« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

彼岸花を描く

 彼岸花はその名の通り秋の彼岸のころ、畦や堤などに30cmほどに伸びた茎の先にパッと真紅の花が群がって咲いているのをよく見かけます。 

酷暑の永い夏の果てと、爽やかな秋の訪れを実感させてくれるのです。

近頃は何処も彼処もアスファルトになってしまい、私の住む近辺ではあまり見かけることもなくなりました。

 彼岸花の別名は、死人花、捨子花、幽霊花、キツネ花、シビレバナ、イチャーコロリ、テクサリ、ドクバナ等々。  方言をふくめた呼び名が千を超える花が他にありましょうか?、、、、 不吉な別名が多いのは、秋の彼岸が来るころどんな天変地異があろうと、突然湧いたようにニョキニョキと真っ赤な色で人の目に焼き付くように咲くからでしょうか。

 でも別の名 「曼珠沙華」は、梵語で赤い花の意味があり、 「天上の花」とも云われ、慶事が起きる前触れには、赤い花が天から降ってくるという仏教の経典に依る説もあります。

 リコリンやアルカロイドを含む有毒をもっているので、忌み嫌われたゆえんでしょうか。

 子供のころ蕗の皮を剥くように、茎をぷつぷつと折って首飾りにして遊んだものでした。 そんな後は 「手をよく洗うのですよ!」 と母からたしなめられた懐かしい思い出があります。

Photo  私の住む町の中心に、外濠、内濠に囲まれた駿府城公園があります。 濠の堤に存在を主張するように曼珠沙華が咲きます。

内濠をぐるりと散策しながら 「西門橋」 のたもとの石垣の上に咲く曼珠沙華の一枚をパソコンで描いてみました。

濠に雪崩れるように桜の太い幹が覆いかぶさる木下影に咲く真紅の花が、道行く人に秋を気付かせてくれるのです。

 (余談ですが、この桜大樹のライトアップされた満開の夜桜は幻想的で圧倒されます。)

     濠端の樹下を灯して彼岸花

     天上の花とやゆかし曼珠沙華

 

 曼珠沙華一輪をアップで描くのは初心者の私には至難の業でした。

Photo_2  ピンピンとためらいもなく撥ねる蕊は、マウス運びに未熟な私にはとうてい無理なことでした。

試行錯誤の上、手首の力を抜いて、勢いよくマウスを撥ねるように操作してみましたが、微妙に震えてしまいます。

     

        真青なる空へ蕊振る曼珠沙華

     

| | コメント (4) | トラックバック (0)

静岡県立美術館へのプロムナード

 JR草薙駅(静岡駅より東京方面へ2駅目)で下車して南へ15分ほどの小高い丘の上に静岡県立美術館があります。

 どっしりと構えた本館と、明るいドームのモダンな別館のロダン館までのなだらかな坂のプロムナードは、緑豊かな癒しの空間です。

 この美術館は、匂うほどに緑あふれる自然環境が特徴のひとつで、美術館へのプロムナードには、国内外の彫刻家による12点の作品が自然と一体となって点在し、美術館への期待と余韻の往復路を楽しませてくれます。

 わたしはこのプロムナードの雰囲気が好きで、ゆったりと歩きます。

Photo_4  この坂の中間点ほどの風景をパソコンで描いてみました。

桜の並木、静岡名産の「やぶきた茶」の原木、つつじ、さるすべり、秋には金木犀の香り、けやき、くすの木等々の樹木の香気をいっぱいに浴びて、安らぎをいただきます。

 20年ほど前の盛夏に開催された 「ピカソ展」 を鑑賞した時の

     ピカソ展出で炎天に顔ゆがむ

は、思わず口をついて詠んだ一句でした。 懐かしく思い出されます。

 なだらの坂の中ほどに、幾多の困難を耐え抜いたであろう ひとかかえ もある幹の 奇妙な枝分れをした一本の「けやき」の老樹に出会いました。

 磔刑のキリストの手を思わせる幹の穴、骨格も荒々しいほど宙に差し伸べる手のように見えた摩訶不思議な老樹に戦慄を覚え、デジカメに収めました。

2  パソコンお絵描きビギナーズの手が震えます。

 幹の 濃い紫がかった肌に、白く粉をふいたような野趣のある思うような色が出せなくて残念です。

      余生なほ秋日に曝す大けやき

     秋天に自恃一徹を老大樹

    

| | コメント (2) | トラックバック (0)

お絵描きビギナーズ

 6年余りの母の介護も終えて、正真正銘独り暮らしを余儀なく過ごし始めたころ、ご近所の介護士の方から 「寂しい独り暮らしの認知症予防に 『ぬりえ』 でもお持ちしましょうか?」と、お声を掛けていただいたことがあります。

 「まだまだ生活周辺の整理などに追われていますので、、、」などと、体よくご遠慮申し上げました。      

今年9月に入って、パソコン教室でレイヤーなどの複雑な操作も無く、簡単に描ける 「お絵描きソフト」 のダウンロードをご指南いただきました。

 正直云ってマウス捌きのなんと大変なこと!!

お絵描きソフト画面パレットの12色から、まずイメージの色を混ぜて作る事から始まります。

元々絵ごころの無い私にとって、果たして描けるのでしょうか?

震える手で失敗しては戻り、描き足しては戻りして、なんとか水彩画らしきものが描けたようです。

 パソコンでこんな事も出来ようとは!!

      新涼やパソコンお絵描きビギナーズ 

      (秋うらヽ 恥の描き捨て 自画自賛)

余生の楽しみのひとつに恰好の趣味? となりそうです。 

    カーソルのぶれてコスモス揺れにけり

Photo

   息つめてマウスで描く式部の実

Photo_3 

 

   熟れそめしいちじく描く日の静か

Photo_5 

   初冠雪の穂高はマウスの意のまヽに

Photo_10    

  この絵は、昨年10月末、旅で収めた 河童橋から初冠雪の穂高を望んだ写真を基に描きました。  

| | コメント (6) | トラックバック (0)

再びルチアーノ・パヴァロッティを偲んで

 9月6日・7日は、終日家に籠り パヴァロッティのCDやパソコンに保存しておいたコンサートやオペラのシーンなどの動画に聴き惚れて過ごしました。

今日8日(月曜日) 朝刊のグローバル フラッシュ欄に

  『巨匠しのび追悼コンサート』 の見出しで、 「、、、パヴァロッティ氏の一周忌となる6日、生地モデナで、追悼コンサートが開かれ、約900人がクラシック界の巨匠を偲んだ」 と、コンサート模様の写真も掲載され、モデナのピーギ市長が、「パヴァロッティ氏が残した芸術的遺産は、全世界の遺産となった」 とのナポリターノ大統領のメッセージを代読した。  と書かれております。

 飽きることもなく、終日繰り返しくりかえしパヴァロッティの歌を聴けば聴くほど

”神様に祝福された声” と評された、華麗な一点の曇りのない声質、豊かな声量、きらめく高音が名テノールのスーパースターだった所以なのでしょう。

Pavarot1  ご自身も70才までには引退をきめておられ、2004年3月 69才で、メトロポリタン歌劇場での 歌劇「トスカ」 の 画家カヴァラドッシ役を演じ引退されたと云われます。

図らずも私のパソコンに保存されている動画 オペラ 「トスカ」。 歌姫トスカへの思いを、切々と歌い上ける画家カヴァラドッシのアリアのシーンは、臨場感に溢れ、感動する大切な映像です。

     天高きひと日テナーの歌に酔ひ

 父親はパン職人の傍ら、アマチュア・テノール歌手だったそうで、その才能の遺伝子もさることながら、やはり神様の申し子だったのです。

    

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「オ・ソレ・ミオ」 白露に消える!

Photo  2008年9月6日は世界三大テノール歌手のひとり、 ルチアーノ・パヴァロッティの一周忌です。

イタリア・モデナの大聖堂ではミサがしめやかに執り行われているのでしょうか。

 昨年9月6日 TVニュースで、パヴァロッティの訃報が放映されました。 まさかの訃報を信じ難く、我が耳目を疑い、太陽が沈んでしまったような言い知れぬ寂しさを覚えました。

 2006年トリノオリンピックの開会式で、「トゥーランドット」 の 『誰も寝てはならぬ』 を朗々と歌い上げて開会式に花を添え世界中のファンをうならせましたが、これがパヴァロッティの人生最後の大ステーッジでした。

 その年の6月、膵臓にがんが見つかり手術を受けましたが、2007年9月6日イタリアはモデナの自宅で71歳の人生の幕を閉じたのでした。

 「なんと悲しい知らせでしょう!」 胸を詰まらせながら聞き漏らすまいと、TVの前に正座して涙を流したことが蘇ってまいります。

 「キング・オブ・ハイC」 の異名をもつ、あの一点の曇りのない輝かしい、神様から授かった高音をもつパヴァロッティの歌声は、いまは永遠のものとなりました。

 Photo_2         

 ここに1990年7月ローマのカラカラ浴場に設えられた舞台に、パヴァロッティ・ドミンゴ・カレーラスの三大テノールによる世紀の大共演収録のCDがあります。

     わが太陽白露に消えてしまいけり

     永劫の歌声偲ぶ秋思かな

 もちろん 「トゥランドット」 の 『誰も寝てはならない』 は云うに及ばず、大共演のフィナーレに熱唱した 『オ・ソレ・ミオ』 の熱烈なアンコールに応えて再び 「オ・ソレ・ミオ」 の  「太陽! 私の太陽!  O sole mio! 、、、、」 を極端なビブラートを思いっきり利かせ、茶目っ気たっぷりに歌い上げるシーンは、どんなに落ち込んでいる時にも、思わず笑みがこぼれるほどパヴァロッティの意外な一面にも遭遇したのでした。

この一年、毎日のように私の心髄に特別な輝きで慰められ、励まされたことでしょうか。

 最近は、パソコンの動画に依る臨場感溢れる、大共演の模様も見聴きできますし、今は亡きこの偉大なテノール歌手と同世代に生きていることを神様に感謝しております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »