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2007年9月

作品集ー9

 茶香炉への挑戦

 Dc020907           ある日デパートの陶器売り場で当時一種のブームと云われた 「茶香炉」 を目にした時、その機能はよいとしても、もう少し洒落たと云うか夢のある 「茶香炉」 を、、、、、と、少しばかり陶芸をかじった折角のチャンスに、早速取り組んで見ることにしました。

、、、とは言え、今の私の技量では、思いのほか難しく、粘土のもろさ、乾燥度、欲張って透かしを彫りぬくテクニックなど、まだ教えを頂いた事も無く、試行錯誤の取り組みでした。

 通常透かしの彫り抜きは、専用の電気ドリルで彫るのですが、これと云った道具も知識もないまゝ、先の尖ったカッターナイフで、何度となく失敗を繰り返しながら、何と無く形らしくなり、やっと 「My Tyakouro」 が私なりにできあがりました。

Tyakouro1  形、釉薬の噴霧掛けなど、まだまだ未熟ながら透かし彫りの魅力にとりつかれ、挑戦できた事は楽しみのひとつとして、有難い経験でした。

  いつしか彩とりどりの 「茶香炉」たちが勢ぞろいしました。

Tyakouro_tomosibi  ※ 平型ローソクを灯し、上皿に茶葉を炊き、仄かな香りを楽しみます。

 ※ 上皿を取り除き、お香をくゆらせ、癒しに、、、

※ たっぷりの水を含ませたオアシスに季節の草花を挿して「花入れ」に、、

Syuukaidou   陶透かし彫る一心に夜の秋

  野分立つ陶土の脆さうべなふも

  透かし彫りの刃先の光る土の冷え

   、

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作品集ー8

 こうして私たち母と娘は、ふたりして童心に還り, 焼き上がったどれもこれも歪の小さな器たちに、とろりと甘いインゲン豆、野菜の煮っ転がし、玉子焼きなど、母の好物を小分けに盛って、ままごとの様に食卓を賑わせたのでした。

 籐椅子に深々腰を掛けて、もはや形にもならない編み物に無心に興じる老母を見遣りながら、私の陶芸遊びが始まりました。

  敗者復活の小物たち

        作陶の敗者復活下萌ゆる

 Ottokun           難しかった 「とっくり」 作りの工程で、完成間際に失敗してしまった瞬間から、面白い花入れとなって生き返った代物です。   口の部分を思い切ってすぼめたり、目の部分を丸く開けたりして遊んでいるうちに、何やら 「オットセイ・イノシシ」にも見えてきました。 私の遊びごころから生まれました。 釉薬は 「そば釉」 です。

 Tokurikobati          

    「とっくり」 として会心の作、と思いきや!

僅かな傷をカバーするために、 これも思い切って縦ふたつに切り分けて小鉢に早変わりしました。

「黒天目」 の釉薬で品格ある作品と自負しております。

  お正月の食卓に出番が多いです。

      沖なますの自慢は天目向付け

      しら玉やこの世にひとついびつ皿

      とっくりの小鉢めでたき切山椒

         

         

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おばあちゃんは俄か陶芸家? ~完~

 在宅での老々介護の気分転換に、独り善がり かも知れませんが何とか独創的な作陶を模索しておりました。

介護の合間に母は手ロクロ、私は電動ロクロに向って二人して思い思いの粘土遊びを楽しんだことは、姉妹の多い中で唯一私だけの特権でもあったことは、母亡き今では最高の思い出となりました。

        母と居て陶土と遊ぶ青葉光

        母の手の陶土化身の薄暑かな

        作陶や日永楽しむ老母娘

 狭い我が家の片隅に 「マイコン電気窯」を設えたのもちょうどその頃です。

 100gの粘土でどれもこれも吹き出してしまいそうな母の ぐい呑み、豆小鉢、ミニ皿に、さて!どんな釉薬を掛けましょうか?。 と母に問いかけながら、素焼をし、サンドペーパーで表面を整えて、鉄赤釉・天然土灰釉・織部釉・蕎麦釉などとりどりの彩を楽しむことにしました。

 窯出しの朝、予想以上の出来栄えに、(母はそう思ったようです) 子供のように眼を輝かせ、まだ温もりの残る自分の作品を、いとおしむ様に胸に押し頂く母の姿に、安堵の胸を撫で下ろしたのでした。

        窯出しや母は活き活き春光に

        清明や色よく焼けし陶雑器

 Hahanosakuhin

 500個 もの彩とりどりの母手び練りの小作品は、4~5個をセットにして、親戚縁者、友人知人、ご近所に母は自らシルバーカーを押してのお配りを果たしたのでした。

 面映ゆくも得意満面の母の姿  思い出の一コマとなりました。

        母は自作を友に配りて日のうらヽ

        豆飯や母の手び練りいびつ皿

    奇しくも今日9月17日は、母の三回忌です。

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おばあちゃんは俄か陶芸家?

 2000年 平成12年 90歳の母はその前年に大腿骨骨折の治療、リハビリも無事に終えて私の介護の許で余生を送ることとなりました。

体力の衰えに加え 認知症の兆しも顕著になって、好きな編み物も儘ならなくなった2002年、母92歳の春、私の作陶練習の傍ら 母も粘土遊びを楽しむようになりました。

 はじめは恐る恐る粘土を丸めたり、のばしたりするのみで、母にはちょっと無理かしら? と危惧しておりましたが、次第に土の感触を掴めたらしく、手ロクロをゆるやかに廻しながら 100gほどの粘土で小さな雑器を作り始めたのでした。

 一塊の粘土がなんとか形になるまでには、小半時もかかりましたが、じっくりと構えてのその姿に 「まるで陶芸家みたい!!」 と傍らでおだてられて、得意満面の母は、見違えるようにあかるい表情を見せるのでした。

 Tougeika

 毎朝私の腕につかまっての散歩から戻ると、自分で前掛けを〆たり、腕カバーをはめて粘土遊びの準備をし、ロクロの前に座り家事に忙しい私を促して粘土をねだるのでした。

湿らせたタオルに100gの粘土4個を大事そうに、ロクロの前にどっかりと腰を下し ひたすら作陶に励むのです。

こんな時の母は、真剣そのもの。 92歳の俄か陶芸家?の一日が始まるのでした。

       作陶の老母は一途よ蝉しぐれ

       母の手の陶土自在に春動く

       作陶の無心の母よ春日和

       春萌す老母は俄か陶芸家

       興尽きぬ作陶母の手の温し

 ふたつとして同じものが無いほど歪な 母の手び練りで、春、夏、秋の間に500個ほどの雑器が所狭しと並びました。

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作品集-7

 轆轤コース最初の課題は 「ぐい呑み」 で、口径5cmほどの小品です。

教室では先生の手ほどきと、先輩諸氏の手取り足とりのサポートを受け、ひたすら基礎的知識のご指導をいただき、後は家での練習です。

 家での練習も、あたり一面泥だらけにしながら、挽いては潰し、思い直しては挽いての練習を重ね、なんとかさまになったであろう 作品を携えて受講日に先生のお目通しを頂くのですが、中々合格点はいただけません。

先生のお目に通らない駄ものは その場でパチン!と壊されたりもするのです。

 「ア、、、、、! 折角苦労して挽いたのに! なんということを、、、、!」

自分なりの自信作? が無残な姿に、、、、、!!

 こうして何週も何週も合格点を頂くまで、練習を繰り返してはお教室に運ぶのです。 壊れやすい粘土細工を運ぶのに役に立ったのが、あの 「パッチワーク・キルト」の bag なのです。

 こんな雰囲気と先生の真剣なご指導で、先生のお目に適えば、次の課題へ進めるのですから、真剣にならざるをえません。

 努力しだいで 「ぐい呑み」、「井戸茶碗」、「とっくり」、「杓立て」、、、へと次第に難しくなりますが、悪戦苦闘の中にも面白さ、楽しさもあり、格別の体験でした。

 井戸茶碗

Idotyawan12_2  朝鮮の抹茶茶碗の一種で、古来茶人に珍重されたと聞きました。 

この井戸茶碗は、苦労を重ねた私の自慢?作品のひとつです。

土は、信楽並濾75%、信楽赤土25%   380g で挽きました。

口径15cm、 全高8.5cm、 高台0.7cm  釉薬は 「そば」

       釉掛けて仰ぐ虚空や梅雨の明け

       釉薬や異彩あまねし夕焼け空

       窯の火を落として聞こゆ蝉しぐれ

       一服のひね茶を汲むや志野茶碗

 とっく

 Tokkuri12_2

 400gの粘土 高さ15cm

そば、黒天目、鉄赤  の釉薬です。

 とにかく とっくりとか 壺のような 「袋もの」は、ロクロ初心者には骨が折れます。  ここに至るまでの 「集中力」と 「忍耐力」 に人生を学んだような気もいたします。

 次の課題 「杓立て」 (800gの粘土使用) に昇格したとき、とうとう已む無き事情で 陶芸教室を辞める事となったのです。

          

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作品集-6

 陶芸教室「轆轤クラス」でロクロのイロハを習得するには、あまりにも齢人の私にとって5年、8年先輩諸氏の和気あいあいの雰囲気でしたが、講師先生の眼差しはそれはそれは厳しいものがありました。

 4台の電動ロクロを10数人交替で練習するのですが、目前には厳しい先生の目があるし、周囲には先輩諸氏が野次馬根性で見守って?くれているし、そんな雰囲気の中でおもむろにロクロに向かうのですが、ロクロの芯は中々決まらず、ロクロの回転に振り回され、、軟らかい粘土は忽ちヘナヘナと崩れ、見るも無残な姿となるのです。そんな最中でさえ先生の厳しい声が飛び、先輩諸氏の声援が降り注いでくるのです。

        薫風を誘いろくろをひた廻す

        ろくろ挽く手ぶればかりや梅雨に入る

        ろくろ挽く芯定まらぬ夕薄暑

  先生には内緒の作品

Konohasara  

 気弱になる私は、厳しい目を逃れて息抜きの時間には轆轤場から離れ、平らに延ばした粘土板(タタラづくり) に木ノ葉を型押して、20cmほどの皿などを作って楽しんだこともありました。

 「天然土灰釉薬」に「織部釉」を掛けて焼成したものです。

初めてにしては中々の出来栄えと自負しています。

         手び練りの葉皿に山の錦かな

Aisukurimu11  この高台付きのカップは、ロクロを挽き始めた頃の自由作品で、ロクロに振り廻されて 「あれよ! あれよ!」と云う間に何と無く出来た代物です。 記念として残しました。

今ではヨーグルト・アイスクリームなどいただく時に愛用しております。

Dobaikobati  ロクロ挽きが少し面白くなって、茶碗・皿・小鉢など気の向くままに、自宅で練習したものです。

粒子の細かい「スイヒ土」で、「天然土灰釉」を掛けて、好みの色に焼き上がった時は私なりに満足した作品? で、デジカメに収めました。

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作品集-5

 半年間の初心者コースを習得してめでたく修了証書をいただきました。

その後は 「手び練りクラス」 と 「轆轤(ロクロ)クラス」のスキルアップの各クラスに分かれるのですが、私は念願の「轆轤クラス」へ進みました。

 轆轤クラスには既に5年~8年のベテラン先輩の居並ぶ中に期待と不安を抱えてのお仲間入りとなりました。

 焼き物の成形技術の中で、まさに花形といえるのが轆轤成形です。

これを習得すれば成形の楽しさはぐーんと広がるはずです。

 「土練り三年 ロクロ十年」 という言葉通り轆轤は習得に年数のかかる技術のようです。  粘土の 「菊練り」が上手に出来てはじめてロクロへ挑戦できるという事のようです。

Nendo_2  ロクロの基本は 「土ごろし」で、まず芯を保つことが大切です。

ロクロの中心に十分に練り上げた粘土の塊を置いて、手に水を付けながら粘土を両手で挟み、ロクロの回転をやや上げて上下に締める操作を何度か繰り返し、芯が決まり練った時の土の癖が無くなったらいよいよロクロ挽きの成形に入るのです。

Tuborokuro  、、、、、が、言うは易く行うは難し   ロクロの回転に振り回されて、芯も中々決まらず、髪振り乱し、顔にまで泥を跳ね上げ悪戦苦闘のロクロへの初挑戦でした。

        

        

             陶土冴え轆轤挽く手に湯気一縷

      轆轤挽くまなこ一点寒の入り

      余寒なほ革命めきて轆轤挽く

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