では無い みんな一緒!」 一人旅に限らず、 巣籠りしながらでも孤独を楽しみPhoto_3 、孤独を面白がる一人遊びを早いうちから身に付けておくことも肝心かもしれません。

 生涯学習センター(静岡市葵区)の作品発表会場の動画をご覧ください。

 

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