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ロシア世界遺産の旅 ~9~

 工業美術学校の友人 山室政子に誘われて正教会を訪れ ニコライ大主教の人柄に傾倒し、入信したのです。 ニコライ主教の手立てで、 山室政子の結婚の為に代わって りんはロシアへ留学する事となったのでした。

 山下りん23才の冬、明治13年12月11日横浜に趣き一泊、翌日船に乗り込み、香港 サイゴン シンガポール各地を寄港しながら、紅海を北上しスエズ運河を抜け、ポートサイドへ。 アレキサンドリアで船を乗り換え、トルコのイズミールに寄り、イスタンブールでボスフォラス海峡の雪景色を眺め黒海に入り、ついに目的の港オデッサに翌年1月30日にたどり着いたと云う事です。

ペテルブルグへは3月10日に到着して、 (前庭にチャイコフスキーの白鳥の湖の発想の舞台となった大きな池のある) ノヴォデーヴィッチ女子修道院に入りました。

 これまでの船旅は容易な事ではなかったようで、彼女の為の客室は用意されては無く、食事も上等客の残り物を与えられ、2~3日は食事にも有り付けない事も何度かあったようです。

 ペテルブルグの宿に着いた時大きな銃声を聞き、いま通ってきた道で、ロシア皇帝アレクサンドル2世が暗殺された事を聞かされた とあります。

現在 「血の上の教会」 として建っている場所ですが、 「血の上の教会」の事は、今回の旅で足を止め、その威容誇る姿をこの目に映してきましたので、後に画像でお示しの予定です。

Mosya1  ノヴォデーヴィッチ女子修道院で、イコン画を学ぶ事になり、やがてエルミタージュで絵の模写を始めたりんは、以前より西欧の宗教画を描いていた事で、支障は無かったようですが、その頃のロシアで高まってきた 国民主義とギリシャから伝わった奥行き感の無い平面的な伝統的なイコンを尊重するようになっていた為に、りんの行動は修道院の人たちからは受け入れられては貰えず、エルミタージュ行きも禁止されていまうのでした。

Maria  イコン画を学ぶためにロシア留学の筈が、宗教の認識不足から周囲との亀裂が生じ、精神的苦痛をなめ、異国で孤立して強いはずのりんはさすがに、進退きわまり、1883年(明治16年) 5年の留学予定を2年で帰国せざるを得なくなったようです。

                                          ~つづく~

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コメント

ぽち様
三月に横浜を出港 翌年三月漸く目的地に
到着 今ではとても考えられないご苦労を
重ね やっとイコン画を学ぶ事になったのに
五年の留学を二年にして 止む無く帰国されたとは
どんなにか無念だったことでしょうね。早く
彼女の画を見てみたい衝動にかられます。   

投稿: ふじ子 | 2007年12月13日 (木) 20時44分

 ♪ ふじ子さま
日本~モスクワまで飛行機なら10時間で一っ飛び、美味しい機内食のサービスで快適な旅を楽しめる現在。 3ヶ月もの船旅に、しかも客室も満足な食事も無い「りん」さんの絵に寄せる気魄には驚くばかりです。 ~9~の2点は、彼女がエルミタージュで模写したものです。

投稿: ぽち | 2007年12月14日 (金) 09時50分

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