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2008年5月

新緑に、、

 ブログデビューして丁度一年が経過しました。

「おひとり様の老後の過ごし方」 としての私としては、まず健康第一と如何に退屈をしない日々が過ごせるかが必須条件なのです。

 昨年5月28日、恐るおそるブログデビューしてこの一年間、週2回の投稿でこの5月でちょうど100回を超え、ご訪問くださたお客さまも延べ1万人を超えました。  全国各地より、また海外数ヶ国のお客さまよりアクセスを戴きましたことは、愕き、嬉しく、有難いことでした。

 変化に乏しい日常生活からは、ブログになるような記事もさして見当たりませんが、今後は不定期ながら再出発してみたいと思います。

 どうぞご笑覧くださいませ。

   新緑や揺れ動かさる老いの身も

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母を読む 自選自解 (五) 完

○ 母昇天 

 平成17年9月17日午前9時過ぎ、 母はしずかに昇天しました。        

  その夜の中天には、煌々とした満月が母を導くかのように輝いておりました。 

   図らずもその年は、氏神様の秋祭りでした。

97歳の天寿を全うした母を見送るかのような祭り太鼓の響きは、強烈な印象深い通夜でした。

19日の葬儀の日は、ちょうど母の誕生日に加えてその年は敬老の日でした。

 あれほど「帰りたい!  帰りたい!」 と云っていた母。 それも叶えてあげられなかった不孝を詫び居る日々が続きましたが、私と過ごした六年間を喜んでくれた母。  

 三姉妹の中で、夫の転勤で一番遠隔地に嫁いだ筈の私が、夫亡き後、故郷に戻り激動の世の中を何とか生きる事が出来、二人の娘も嫁ぎました。

平成10年には仕事からも解放され、神様のお取り計らいで晩年の母との暮らしが叶ったことは娘としてありがたく、感謝の気持ちでいっぱいです。

      渾沌の母は花野を駆け巡り

      母昇天煌々たる月に導かれ

      母の通夜祭囃子と望の月

      母生れし日は敬老の日に野辺送り

      母の骨拾ひて素風脊を抜けり

      「おとよさま」 とさやかに弔辞賜われり

      葬り了へて母に詫び居る夜長かな

      母逝けり花野に我を残しまゝ

      母逝きて独りとなりぬ月あかり

      十六夜の母よ父に逢へましたか?

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母を読む 自選自解 (四)

○ 母は介護施設へ

 「この家にずーっと居たい!」  とあれほど云っていた母を、腰を痛めた私独りの介護ではどうにもならず、已む無く介護施設のお世話になることになりました。

 平成十七年四月一日のことです。

 「腰痛を早く治してお迎えにくるからね。」 と約束して、満開の桜咲く小高い丘の上の介護施設へお願いしたのでした。

 寂しそうな車椅子の母を振り返り振り返り、こころで詫びながら、ほろほろ散る桜の坂道を下ったのでした。

      花の坂母を預けて振り返り

      母を預けほろほろ泣きて散る桜

      母如何に夕永き刻もて余し

      母は施設へ独りの永き日を余す

      青嵐茶山に母を捨つるがに

      家恋しと母の口癖花しょうぶ

      老ひ母に逢ふて切なき花みかん

      花みかん匂ふ施設の母に詫び

      母を預けし罪を悔い居る若葉冷え

      梅漬けて日ごとに小さき母訪はな

      サクランボ狩り母を忘れる小半時

      垣間見る小さくなりぬ母の夏

      「帰りたい!」 と母より暑中ハガキ着く

      秋めくや家恋ふ母の小さき声

      母お在す施設は遥か野路の秋

      稲穂垂れ介護施設のありがたき

      秋の暮母も手を振り分かれけり

      チゝチゝと母恋ふ我にちゝろ虫

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母を読む 自選自解 (三)

○ 老々介護

 平成15年 母の足腰は日ごとに萎えはじめ、ひ孫のために編んでいたセーターも次第に形を成さなくなりました。 籐椅子に深々体を沈め、しずかに目を閉じ瞑想にふけっているかのような時でさえ、その手は編み棒を操り、ひ孫の姿を思いながらセーターを編んでいるかのようでした。

やがて狭い家の中でも車椅子の生活となって行くのです。

きょうだいの多い中で、母の晩年を共に過ごした私にとって、次第に老いてゆく姿、その過程を暗黙のうちに読み取り、学ぶこともできました。

六年間の私独りの老々介護は、つらいものがありましたが、今となってみれば、心の故郷ともなる懐かしさと、充実感が得られたことは感慨深く、何より有難い事としみじみと思う昨今です。

      蝉しぐれ聞こえぬ母に添ふ散歩

      母すでに童女となりぬシャボン玉

      老母へ繰り言こぼすボケの花

      マンサクに一息入れし老介護

      介護して明け易しかや老ひの身に

      春愁や介護懈怠のしじまあり

      短夜の独り介護の厳しさよ

      いくたびの母を厠へ夜半の冬

      老介護五感鋭き寒夜かな

      母の意に叶わぬ介護寒の水

      老介護厳しさに耐へ寒牡丹

      木の葉髪いとほしむがに朝な梳く

      先見えぬ介護明け暮れ鳥曇り

      介護もて句作に遊ぶ朧かな

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