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2007年11月

ロシア世界遺産の旅 ~6~

 ○ スズダリ  クレムリン

Suzudariseiboseitanjpg  聖地スズダリの中心的存在のクレムリン

11世紀、三方をカメンカ川が囲む天然の要塞が築かれ、金色の星をちりばめた 聖母生誕大聖堂が際立ちます。

 12の塔と、城壁に守られた砦のような修道院 「スパソ・エフフィミエフ修道院」 では、折よく11時 ドイツ鐘つきコンクールで優勝したと云われる美しい鐘の音が響き渡り、心の底まで清められた思いで聞き惚れたのでした。

Sirakabekane    大聖堂鐘の音涼気下しけり

   炎帝に響く男声宗教歌

 心揺さぶる男声コーラスの宗教歌に思わず感涙しました。

 修道院のロビーで求めた、荘厳な鐘の音、余韻を保ち やがて間合いも無く激しく響きわたる24打の美しい和音と、異教徒の私の心を大きく揺さぶる男声コーラスの宗教歌を収録したCDは、帰国したその日から毎日のように私の心に響きわたっております。

 聖母マリア生誕に捧げる クレムリン・ロジェストヴェンスキー寺院の周辺の草原は、遥か地平線を望む程 夢のように美しく広い!!

 昼食は修道院内の食堂で、キノコのスープ、牛肉の壺焼き料理、蜂蜜のパンケーキをいただき、スズダリからモスクワまでの204km 4時間のバスの旅の後は、白夜の夜行寝台列車で8時間の ノヴゴロドへの旅の始まりです。

 ロシアの鉄道でユニークなことは、終着駅の地名が出発駅の名前になる事と、長距離列車は改札が無いので、直接プラットホームへ進むという、私たち日本人には考えられない事でした。

 21時50分発 モスクワの驚くほど広大な駅、大衆に飲み込まれそうになりながら、夜行寝台列車のコンパーメントタイプに乗り込んだのでした。

(大きな声では言えませんが、洗面・トイレは糸筋ほどの水で、洗顔もままならず、日本の終戦直後当時を思い出し、大国ロシアの内面をちょっぴり覗いたようでした。)

        寝台車広野を白夜の夢を乗せ

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ロシア世界遺産の旅 ~5~

○ スズダリ 

 モスクワからスズダリまでの222kmは、ロシアを象徴する白樺の林がどこまでも続き、広大なロシアを彷彿とさせます。

Pirosiki2  スズダリに着いた私たちはその日の夕食は、画家のアロフさんの家庭料理を御馳走になりました。

地元の新鮮な野菜をふんだんに、歯触りのいいピクルスにローストされたお肉、ボルシチスープ、何より美味しかったのは、狐色に色よく焼けたピロシキは絶品でした。

        もてなしのピロシキ美味し夏館

 一般家庭のロシア料理に舌鼓を打ちながら、ご主人の描く絵画を愛で、10歳前後の姉弟のピアノと、唱歌も可愛らしく私たち異国の客人を癒してくれたのでした。

Arof  この 「山羊」 の油絵はご主人のアロフさんの作品で、

額縁ともで 1400ルーブル で旅の思い出となりました。

  中世のお伽の国、のどかな風景が広がるスズダリは、モスクワから北東へ222kmの処にある、不思議な街で、のどかな田園地帯には、50もの古い修道院や教会が点在し、人口約1万人余りの古きロシアの原風景が懐かしさをおぼえます。

 スズダリの宿は、広大な森の中の2階建ての落ち着いたホテルで、窓越しに小リスがちょろちょろと小走りに見え隠れする、絵本の世界です。

 ホテルの広大な前庭には夏の草花がいっぱいに咲き乱れ、空気は美味しいし、白夜の肌寒い朝に思わず深呼吸を、、、、、

       スズダリの肌寒きほどの大夏野

       百草の透く涼しさに佇づめり

       ホテル前庭見遥かすなりお花畑

       朝まだき先づは夏野に深呼吸

       森の宿小リスさ迷ふ白夜かな

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ロシア世界遺産の旅 ~4~

○ 「黄金の環」 観光

 モスクワの北東部に、首飾りが円を描くように9~15世紀に建てられた古都が点在する 「黄金の環」 と呼ばれるエリアを見学しました。

多くの金色に輝く教会をシンボルとして、又、ロシア正教の聖地として栄えた今も中世の面影を残す街並みは、私たち観光客をロシアへと誘ってくれます。

 ○ ウスペンスキー寺院

 12世紀後半から、石灰岩を用いて建設されたヴラジミールを代表する大修道院の中央部にある ウスペンスキー寺院は1584年イワン雷帝の命によりモスクワの大聖堂に模して造られました。 天才画家アンドレイ・ルブリョフが描いたイコンのある三位一体教会です。   1993年に世界遺産に登録されました。

 ○ 黄金の門

Ougonnomon  12世紀に首都を防衛するために築かれ、数々の戦火が交錯した歴史的な門です。

 Kodatikanetikidoujpg_2         

       

       

       

       緑陰に折よき鐘の音響く

       天に響く大聖堂の鐘涼し

        宗教歌響き心に水を打つ

        蠟涙の灯影涼しき宗教歌

        堂に響く男声コーラス夏深し

 ウスペンスキー寺院クレムリンの中には黄金の屋根が際立ち、天にも響きわたる鐘の音にしばし旅の疲れも癒されます。

 蠟涙垂れる仄暗い灯影、荘厳な男声コーラスが心の底に響き、知らずじらず涙ぐんで仕舞うほどでした。

       紺碧の夏天貫く火炎屋根

        黄金の葱坊主屋根夏長ける

       炎ゆる日を黄金の塔跳ね返す

 黄金の葱坊主屋根が美しい石灰岩建築の傑作が点在する 「黄金の環」。

トルストイが 「母なる街」 と呼ぶ、まさに母なる大地です

       金色の母なる大地へ大西日

        

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ロシア世界遺産の旅 ~3~

 ○ モスクワ市内観光 ~その後~

 ○ ノヴォデーヴィッチ修道院

 ゴーゴリ、チェーフォフなど多くの著名人が眠る 「ノヴォデーヴィッチ修道院」 のお庭には菩提樹の木々が多く、中には珍しい 鮮やかな「斑入り」 の菩提樹があちこちに真夏の太陽の光をうけて輝いておりました。

Bodaijyu   私には斑入りの菩提樹は大変珍しく、思わずカメラに収めました

    菩提樹の斑入りの茂り仰ぎ見る

 もとは尼僧の修道院であったと云われるこの修道院の敷地内には、美しい池があり、ここで泳ぐ白鳥を見て、チャイコフスキーは、あの有名な 「白鳥の湖」 を作曲したとも伝えられている事を ガイドのアラーさんから聞いた時には、改めて格別な感慨をもってカメラに収めたのでした。

Hakutyouike  私のシャッターチャンスをよーくご覧ください。

偶然にも空には白鳥らしい大きな鳥が飛んでいるではありませんか!! 水面には修道院の塔が揺らぎ、水鳥まで、、、

まさにチャイコフスキーの世界です。

この画像は、パソコンのデスクトップの背景にして、パソコンを起動する度に思いを馳せております。

        鴨涼し水面に白き塔揺らぎ

        万緑や水面かぎろふ白鳥湖

 ○ クレムリン内 「武器庫」

 歴代の皇帝が収集した王冠、宝飾品の数々を展示する博物館。

「武器庫」 という物々しい館と思いきや、戴冠式で使われた モノマフの王冠、エカテリーナ二世の黄金の馬車、20世紀初頭の精巧なオルゴール、絢爛豪華なドレスなど、ロシアの真髄を目の当たりにした私たちは、溜息しきりでした。

 クレムリンは、1703年まで帝政ロシアの王朝府、ロシア革命後は、ソ連最高会議場として用いられ、ソ連政権の代名詞となった建物で、モスクワで一番の観光名所となっているのだそうです。

 武器庫内はセキュリティーが厳しく、写真撮影は禁止。貴重品、ガイド用のレシーバー以外の持ち込みは一切禁止され、残念ながら画像はありません。

        眼福の「武器庫」の宝飾夏の外

                                                                                             

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ロシア世界遺産の旅 ~2~

  ○ 高度1万

 まだ見ぬロシアに思いを馳せながら、いよいよ機上の人となりました。

機内サービスの梅酒のオンザロックが美味で、ふだん呑めない私もお変わりまでしてしまうほど!

 眼下はびっしりと厚い雲海、 空の上に空が展ける!

       梅酒にほろ酔ひ機上の人となる

       機窓より手に捕るほどに夏の雲

       雲海の上に無限の空展け

       雲海の下はウラルか機上ナビ

       雲海に陽の跳ね返へり空へ空

  ○ モスクワ入国審査

 成田~モスクワ間  約10時間の直行便

やっと降り立ったロシア! モスクワ入国審査は遅々として進まず、2時間以上も滴る汗を拭いながら、旅行者は皆ひたすら忍耐強く長い列に続くのです。

 これはこの国の常識なのです。

       間延びせる入国審査や汗の列

  ○ モスクワ市内観光  ~その1~

 世界遺産モスクワ市内観光の初日は、当然のことながら、モスクワの歴史を語る 「美しき広場」 と云われる 「赤の広場」 は、クレムリン城壁に面する長方形の 7万3000平方メートルの広場です。

Reninbyojpg  広々とした「赤の広場」に 赤レンガの城壁に囲まれた 革命の父が眠る 「レーニン廟」。

  

Seiwasirijiinjpg   イワン雷帝が建てたと云われる葱坊主の鮮やかな色彩の

「聖ワシリー寺院」など ロシア最大の名所を見学。

「赤の広場」とは」美しきこと夏盛ん

         炎天の警備も堅きレーニン廟

         炎昼へ極彩の塔そそり立つ 

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ロシア世界遺産の旅 ~1~

Matoryosika2  2006年7月旅友8人でロシア世界遺産の旅をしました。

 ひとくちにロシアと云っても 私たち日本人には考えられない程の広大な国土の中、地図で示せばほんの点ほどの地域の旅でした。

 昭和一桁生まれの私にとって、ロシアはちょっと暗いイメージもありましたが、終戦直後 初めて観たロシアの (当時はソビエト) 総天然色映画、タイトルは定かではありませんが  「バイカル湖の辺りで」  だったと思います。     美しいロシアの風景もふんだんに、人間模様も明るく 大変なカルチャーショックを受けた事が記憶に残っております。

 日本の隣国でありながら、ヨーロッパでもアジアでもない広大なロシア!。

ロマノフ王朝の栄華、文学と芸術に彩られた都、白夜の興奮、、、に触れる前に、ロシアのプロフィールを簡単に記してみました。

*国名  ロシア連邦

*面積  約1707万5千平方キロメートル 

                 (日本の45倍)

      日本の国土面積は約38万平方キロメートル

*人口  約1億4千万人 (2006年推定)

   日本の人口約1憶3千万人 (ロシアとほぼ同じ)

*言語  公用語はロシア語、多くの民族が独自の言語を使用

*首相  ウラジミール・プーチン大統領 (2007年11月現)

*宗教  主にロシア正教、カトリック、仏教、イスラム教、ユダヤ教

*首都  モスクワ

*国際電話国番号  7

*民族構成  ロシア人が80%以上を占め、タタール人、ウクライナ人、チュ バ シ人 、パシキール人、など160以上の民族居住

*通貨  ロシア・ルーブル (RUB)

              補助通貨はコペイカ

             1ルーブル=100コペイカ ,

             1ルーブル=日本円で4円

*時差  日本との時差は6時間 (サマータイム期間は5時間)

 さぁ! いよいよ成田からモスクワ直行便 約10時間の旅の始まりです。

       虫除けのスプレー入れて旅かばん

       髪染めて明日は渡航よ!半夏生

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パンにも美味しい「梅びしお」

 カリッと焼いたトーストに 「梅びしお」 の程よい酸味が口いっぱいに広がって、私の一日が始まります。

 十年ほど前、母の介護が始まる頃から、明治生まれの母にしては珍しく、朝はパン食にして欲しいという事で、以来母亡きあとも朝はパン食という習慣が続いております。

 母は大の梅干し好きで、毎食梅干しは欠かせませんでした。私の作る 「梅びしお」 をトーストに塗ったのが病み付きで、以来私も朝食の定番となりました。

 通常見掛ける 「梅干しジャム」 のレシピには、梅干しをたっぷりの水に漬け2~3日塩抜きをし、毎日2~3回位水を変えて、、、とありますが、私は最近流行りの塩分控えめ8%程度の紀州南高梅のそれも形の崩れた安価なもので作ります。

 ① 種を外し、ペースト状に包丁で細かく叩いた梅肉を

 ② ステンレスかホーロー鍋に梅肉の量の40%のグラニュー糖を加えてよく混ぜ合わせ

 ③ 木べらで焦がさないように混ぜながらフツツツ煮詰めれば出来上がり

 ※ 何よりも面倒な塩抜きなどする事も無く、簡単で いゝ塩梅 の「梅びしお」 の出来上がりです。

   密閉容器で半年間楽しめます。

 食パンにバターと 「梅びしお」 を塗って、とろけるチーズをのせオーブントースターで焼きます。 カボチャ、ブロッコリなどの温野菜とトマト、ビネガー入りの牛乳、炒り大豆30粒、炒りアーモンド5粒、干しいちじく1個と昆布茶が私の定番の朝食です。

 Umebisio2            とんとんと梅肉刻む宵の秋

   霜月やふつふつ煮詰め梅びしお

   天高し塞馬も肥ゆる梅びしお

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錦秋の上高地散策!

 10月末日、思いがけず今年は遅めの紅葉と、この秋一番の好天に恵まれて 彩りも美しい上高地を堪能しました。

 旅友15名のお仲間に入れていただき、白骨温泉の翌日は、当初の計画は、爽快に乗鞍スカイラインより、雲上の世界を満喫する筈が、積雪のため已む無く上高地の散策となりました。 、、、が、むしろ最高の景色を楽しむことができました。

 上高地の雰囲気を最も手軽に楽しむ事が出来る 大正池から河童橋までの梓川右岸のコースを、昭和一桁生まれの15名の足取りも軽く、カラマツの落ち葉を踏みしめ、心地よい梓川のせせらぎを右手に聞きながら、程よい散策となりました。  行く秋を筆舌には尽くし難く、やはりここは拙いながらも 五・七・五で表現することにしました。

5   九十九折れ車窓のもみじ七重八重

   焼岳の錦の裳裾昼の月

   噴煙の焼岳秋光を集めをり

Photo    峰々の裳裾の錦水鏡

   秋冷の青き陽を溜め池の面

Kamo_2   

   

                朝靄を先陣の鴨渡り来し

        焼岳の影逆しまに鴨の澪

            滑りゆく蒼き水面をつがい鴨

Weston02    蔦紅葉ウエストン碑の光ゲに触れ

  散りもみじ雨後に和らぐ陽のひかり

   白樺の秋日織り込む遊歩道

Akaiyane    赤屋根のホテル熊笹露の間に

   熊笹の露光り合ふ遊歩道

   

  カラマツのセピアの落ち葉踏みしめて

            遊歩道足裏に温き落ち葉かな

Kappabashi05_2    きらきらと紅葉吸ひゐる梓川

   冠雪の穂高を映し梓川

   河童橋へ落ち葉踏みわけ川瀬音

             中天に初冠雪の穂高かな

Kannsetuhodaka    

        もみじ旅夫を送りて半世紀

    冠雪の穂高へ命眞向へば     

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白衣高血圧

 三年前、母の介護が終わり、いよいよ自分自身の健康管理をしなければ、、、と八年ぶりに健康診断をしていただきました。

 変な了見の私は、母の介護中は自分の事は何とか大丈夫とばかり、なまじ診断を受けたばかりに、仮令小さな異常でも見つかっては、母を置いて病院通いもままならず、まぁいいでしょう! とタカを括っておりました。

 母を送るまでは、老々介護もあって、だいぶ小さくなった母でもずっしり重く、わたし独りの介護は、けっこう身に堪えきれず、何度か腰痛に苦しんだ事もありましたが、気の張りもあってか風邪ひとつ引かずに済みました。

 八年ぶりの健康診断の結果は、特に異常はみられずほっといたしましたが、以外にも高めの血圧に少々の不安を覚えました。

、、、でも、可笑しいのです。家ではいつも正常値をしめしているのですから、、。

 以来28日ごとの診断日には、決まって血圧だけは高めを示しているのです。

 ある日、自宅用のデジタル血圧計を持参して、主治医先生の水銀血圧計と同時に 「ヨーイ ドン!」 と測ってみました。 やはり先生の前では、私のデジタルも、先生の水銀と同様の高値を示しているのでした。

Hakui_3 どうやら私は 「白衣高血圧」 のようです。

人体のデリケートな一面を表す現象らしく、楽天的な性格の私も意外なところで気の小さな面もあるものよ! と今更ながら再認識をいたしました。

 白衣高血圧は、外来患者の20%と云われているそうで、私の場合は、独り暮らしの気ままな生活から、心身の活動や環境から血圧は微妙に変化はするものゝ、家での測定は決まって正常値をしめしているのです。

  「白衣高血圧は、血圧が正常化する事もあり得ますが、逆に高血圧に進展する一段階である場合もあるようです。 また、中性脂肪やコレステロール値が正常血圧の人よりも高いという結果もあるようです。  家での測定が基本数値ですから余り気になさらずに、、、。」    と主治医先生から優しく諭されたのでした。

 私はすかさず 「先生! 私の診察はジャージー姿でお願いします。 それも色柄のあるのでね!」

 以来多少の食改善と、とにかく歩くことに専念して、今のところ家庭での血圧は正常値、先生の前では高めを推移しております。

      血圧の白衣に揺らぐ秋の風

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