« 「喜の字」 の執念 | トップページ | 平和への祈り 「ナブッコ」 に寄せて »

8月11日駿河湾の地震

 8月2日投稿のブログ 「小鳥のさえずりをどうぞ!」 でわが郷土の穏やかな気候風土を讃えたばかりでした。 その舌の根も乾かぬうちの惨事です。

 昨年より2週間も遅れて8月3日 永かった梅雨も明け、7日には早くも立秋を迎えました。 ほっとしたのも束の間、10日には日本列島のすぐ西南に突然発生した台風9号が列島をなめるように南海上をノロノロと北東に進行し始めていました。 近づく台風による大雨を心配しながら眠りにつきました。

 翌未明8月11日午前5時07分 「ドーン!」 と背中を一撃され、間髪入れず家中がガタガタと音を立てて激しく揺れ出したのです。 「わぁー! 大きな揺れ! いよいよ来たのかしら?(東海大地震)」

 いつものように、5時前には目覚めていてベッドの中で今日一日の余暇の過ごし方をあれこれ思案していた矢先の出来事でした。 とっさに枕にすがり、薄っぺらの夏掛け布団に包まる私でした。

     夏暁の地震にすがる抱き枕

     (なつあけのじしんにすがるだきまくら)

     夏夜明け地震が呪縛の荒々し

     (なつよあけなゐがじゅばくのあらあらし)

 古い木造家屋の我が家は、本棚の文庫本数冊が木の葉のように床に舞い散ったほかは、何事も無かった事は幸いでした。

盤石な土地柄の御蔭で、ユッサ ユッサの大揺れに比べ激しくガタガタと音を立てながらも、短周期波の揺れで、激震にしては被害が少なかったと報道されました。

 駿河路の過去震度6弱の揺れは、1944年の東南海地震依頼です。 当時私は小学6年生、戦争も末期の冬でした。 木造校舎2階の廊下に備えてある防火用水の大樽の水が パシャーン パシャーンと飛び散っている光景がまざまざと思い出されます。 あれから65年、東海大地震が危惧されている矢先の大揺れでした。

 震源は、駿河湾の御前崎北東35km 深さ23km 震度6弱 規模マグニチュード6,5  です。

 Photo 比較的盤石な市中心地でも、4ヶ所の駿府城祉濠石垣の崩壊という爪痕を残しました。

 (地震2日後撮影)

復元の見通しは、工法や費用に難問あって今の段階では見通しが立たないと云われます。

 JR静岡駅北口徒歩10分、静岡県庁舎を背にした駿府城外堀です。

すぐ真向いには静岡市役所がある市の中心地です。

外堀の石垣・土塁は、安政大地震による崩壊や明治以降の改変で積み直されPhoto_5 たところのようです。

   崩壊した濠石垣の奥行は5~6mほどでしょうか  右側面が無残な崩落現場です。

  

Photo_4

崩落現場の後ろ側の石垣は無事でした。 これを左手に行けば、駿府城祉「二の丸ご門」

     

     暁の駿河のナマズ寝返りぬ

     (あかつきのするがのマナズねがえりぬ)

     大御所の濠垣崩す大鯰

     (おおごしょのほりがきくずすおおなまず)

     地震後の生い茂りたる夏の草

     (なゐあとのおいしげりたるなつのくさ)

(追記)

 8月21日静岡新聞夕刊記事によれば

今回の地震で崩落や損傷が確認された駿府城跡の石垣は、崩落した4ヶ所の内3ヶ所は1854年の安政の地震で修復された石垣部分だった事が市の被害状況調査で分かりました。

静岡市は、現時点で修復費を総額4億4千万円程度と見込んでおります。

|

« 「喜の字」 の執念 | トップページ | 平和への祈り 「ナブッコ」 に寄せて »

フォト俳句」カテゴリの記事

コメント

ぽちさん、本当にあの地震には驚きましたね。
あの時間には台所に立っていたので、テーブルの下に潜り込みました。
揺れている時間の長かったこと、長かったこと。
我が家も花瓶が倒れたり、食器棚のコップが倒れたりしただけで被害はなかったです。
東海地震が来ると言われて30年ですよね。
家具の固定や水の備蓄は一応やってあります。
静岡は町内会等でも防災訓練はよくやっていますね。
「備えあれば憂い無し」という言葉を思い出しました。
地震が来たときには体が固まってしまうこともよくわかりました。
東海地震のエネルギーはこの地震の100倍だといいますね。
もし来てしまったらと考えると本当に怖いです。

投稿: ひろ | 2009年8月16日 (日) 15時48分

♪ ひろさん
横になっていても目まいを感じましたよ!
いつ襲うかわからない自然の猛威に
如何に立ち向かうか? 

 ここのところ、政治経済、教育問題、
老後の不安、 台風シーズンなど不安材料
山積の昨今です。

仰る通り 「備えあれば憂いなし」 の次は、
  健康に過ごしましょう。 dog

投稿: ひろさんへ ぽちより | 2009年8月16日 (日) 16時17分

 ぽち様                                  大きな地震,無事で何よりでした.安心いたしております.我が家は大工さんに家具を固定して頂いてありましたので効果は大でした.又揺れが短周期波だったのが幸いだったようでした.
 東南海地震に遭遇したのは旧制中学一年の冬,ゆさゆさと揺れるキラーパルスだったので校舎のガラス戸がガラガラと左右に動いた記憶は鮮明です.当時階段式の教室で音楽の時間,三人掛けの机がガタガタと揺れ「誰だイタズラをするのは」とあちこちで声が上がり地震に気がつきましたが一人も教室からは出る事は無く音楽を続けました。1,2年の他のクラスは全員,運動場に出ており揺れがひどく立って居られなかったとの事でした。(3~5年生は動員中で不在)当日の日記には「大きな地震があった」と1行書いただけでこの日の宵に長沼の軍需工場が爆撃を受け照明弾が落とされた事が詳しく書かれています.戦時中だったのでラジオも新聞も大々的な報道をしなかったので怖いとゆう感覚は無かったと記憶しています.2~3日後に2年生が巴川縁の倒壊家屋の片付けに動員されて地震の大きさを知りました.
何はともあれ無事で良かった!

 
 

投稿: ライムライト | 2009年8月19日 (水) 11時09分

♪ ライムライトさん

 65年前の日記を保存されていらっしゃるなんて
凄いですね。 当然空襲にも遭われた時代ですよね。
 さすが! ライムライトさんです!

 最近は何事によらず、先へ先への情報が飛び回り
地震、台風、政治経済などに振り回され、
        不安ばかりが先走ってしまいます。

 もうこうなったら、怪我をしないように今の自分を
大切に生き延びていくしかありません。

 お天気の方もやっと落ち着いてはきましたが
、まだまだ残暑が厳しいです。 
     ご自愛ください。 dog


投稿: ライムライトさんへ ぽちより | 2009年8月20日 (木) 08時51分

恐ろしかったですね!
ぽちさんご無事で何よりです。

私もてっきり東海地震かと思いました。
恐怖心を忘れないうちに 家の中の 物の置き方など反省して直しておきたいと思いました。

非常食も期限を確認しなくちゃ。

お堀も痛々しいですね。
さすがぽちさんの取材力!
修復費4億円にもびっくりしました。

投稿: ゆーこりん | 2009年8月23日 (日) 09時10分

♪ ゆーこりんさま
あのとき咄嗟に 家が倒壊するかもしれない!
と思いましたよ。  でも東海地震はあの100倍
の強度とか!  
 
 台風、竜巻、地震などの自然への恐怖に加え
政治 経済 医療 教育、、新型インフルエンザなど
最近恐怖におののく事ばかりですね。

 こんな時だからこそ、ご自愛くださいませ。dog

投稿: ゆーこりんさまへ ぽちより | 2009年8月23日 (日) 09時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/213648/45942805

この記事へのトラックバック一覧です: 8月11日駿河湾の地震:

« 「喜の字」 の執念 | トップページ | 平和への祈り 「ナブッコ」 に寄せて »