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帯状疱疹 私の場合 -その2-

 三月中旬、例年ならば四十年来付き合ってきた 「スギ花粉症」に日夜悩んでいる筈の私ですが、今年は早めの対策でその症状はほとんど見られず、ほっとしていた矢先のことでした。

 三月初旬ごろから、左肩甲骨あたりと左脇周辺に違和感を覚えましたが、さして気にもせず、奈良東大寺の「お水取り」の旅を楽しみました。 年のせいか多少の旅の疲れもありましたが、平穏無事な日常生活を過ごしておりました。

 三月十七日起床、着替えの時、 「おや! 左脇部に小粒ながら赤い発疹が!!」 瞬間 「ひょとして 帯状疱疹かも?」 とっさの判断で病院へ駆けつけたのです。  案の定 帯状疱疹です!。

 「どうして! どうして!」  三年前に介護の母も送り、嫁いだ娘たちも幸せに過ごし何の悩みも無い気ままな独り暮らしの私に、、、!

 即、入院か? 点滴注射か?

主治医先生は、「加齢による免疫力の低下で、沈黙していたウィルスが暴れだしたでしょう。 今は特効薬がありますから心配ありませんよ。」 とさりげなく仰り前述の薬を処方してくださり、自宅治療と相成りました。

 ところがです! 翌日から左後頭部が激しく痛みだしたのです。

その痛みを表現すれば、頭の中で突然 「キャッ!!  ズキン ズキン!!」と稲妻がた走るのです。

 「先生! この痛みだけをなんとかして下さい!」

一日三回までの鎮痛剤にどれほど救われたことでしょう。 痛み止めが効いている間は日常生活は平静を取り戻します。

 後頭部の激痛は三日間で無くなりましたが、ピリピリ、ヒリヒリの疼痛は、左患部に定着し、発症してから一ヶ月あまりが経過しました。

 鎮痛剤が劇薬であることから、ストレスを起こさない程度に服用を次第に減らし、多少の痛みはあるものゝ、一日ごとに文字通り 「薄紙を剥がすように」 快方の手応えを感じます。

若年層ならもう治る頃でしょうが、後期高齢者は、もう少しの辛抱のようです。 願わくば、後遺症の 「帯状疱疹後神経痛」 にならぬよう願うのみです。

 今夜もゆっくりお風呂で温まりましょう。

     加齢とは悲しきものよ! シジミ汁

     疼痛を何に例えん春の雷

     春雷のたばしる痛み夜もすがら

     病む者に花の便りのうとましき

     外にも出よ! 桜便りを病むわれに

     未だ癒えぬ霞の中をさ迷へり

     ヘルペスの痛みを耐えて四月馬鹿

     薄紙をはがす痛みを花だより

     足かせの痛み融けゆく朧の夜

     疼痛の治まりゆくを桜餅

     投薬に我が身預けて名残花

     病む我を待たず桜の散りゆくを

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