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母を読む 自選自解 (二)

○ 母と居て

 平成11年4月、大腿骨骨折の母の看護には丁度仕事をリタイアしたばかりの私が当たり、 「もう一度この足で歩きたい!」 の懸命のリハビリで54日目に母は杖を付いての退院となりました。

 実家での已む無き事情で以来私と母の二人暮らしが始まったのでした。

 明治気質の母は、こちらが根負けする程リハビリには熱心でした。 朝食後と夕方の町内一周の散歩は、雨の日以外は私を急き立てるほど。

月二回の生涯学習の集いには、シルバーカーを押しての参加は欠かしたことも無いほどでした。 お供の私の方があおられるほどでした。

 その頃、私が趣味で始めた陶芸(粘土遊び)に興味を持った母は、朝の散歩から戻ると手ロクロの前に座り、夢中で粘土遊びに興じるようになりました。

たとえいびつでも、温もりのある ぐいのみ・小皿・小鉢など母ならではの小物雑器が二年程の間に相当の数となりました。

 幾種類かの釉薬で焼き上げ、窯から出したばかりのまだ温かい いびつな小物たちを一つひとつ手に取って目を輝かせ眺めていた母。  幾種類かの雑器を組み合わせては袋に詰めて、シルバーカーでお友達へお配りしては、はにかみながらも得意顔の母の姿が懐かしく思い出されます。

      母と居て遥かに日脚の伸びし山

      母と居て陶土と遊ぶ青葉光

      母の手の陶土化身の薄暑かな

      豆飯や母手びねりのいびつ皿

      作陶や日永楽しむ老母娘

      母在れば七十路のわれに春動く

      八つ切りの母の喜ぶ富有柿

      母のもと春七草を刻む音

      老い母と静かに暮らす松の内

      大き鍋母の好物栗きんとん

      葛ざくら母の笑顔を見て足れり

      半夏生母は一途に毛糸編む

      浮草や母の繰り言さからはず

      籐椅子に深々母の寝息かな

      シャクナゲを愛でる小さき母の背ナ

      野菊咲く母の手を取り不動道

      草虱取りつ取られつ母と行く

      秋日和一つ日傘に母と在り

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