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母を読む 自選自解 (三)

○ 老々介護

 平成15年 母の足腰は日ごとに萎えはじめ、ひ孫のために編んでいたセーターも次第に形を成さなくなりました。 籐椅子に深々体を沈め、しずかに目を閉じ瞑想にふけっているかのような時でさえ、その手は編み棒を操り、ひ孫の姿を思いながらセーターを編んでいるかのようでした。

やがて狭い家の中でも車椅子の生活となって行くのです。

きょうだいの多い中で、母の晩年を共に過ごした私にとって、次第に老いてゆく姿、その過程を暗黙のうちに読み取り、学ぶこともできました。

六年間の私独りの老々介護は、つらいものがありましたが、今となってみれば、心の故郷ともなる懐かしさと、充実感が得られたことは感慨深く、何より有難い事としみじみと思う昨今です。

      蝉しぐれ聞こえぬ母に添ふ散歩

      母すでに童女となりぬシャボン玉

      老母へ繰り言こぼすボケの花

      マンサクに一息入れし老介護

      介護して明け易しかや老ひの身に

      春愁や介護懈怠のしじまあり

      短夜の独り介護の厳しさよ

      いくたびの母を厠へ夜半の冬

      老介護五感鋭き寒夜かな

      母の意に叶わぬ介護寒の水

      老介護厳しさに耐へ寒牡丹

      木の葉髪いとほしむがに朝な梳く

      先見えぬ介護明け暮れ鳥曇り

      介護もて句作に遊ぶ朧かな

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俳句」カテゴリの記事

コメント

 ぽち様へ
 老老介護の感慨,胸打たれます.私は「孝行したい時には親は無し」と親不孝を詫びながら毎朝仏壇に手を合せています。
 「・・・日脚の伸びし山」は徳願寺山,「・・・不動道」は大だたらのお不動さん,「蝉しぐれ・・・」は神明宮の境内,かなと勝手に思い巡らしながら自分の歩んだ昭和の時代を懐かしく思い出しています。富士山よりも鮮明に脳裏に焼きついている徳願寺山,毎月二十八日に母に連れられて行ったお不動さん,そして遊びまわったお宮の境内・・・忘れられません!

 体調は戻られましたか?ご自愛下さい。

投稿: ライムライトより | 2008年5月 1日 (木) 18時17分

♪ ライムライトさま
 独りだけの老々介護は本当に大変でした。
母の喜ぶ笑顔だけが私を支えてくれたと思います。

、、、が、介護中の私の母に対する 「人間とは一日中に何百回も菩薩となり、悪魔となり、絶え間なく変化する者」 を実感しました。
 母娘だから許される放言も、手に負えなかったあの時の私は、母には悪魔となっていたのかも知れません。
 今更ながら母に詫びているのです。

 帯状疱疹後遺症でしょうか? 多少の痛みが残ります。一ヶ月半経過しました。 

投稿: ぽち→ライムライトさんへ | 2008年5月 2日 (金) 09時47分

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