« 28年目のカレンダー~続~ | トップページ | 白衣高血圧 »

究極の和生菓子職人の言葉

Yokan2_3  「和生菓子の究極は羊羹にあるとの事ですが、現在羊羹の名工が少なくなり、また大量生産の勃興などで昔ながらの影が薄れました。  最高の料理、菓子その他のものでも奥には驚くほどの苦心が原料、技術、道具などに払われております。

 時代錯誤的に非能率な小鍋を使用しておりますことからお察しいただけると思います。」

 和生菓子を作る上の究極の奥儀を、淡々とした口調で語る白髪の和生菓子職人の事をいま 殊更にしみじみと思い出しております。

 二十二年前(1985年)5月のこと、東京武蔵野市吉祥寺に当時僅か一坪程の売り場面積に 究極の羊羹を求める人が早朝から列を作るという、その名工に直々お目にかかり、幾多の失敗と、想像を絶する苦労を重ねて、行列のできる羊羹屋さんになるまでを 私に語って下さった一つひとつの言葉をいま改めて思い起こしております。

Ozasa  非能率的の小鍋に 高価な木炭を使い、一釜三升の小豆で五十本、一日三釜で〆て百五十本。 お一人様五本まで、つまり一日の販売百五十本の羊羹を求める三十人が 我先にと早朝から列をなすのです。

 「『名物にうまいもの無し』  のうたい文句にあるように、初代は並々ならぬ苦労を重ね土地の名物に仕立て上げながらも、二代目、三代目には初代の苦労にアグラをかき、大量生産に躍り、おごり、誇る!!  人間をダメにするのは、おごりの心と、金への執着です。 わたしは人生において何が最も自分に満足出来るか?の信念で羊羹を作っております。」

 初代亡きあと十余年経つ現在もこの味を、この商法を今に伝えているあのお店が今もそこにあるのです。

   アゝ~!  この尊い話を、霊験あらたかな伊勢神宮詣での土産物屋に聞かせたい!!

|

« 28年目のカレンダー~続~ | トップページ | 白衣高血圧 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ぽち様
究極の羊羹 一度是非味わってみたいものです。
こんな素晴らしい和菓子職人が いらっしゃる
なんて 日本もまだまだ捨てたものでは
ありませんね。

投稿: ふじ子 | 2007年10月29日 (月) 21時28分

 ♪ ふじ子さま
私はこの羊羹を「幻の羊羹」と呼んでおります。
22年前にお目にかかった翁は、11年前に他界されましたが、2代目がしっかりと受け継いでいらっしゃいます。 チャンスがあればもう一度!!
 小豆の風味、のどごしの優しさ甘味の柔らかさ、、、 もうたまりません!!

投稿: ぽち | 2007年10月30日 (火) 06時19分

今の時期に、本当にいいお話をありがとうございました。
ぽちさんが、「このかただ!」と思ったかたに即、取材?!してしまうバイタリティ 憧れます!

投稿: ゆーこりん | 2007年11月 3日 (土) 06時51分

 ♪ ゆーこりん さま
究極の和生菓子職人のお話は22年前の事、その巨匠が亡くなって11年経ち、その信念を2代目がしっかり守り継いでいらっしゃる。私はこの現実にも感動しております。

投稿: ぽち | 2007年11月 3日 (土) 08時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/213648/16907370

この記事へのトラックバック一覧です: 究極の和生菓子職人の言葉:

« 28年目のカレンダー~続~ | トップページ | 白衣高血圧 »