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2008年10月

時代祭と鞍馬の火祭

 いつも誘っていただく旅友のお仲間にいれていただき、「鞍馬の火祭」 をメインの旅を楽しみました。  京都北山の奥深い山中の、風光明媚な鞍馬で、毎年十月二十二日に 「京都三大奇祭」 の一つと云われる火祭りです。

 鞍馬一帯の鎮守の杜である 「由岐神社」 の例祭として地元の人々が年に一度、後世に残そうと守り伝えてきた熱い思いのお祭りです。

今年は折悪しく、そぼ降る雨のなか群衆の期待が高まり、 「神事にまいらっしゃれッ!」 と、午後六時に触れ回る若者の声を切っ掛けに、家々の戸口に篝火が灯されます。 私たち見物人には警護のために、牛歩の列の移動を余儀なく言い渡されます。

Photo  門ごとの篝火に照らされ、可愛らしい幼児連の 「とっくり」 と呼ばれる松明が大人に支えられながら 「サイレイ サイリョウ!」 の声が響き渡ります。

子供連から青年連へ大小の松明が次々と担ぎ出され、炎と群衆で気合いが入るのです。

     あどけなき「サイレイ サイリョウ」幼児連

     締め込みのいよヽ昂ぶり火の祭り

     火祭りや戸毎に雨の火に仕え

     火祭りや異国旅人も緋色の眼

Photo_2

 順調なバス移動で京都到着が、動く時代絵巻さながらの 「時代祭」 行列の到着点、平安神宮前で折よく垣間見る幸運に恵まれはしたものヽ、今年は生憎の雨にたたられ残念でした。

      牛車きしむ時代祭は雨の中

 翌日は、源氏物語誕生千年紀にあたり、滋賀大津へと向かいました。

心配した雨も上がり、程よい行楽日和にほっとしたひと時に、、、

      大津絵の鬼も目を剥く百舌鳥高音

 滋賀大津 石山寺への途中立ち寄った 「日吉Photo_3 大社」 の石垣築城に活躍した 「穴太衆」(あのうしゅう)による堅牢の秘伝の技の石垣に鮮やかな蔦紅葉を見つけました。

 パソコンで描いてみました。

     石垣を濡れつヽ灯す蔦かずら

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音楽はこころのビタミン

 音楽を聴くだけの健康法があると云われます。

音楽には人や生きもの、生きとし生けるものを癒し、心を豊かにしてくれる不思議な力があるようです。 音楽を聴いているだけで、精神の安定が得られ、成長を促す働きさえあると云われます。

 宗教が音楽によって人々の心をとらえ、信仰心を深め、心をまとめる役割があると云われますが、実は私も一昨年ロシアに旅したとき ロシア正教「スパソ・エフフィミエフ修道院」 での男声コーラスの宗教歌には、異教徒の私でさえ涙を流すほどこころ揺さぶられました。

 その人にとってふさわしい音楽を聴くことによって、こころの緊張をほぐし、本来の自然の境地を取り戻す効果があるのでしょう。

 サッカー場の芝生の手入れや、シイタケや花の栽培、酒の醸造に音楽を聴かせることもまんざら噂だけではないようです。 胎教も然りです。

Photo  『O Sole Mio, Luciano Pavarotti Italian Songs』  18曲68分

   このかけがえの無いCDに、心の抑鬱から幾度救われたでしょうか。

     朝まだき妙なる調べ律の風

     物音(ね)澄むイタリア民謡聴き惚れり

  私の朝は、パヴァロッティのカンツォーネを聴きながら一日がはじまります。 向こう三軒両隣りへの騒音の迷惑は及ばない環境の「草の庵」、ましておひとり様の気安さから、誰に気兼ねも無く早朝からボリュームを上げて、歌声に聞き惚れながら家事にいそしむ事は至福のひと時で、何事もテキパキとはかどり、まだまだ元気な証しと思っております。

Photo_2  朝食をいただく頃は、「オ・ソレ・ミオ」 「フニクリ フニクラ」 「はるかなるサンタルチア」 などが流れ心地よいブレックファーストタイムです。

 パソコンで描いたこの 「One tray 朝餉」 は、色彩こそ派手ですが、食材は質素なもので十数年来の定番です。

    爽やかな朝餉よ! カンツォーネ聴きながら

    ひとり膳歌曲に酔ふて秋うらヽ

    秋麗や三大テナーの高調子

            

      まさにこころのビタミン剤です。

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金木犀を訪ねて

 今年の夏も ご多分に洩れず 大変な暑さで外出もままならず、夏安吾のごとく、家に籠る日が多かったように思います。

それにしても、秋の訪れは意外に早く、お彼岸前から肌寒いほどの急変に驚く日もあり、覚悟していた厳しい残暑も さほどに感じることも無く、秋が ストン! とやって来ました。

 毎年のように、十月に入ると何故かそわそわするのは、そこはかとなく金木犀の香りが漂い始めるからなのです。 鮭が間違いなく生まれた川に戻って来るのは、生まれた川の匂いによる説があるように、私の こよなく求める木犀の香りは、私が生まれ落ちた時、きっと漂っていたからでしょうか?

 若い頃は香りに合わせて、随分遠いところまで足を運んだものでした。 

 昭和41年に静岡県の木として、この地方では至る所に金木犀がみられます。ふだんは地味な樹木なので、気が付きませんが、十月の声を聞く頃、まだ淡い鴇色の蕾のころから、なんとも云えない良い匂いが漂ってきます。 静岡の温暖な気候風土に合い管理も容易で、庭木としても縁起が良いと云われます。

 昭和9年 国の天然記念物に指定された三島大社の 「金・銀一体」の木犀は、1200年以上の御神木です。 随分御無沙汰しておりますが、今もご健在と存じます。

 10月9日 静岡県立美術館への遊歩道に又々行ってきました。 電車を降りて、なだらかな坂道を行くほどに、木犀の香りが漂い始め、逸る気持ちが抑えきれません。

A  さながら、バッキンガム宮殿衛兵の帽子が整列したように、こんもりと丸く剪定された金木犀がずらりと植えられております。 

さすが静岡県の樹木として 芸術の秋の来館者をお迎えしているのでしょうか?  ほつほつと咲き、行儀よく並んだ金木犀の並木をパソコンで描いてみました。

     木犀の風の行方に美術館

Photo  美術館前庭の林の中ほどに、森の精のような金木犀の巨樹がありますが、身震いするほどそれは見事です。

 木の下に佇み、うっとりと我を忘れるひと時でした。

     木犀の香にうつし世を忘れをり

A_2  

     コンサートへいざなふ暮色金木犀

 パソコンで描いた金木犀の花ですが、それなりに見えますか?

今日のブログの彩りに添えてみました。

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おおだたらのお不動さん

 毎月28日はお不動さんの縁日です。

私達きょうだいも、子供のころ祖母に連れられてお参りに行きました。

お参りもそこそこに、じゃぶじゃぶと渓流の石影に潜む沢蟹を捕まえて楽しんだものでした。

Photo  亡くなった母は米寿の1999年に怪我で歩く事が出来なくなる前まで毎月28日には一人でお参りを楽しんでおりました。

 (この写真は、平成20年9月28日たまたまカメラアングルに収まった見知らぬ善女です) 

 国道線 「二軒家」 でバスを降りてからの不動みちは、高齢者が歩くのに丁度よい2kmほどの道のりです。

 点在する民家、茶畑、季節の野菜畑を眺めながら、のんびりとお不動さんを目指して、老若男女の歩みの列が続きます。

       残り生(よ)の悲願身に沁む滝の音

 9月28日、歩くには照らず降らず、この季節としては少し肌寒い程の丁度よいお日和りで、思い立って久しぶりに 「おおだたらのお不動さん」 詣りに行ってきました。

 「大鑪」 と書いて 「おおだたら」 と昔からの地名です。

そもそも「鑪」は 「いろり」 の事ですので、その昔この村に大きな囲炉裏でもあってこんな地名が付けられたのでしょうか?

Photo_2  茶の花のぽっと灯せり不動道

           茶の花や安らぎ余生永らへば

 なだらかな坂を登りつめたところに 小さな滝と、岩盤に鎮座まします 幾体もの小さなお地蔵さまに 手を合わせる神妙な顔をした人の列が 絶え間なく続きます。

 お参りのもう一つの楽しみに、様々な物を売る露店めぐりがあります。

中には、この露店めぐりがお目当ての参詣人もいて、お参りする前から大きな重たい荷物を両手に提げている人も多くみかけます。 そう云う私もマイバッグの膨らみが気になってきました。

  みんなそれぞれ楽しんでいるのです。

Photo_3  毬栗のはじけて一枝華やげり

          毬栗も並べ露店の賑わへり

           うらぶれし世となり行くや栗の毬 

パソコンで描いた 「茶の花」 は, 「さざんか」 のようになってしまいました。それもその筈、「茶の花」 も 「さざんか」 も同じ 『ツバキ科 ツバキ属』 なのですから、、、  「毬栗(いがぐり)」 もそれらしく描けませんでした。  栗の葉の虫食いの描写だけは吾ながらうまく描けたと自負しております。

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