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2009年8月

超かんたん「梅びしお」

 一昨年の秋 「パンにも美味しい梅びしお」 をブログに投稿しました。

「梅びしお」 とは、「梅肉をすりつぶし、砂糖を混ぜ 加熱して練り上げた なめもの」 と広辞苑にあります。 云わば私の「梅びしお」 もただこれだけの手順のものですが、塩分5%の紀州のあっさりした梅漬けで、しかも形も崩れ、もはや正規の値段では売り物にもならない 安価なものを送っていただいたので作ります。

 塩分5%ですから開封すれば当然日持ちはしませんが、グラニュー糖でしっかり煮詰めれば、高濃度塩分の一般の梅干しを何日も水に漬けて 塩抜きをすることもなく 簡単に梅びしお(ジャム)が出来上がります。 

 何日も水を取り替えて塩抜きをすると同時に 折角の梅特有の体に良い滋養成分まで溶け出してしまいそうで、勿体ないと思うのです。

 Photo 今年も紀州よりお願いしておいた2kgの 「あっさりつぶれ梅」が届きました。

その名の通り 「つぶれ梅」 ですので、商品価格も安価な物です。

 さっそく 「梅びしお」 作りに取り掛かりましょう。

 材料は極めてシンプルです。   塩分5%程度の梅漬けと、種を抜いた量の40%のグラニュー糖のみです。

 「梅びしお」 の作り方 おさらい!

① 「つぶれ梅」 は種を外し ペースト状に包丁でトントンと細かくします。

  フードプロセッサーなど不要です。

Photo_2 ② ステンレスかホーロー鍋にペースト状にした梅肉と、40%のグラニュー糖を加え、よく混ぜ合わせ

③ 木べらで焦がさないように丹念に鍋底から掻き混ぜながら、フツフツと10分~15分ほど煮詰めます。

 焦がさないように、、、 

    溶岩のようにフツフツしますので 火傷に気を付けて、、、

いヽ塩梅の「梅びしお」の出来上がりです。(超かんたんでしょう!)

 Photo_3 常温に冷ませば、梅のペクチンでゼリー状になります。

密閉容器に小分けして、冷凍庫で保存すれば長期間楽しめます。

 私流のこの 「梅びしお」 は、梅干し好きの亡き母のお気に入りが切っ掛けで、十年来 朝食には欠かせない逸品です。

1  食パンにバターと 「梅びしお」 を塗って、とろけるチーズをのせオーブントースターで焼きます。 この甘酸っぱさは何とも云えませんよ!

     厨の灯涼しく梅ジャム煮詰め居り

     (くりやのひすずしくうめジャムにつめをり)

     新涼や塩梅著き梅びしお

     (しんりょうやあんばいしるきうめびしお)

     余生楽しふつふつ煮込む秋灯火

     (よせいたのしフツフツにこむあきとうか)

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平和への祈り 「ナブッコ」 に寄せて

 64回目の終戦記念日を迎えました。

当時私は中学1年になったばかり 13才の昭和20年8月15日

その年の6月の空襲で我が家が焼け落ちる寸前 父が持ち出したラジオから流れる天皇陛下のお言葉に目頭を押さえる父母の姿が思い出されます。

 戦争の惨禍を再び繰り返してはなりません。

この8月の1週間後には衆議院議員総選挙投票日です。

誰もが愛国溢れる日本であって欲しいと願って居ります。

  冒頭にお聴きいただいた ヴェルディのオペラ 「ナブッコ」 の合唱曲 「行け 我が想いよ、、」は、イタリアの国歌候補として提唱されたほど愛国心に切ないほどの感情豊かな合唱曲です。

 旧約聖書の 「バビロン捕囚」 をテーマにした、イタリア愛国者の祖国への思いに馳せた 「望郷の歌」 です。 心にジーンと沁み入る名曲です。

 ♪、、 「行け 我が想いよ 金色の翼に乗って

  行け 丘や小川で憩へ あたたかく やわらかい

    故郷の大地の 甘きそよ風 馨るところ、、 

     おお! 我が祖国! かほどに美しく、、、」                       ♪、、、、、

Photo_3  2004年イタリアはフェニーチェ歌劇場からのニューイヤー・コンサートの衛星中継放送で 初めてこの合唱曲を聴きました。

遠い戦地で故郷を偲びながら苦しい従軍を続ける兵士、過酷なシベリヤ抑留の戦士、生き永らえた引揚者の思いと重なり戦慄を覚えたのでした。 どんなにか故郷に思いを馳せたことでしょうかでしょうか?      胸が痛みます。

 2006年トリノオリンピック開会式に飾った ルチアーノ・パヴァロッティの トゥーランドット 「誰も寝てはならない」 の印象深い興奮冷めやらぬセレモニーのもうひとつ 可愛らしいイタリアの子供たちが歌ったこのヴェルディのオペラ 「ナブッコ」 祖国への思いを乗せた望郷の歌 「行け我が想いよ! 、、、」は、もう一つの観点でご視聴戴ける事と思います。 You tube直接の埋め込みはなりませんので、下記表題をクリックしてお楽しみ下さい。

2006年トリノオリンピックでのナブッコの合唱

 

 世界平和へ思いを寄せて、、、

            汗涙記憶新たに黙祷す

       (あせなみだきおくあらたにもくとうす)

  

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8月11日駿河湾の地震

 8月2日投稿のブログ 「小鳥のさえずりをどうぞ!」 でわが郷土の穏やかな気候風土を讃えたばかりでした。 その舌の根も乾かぬうちの惨事です。

 昨年より2週間も遅れて8月3日 永かった梅雨も明け、7日には早くも立秋を迎えました。 ほっとしたのも束の間、10日には日本列島のすぐ西南に突然発生した台風9号が列島をなめるように南海上をノロノロと北東に進行し始めていました。 近づく台風による大雨を心配しながら眠りにつきました。

 翌未明8月11日午前5時07分 「ドーン!」 と背中を一撃され、間髪入れず家中がガタガタと音を立てて激しく揺れ出したのです。 「わぁー! 大きな揺れ! いよいよ来たのかしら?(東海大地震)」

 いつものように、5時前には目覚めていてベッドの中で今日一日の余暇の過ごし方をあれこれ思案していた矢先の出来事でした。 とっさに枕にすがり、薄っぺらの夏掛け布団に包まる私でした。

     夏暁の地震にすがる抱き枕

     (なつあけのじしんにすがるだきまくら)

     夏夜明け地震が呪縛の荒々し

     (なつよあけなゐがじゅばくのあらあらし)

 古い木造家屋の我が家は、本棚の文庫本数冊が木の葉のように床に舞い散ったほかは、何事も無かった事は幸いでした。

盤石な土地柄の御蔭で、ユッサ ユッサの大揺れに比べ激しくガタガタと音を立てながらも、短周期波の揺れで、激震にしては被害が少なかったと報道されました。

 駿河路の過去震度6弱の揺れは、1944年の東南海地震依頼です。 当時私は小学6年生、戦争も末期の冬でした。 木造校舎2階の廊下に備えてある防火用水の大樽の水が パシャーン パシャーンと飛び散っている光景がまざまざと思い出されます。 あれから65年、東海大地震が危惧されている矢先の大揺れでした。

 震源は、駿河湾の御前崎北東35km 深さ23km 震度6弱 規模マグニチュード6,5  です。

 Photo 比較的盤石な市中心地でも、4ヶ所の駿府城祉濠石垣の崩壊という爪痕を残しました。

 (地震2日後撮影)

復元の見通しは、工法や費用に難問あって今の段階では見通しが立たないと云われます。

 JR静岡駅北口徒歩10分、静岡県庁舎を背にした駿府城外堀です。

すぐ真向いには静岡市役所がある市の中心地です。

外堀の石垣・土塁は、安政大地震による崩壊や明治以降の改変で積み直されPhoto_5 たところのようです。

   崩壊した濠石垣の奥行は5~6mほどでしょうか  右側面が無残な崩落現場です。

  

Photo_4

崩落現場の後ろ側の石垣は無事でした。 これを左手に行けば、駿府城祉「二の丸ご門」

     

     暁の駿河のナマズ寝返りぬ

     (あかつきのするがのマナズねがえりぬ)

     大御所の濠垣崩す大鯰

     (おおごしょのほりがきくずすおおなまず)

     地震後の生い茂りたる夏の草

     (なゐあとのおいしげりたるなつのくさ)

(追記)

 8月21日静岡新聞夕刊記事によれば

今回の地震で崩落や損傷が確認された駿府城跡の石垣は、崩落した4ヶ所の内3ヶ所は1854年の安政の地震で修復された石垣部分だった事が市の被害状況調査で分かりました。

静岡市は、現時点で修復費を総額4億4千万円程度と見込んでおります。

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「喜の字」 の執念

 自慢する程のことでもありませんが、最近熱中した私の小さな執念が何とか実った作品を、退屈しのぎのつれづれに書き留めて置きたいと思います。

 Photo 綺羅星の如き?この画像は、2007年3月に旅をしたトルコ・イスタンブールのグランド・バザールでの観光最後、ご当地の通貨を使いはたしてしまうために、小銭程の値段で求めた、元を正せば幅5センチほどのブレスレットでした。

 自然石の 色彩的にも優しいパステル・カラーで私好みの色合いで、眺めているだけでも心安らぎます。

1粒の石の大きさも5ミリ前後、装飾品製造過程で出たカット屑の小粒を繋いで作ったブレスレットとしては 私のか細い?手首には75グラムは いささか重いのです。  その上、6連もの幅広の腕輪を身に付けての外出もはばかる思いもありました。

 梅雨籠りのある日、宝の持ち腐れ!と 退屈凌ぎもあって、思い切ってこのブレスレットを解体して仕舞ったのです。

 解体してみれば糸を通す孔の何と小さいこと!  見ているだけでも目が眩みます。  市販されているビーズの画一された孔と違い、どれ一つとっても同じ形ではないカット屑の 小粒の孔を見つける事の難しさに 一時は解体した事を後悔しました。

 超極細のビーズ針を使えば確かに石の孔目を通す事は出来ますが、極細のテグス糸を針の穴に通す困難な技に幾度と無く行く手をはばまれました。

 「ご当地の通貨を使い果たすために 小銭程の値段で買い求めた」 私のエゴイスティックな思いは、こんなにも細かい仕事をなさったトルコの職人さんに恥じ入るばかりです。

 2 ありがたい事に、編み物も 新聞に目を通すことも老眼鏡のお世話にもならずに今日まで来た事を買い被っての七十七才の挑戦でした。

 何とか首飾りと 腕輪4個に見事に変身して、老いの身を飾ってくれることでしょう。

     手遊びのミクロの世界星今宵

     (てすさびのミクロのせかいほしこよい)

 執念と云えば、このランプシェードにも思い出深いものがあります。

 Photo_2 今は亡き母の介護をしながら、つらい介護から一瞬逃れたくて、陶芸の透かし彫りに没頭した時の作品です。

 母と過ごした当時を 揺らぐ灯影のむこうに偲ばれます。

     

     秋立つやランプシェードの影の揺れ

     (あきたつやランプシェードのかげのゆれ)

   こんな「喜の字」の私は何とか健在です。

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小鳥のさえずりをどうぞ!

 地球が悲鳴を上げているのでしょうか?

年々季節の移ろいが何かおかしいのです。

今年の梅雨も異常です。 一昔前の梅雨は しめやかに、しとしと降り続く 「女性型」 とか 豪快にしてしとどに濡れてパッと止む 「男性型」など 梅雨の呼び方にも風情がありました。

 ピカッ! ゴロゴロ!  ドカーン! 雷さまの指揮棒ひと振りで、すかっと

梅雨明け宣言  でした。

 ところが近年は、男女の区別もなく狭い地域にゲリラが居座り、先日も北九州、山口県西北部などに水害、土砂崩れの大災害があったばかりです。

 私の住む静岡市は、その名のとおり風光明媚、気候温暖に恵まれて穏やかに暮らせる有り難い土地です。 裏を返せば私のようなのんびり型のお人よし?が多いのかもしれません。

ところが、今から35年前の昭和49年(1974)7月7日、折悪しく台風8号が梅雨前線を刺激して、この地方に湿舌が猛威を奮いました。

600年に1度と云われる程、一日に508ミリの未曽有の豪雨で各地の河川の氾濫や土砂崩れが発生し23名の尊い犠牲者と、浸水家屋8万戸の被害がありました。  幸い我が家は被害もなく事なきを得ましたが、7月7日は七夕さまのことよりも、どうしてもあの日の豪雨が思い出されてなりません。

 当地方の昨年の梅雨明けは7月19日でした。 梅雨明けと同時に蝉の大合唱が威勢良く聞かれました。  ところが今年は、太平洋高気圧の勢いが弱い上に、北からの寒気の狭間で梅雨前線が行く手を阻まれているらしく、のらりくらりと梅雨明けは8月にずれ込みました。  寿命の短い蝉たちは、梅雨明けを待ち切れず弱腰に鳴きはじめましたが、あと1週間もすれば立秋です。

 梅雨籠りのこんな時こそ 私はいやしを求めて、ホームページ「森のコンサート」のさえずりのコーナーを楽しみます。

和田剛一さんのこの素晴らしいホームページは すでに5年ほど前に出会って以来、心の糧となっている事に感謝して、多くの方にご紹介させて戴きたいと思います。

数ある小鳥たちの姿も、鳴き声にも中々出会う機会がありませんが、このページを開けば150種余りの小鳥の姿や透き通るほどの美しい歌声に出会う事ができます。

 さぁ! 小鳥たちの歌声に耳を傾けてください。

森のコンサート」 只今155種類の小鳥のさえずりが楽しめます。

Photo_2  

 燕ジュリジュリと群れ川の瀬を

 (あまつばめジュリジュリとむれかわのせを)

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