中秋の名月回想

平成30年 今年の中秋の名月は9月24日月曜日です。
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この写真は2011年9月12日の名月です。

 「中秋の名月」とは、陰暦の8月15日の月のことで、農事の行事と結びつき「芋名月」とも呼んでいます。

名月と云えば満月と思われますが、今年の満月は翌日9月25日で名月は必ずしも満月ではありません。

満月は地球から見て、月と太陽が反対方向になった瞬間の月のことを指して今年は9月25日真夜中11時52分に満月の瞬間が見られるそうです。

 ついでに、陰暦9月13日の夜を十三夜と云いますが、今年は10月21日に当たり「豆名月」とか「栗名月」とも云います。

 先日、アメリカの宇宙開発ベンチャースペースXが2023年に一人の日本人が月の周囲を飛行する宇宙旅行の契約を結んだニュースがありました。

 名月をとってくれろと泣く子かな   
                                  小林一茶

 富士山は遠くに眺めるが良し、と云われるように月は地球上から眺め慈しみ、想像し、お月さまを信仰の対象にして収穫に感謝するという日本人のお月さまに対する親しみ方のほうが私個人的には好きです。

9月24日は曇りや雨マーク優先の天気予報で、どうやら今年の中秋の名月は期待できそうもありません。

7年前(2011年)亡母七回忌法要を済ませた宵 吐月峰柴屋寺での中秋の名月を愛でる「月見の会」が彷彿と蘇ってまいりました。
天下に名の知れた名園で仰いだ名月。
幽玄の世界に浸り至福を得た宵でもありました。

 平成23年9月12日は中秋の名月でした。
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 静岡市丸子泉ケ谷にある吐月峰柴屋寺は、
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 室町時代の連歌師「柴屋軒宗長」が草庵を結んで閑居した処で、「吐月峰」として知られます。
まだ宵の口、あちこちに配置された燭台灯る観月石のある庭園も開放され、本堂ではお茶会や琵琶の演奏が間近に楽しめるイベントがありました。

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名月にお供物の前では、暗闇の庭園にすだく虫の音も、
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平家物語の一節「祇園精舎の鐘の声、、、♪」
五臓六腑に染み入る琵琶の調べは、月見の宴に一層の風情を添えました。

10分間の収録 月見の宴での琵琶の調べをお楽しみくだ さい。

 ◯百億円を使っての宇宙旅行は夢のまた夢の世界ですが、月光を浴び、虫の音すだく中でしみじみ味わう月見の風情は、いつまでも遺しておきたい日本人の心の故郷ではないでしょうか。

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「パヴァロッティ・マイ・ワールド」の恩恵

 若い頃からクラシック音楽が好きだった私がルチアーノ・パヴァロッティの歌声にすっかり心奪われてしまったのは、今から20年ほど前のことでした。

石戸谷結子著 「オペラ歌手はなぜモテるのか?」(文芸春秋1996年) を読んでいるうちに、ルチアーノ・パヴァロッティの人間味あふれる人柄にすっかりのめり込んでしまったのです。
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 「パソコンは老いを知らない」 2007年に始めた
週1回更新のブログ投稿で、当時5ヶ月に亘ってパヴァロッティについて熱く語ってしまったことは、素人目のくせに何たる出過ぎた態度! と正直私自身驚いております。


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 これも夢中で読破した自叙伝 「パヴァロッティ・マイ・ワールド」 (小学館)の恩恵によるものが大きく、ここに改めて本書のご紹介をさせて戴きたいと思います。

 アメリカのジャーナリスト、ウィリアム・ライトがパヴァロッティに直接語ってもらった様々なエピソードを、カニリカが訳し、白埼容子監修により1996年6月20日小学館から初版第1刷発行されました。

 ウィリアム・ライトは、時には世界を駆け回るパヴァロッティを追い、またある一時期パヴァロッティと生活や行動を共にしながら、身辺の出来事をパヴァロッティ自身の言葉で書き記しております。

 華やかなオペラ舞台の波瀾万丈の裏話、大らかな性格の根底には、神経質すぎるほどの健康管理、庶民的な温かい家庭でたっぷり過ぎるほどの愛情に包まれ、女性に囲まれ、ハーレムのような人生を、太陽の国イタリア人らしく語っております。 

 末娘ジュリアーナさんの病気に対する父親としての細やかな気遣いや、一期一会の貧しい少年への温かなエピソードは、映画のひとコマのように思い浮かばせてくれるのです。

 すべてのエピソードから、人間らしい温もり漂うパヴァロッティの死が今更ながら惜しまれ、偲ばれ、この著書はファンにとっては絶対に見逃せません。
 
 500ページにも亘り18章にも及ぶ様々な視点からなるエピソードは、歌手を目指す人にもさることながら、パヴァロッティを知らない人にも興味深い話題が満載です。 

 この本の最後に掲載されている見過ごす事ができない、監修白埼容子氏の解説に、1995年10月アメリカでの初出版でベストセラーとなり、その後の半年間の短い間にも、パヴァロッティの身辺に起きた個人的なゴシップなど興味がそそりますが、
私の心情としましては、敬愛するパヴァロッティを語るのはここまでとして、晩年の離婚・再婚等など「悩めるパヴァロッティ」のことは黙認したいと思います。

と、11年前に書いたブログの一節を改めて読み返したのでございます。

 パヴァロッティの歌に惚れ込み、人間性を愛し20年が経ち、八十路半ばにして、心ときめかせながらブログでパヴァロッティを語る幸せな余生であることを噛み締めながら 心のビタミン剤としてパヴァロッティの美声に浸りながら、あるがままに過ごしております。

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我が家のBGM

 9月に入ると我が家のBGMはパヴァロッティの歌声が終日流れます。

早いもので9月6日はパヴァロッティの11年目の命日です。

 覚えていますか? 2006年2月10日 イタリアのトリノで開催された冬季オリンピックを。
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 (画像はインターネットより)
氷上の舞姫荒川静香さんが金メダルに輝いた時のあの曲と、閉会式でルチアーノ・パヴァロッティがトレードマークの白いハンカチを手に フィナーレを荘厳に歌い上げたプッチーニのオペラ トゥーランドットの「誰も寝てはならぬ」は偶然にも同じ曲であったことを。

 前年2005年に膵臓がんが見つかったパヴァロッティにとって、2006年2月のトリノオリンピックの閉会式で悲壮な決意の熱唱がファイナルステージとなりました。
2006年7月に ニューヨークで施術されましたが、翌年2007年9月6日に帰らぬ人となりました。
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 葬儀はパヴァロッティの故郷のモデナ大聖堂で執り行われました。 この画像からもお分かりいただけますように悲しみ悼む多くの市民が広場を埋め尽くしました。
栄誉をたたえて国軍機が編隊飛行する国葬級と云われます。

 2007年9月、爆音を轟かせ、イタリア国旗緑・白・赤3色の吐き出す飛行雲が織りなす9機の編隊飛行と、「誰も寝てはならぬ」のパヴァロッティ朗々の熱唱が響き渡り、広場を埋め尽くし別れを惜しむ市民の涙と、偉業を称える絶賛の大拍手が撮影された動画をYou tubeで見ることができました。 
あの時の感銘は終生忘れることはできません。

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「パヴァロッティー・マイ・ワールド」
ルチアーノ・パヴァロッティー/ウィリアム・ライト共著
カニカ訳/白崎容子監修 小学館 (510ページ)

 私にとって、敬愛するパヴァロッティを知るにはバイブルのような大事な一冊で、訃報を知った2007年 哀悼の意を表しながら読み耽りました。

 「キング・オブ・ハイC」と神様に祝福された20世紀で最も美しい偉大なテノール歌手の素顔を知る自叙伝でもあります。

 世紀のテノールの巨匠とは云え一方、笑顔のでっぷり太った体軀と天真爛漫な挙動は、親近感さえ覚えるのです。

 例えば、
 ステージに立つ時片手に白いハンカチは余りにも有名ですが、ズボンのポケットには、おまじないとして折れた釘を忍ばせたり、喉を保護したり体型を隠すために、華やかなエルメスの大判スカーフがお気に入りとか枚挙に暇もありません。

2_2_3 (画像はインターネットより)

 何より、1990年7月ローマのカラカラ浴場遺跡での「三大テノール」に依る世紀の大共演の映像は世界を駆け巡りました。
Photoa_2 (画像はCDジャケット)

アンコールはパヴァロッティの提案で 「オ・ソレ・ミーオ」の最終節を 大げさなビブラートを充分に効かせ長々と引っ張り、何食わぬ顔で堂々と歌い上げ、ドミンゴさんやカレーラスさんに繋げる一瞬 ご自身の早まったトチリに気付き小首を傾げ、さり気なく満場の大喝采をあびた場面を私は見逃しませんでした。

CDを聴きながらDVDを楽しみながら、茶目っ気たっぷり、こんな人間味あふれるパヴァロッティに癒やされている昨今です。

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日本平展望台

 こころ温まる作風で小学3年生の女の子の日常をほのぼのと描いた代表作「ちびまる子ちゃん」で知られる 静岡市清水区出身の国民的漫画家 さくらももこさんが8月15日に53歳で亡くなりました。
ご訃報は8月27日にTVに流れるテロップで初めて知りました。

 謹んでご冥福を祈ります。

図らずも8月18日撮影の日本平山頂に望む富士山です。
棚引く雲に鎮座する富士山を名残り惜しく じっくりと眺めました。

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 さくらももこさんがこよなく愛した日本平山頂からの富士山です。
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8月18日は突如5月下旬以来の日中28度と新涼に恵まれて、日本平山頂を目指し心地よい初秋を感じながら展望台建設進行状況を見に行って参りました。

【一周200メートルの建設中の展望回廊】
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昨年平成29年8月から始まり 「日本夜景遺産」に認定された日本平山頂の夜の魅力をアピールする施設工事が展開中です。
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 吹き抜け鉄骨3階建て 正八角形の外観 2020年東京オリンピック・パラリンピック主会場の新国立競技場を手掛ける「隅健吾建築都市設計事務所」が設計されました。
隅健吾氏と云えば、、、

【アカオ&ローズガーデンのオープンカフェ】

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【総檜造りの内装】
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 熱海のアカオ&ローズガーデン丘陵にある近代建築の粋を極めた珍しい総檜造りのオープンカフェも隅健吾氏の設計です。


日本平展望仮設の階段を登りきれば富士山が望めるのです。

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 心地よい新涼を覚えても、まだ8月の山頂は、逝く夏を惜しむかのように蝉時雨や工事のブルトーザーの唸る音で、賑わっておりました。
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 静岡県が整備する3階建ての日本平山頂シンボル施設と、広さ1200平方メートルの庭、市が整備する1周200メートルの展望回廊は、今年11月3日にオープンと決まりました。

傍らには岩崎きみちゃんの「赤い靴」の像が置かれるリニューアル中の土台も見られます。
【赤い靴像の土台】
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 さくらももこさんの生まれ育った日本平の麓、静岡市清水区で生まれ「赤い靴を履いた女の子」の原点として建てられた 薄幸のきみちゃん母子の「赤い靴」像は
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 今年の秋の展望施設完成時には、「ちびまる子ちゃん」同様、以前にも増して観光の一助になってくれると思います。

 

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名残の蓮の花

 例年7月も半ばまでには鑑賞する藤枝市蓮華寺池公園の蓮の花ですが、今年は早々明けてしまった梅雨のあと、追い打ちをかけるように予想外の猛暑に襲われ、外出をためらっているうちに、気がつけばお盆も過ぎ 「あぁ! 今年は、、」と諦めかけておりました。

 ところが、8月19日の朝、手のひらを返したような19度という肌寒さ、日中も29度という秋がいきなりやって来たのです。
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 ひょっとしたらまだ間に合うかも知れないと、20日の午後藤枝市は蓮華寺池公園に行って来ました。
藤の季節には 広々した池の面に翻る鯉のぼりを映してはおりますが、池の底には、蓮の芽が育んでいるはずです。

  蓮(はちす)の芽秘めたる池のかぎろへり

この俳句は俳句を習い始めた30年ほど前 春の吟行でこの池の辺りで詠んだ一句です。

 7月にはこの水面を覆い尽くしてしまうほど、蓮が生い茂り清楚なビンク色の花が見られ、辺り一面蓮の香りが漂うのです。

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東京ドーム約6個分にも及ぶ広さと云われる、周囲1500メートルの池の70%を覆ってしまうほどの蓮が群生するのです。
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 すでに最盛は過ぎておりましたが、なんとか名残の蓮の花を今年も見届けることが出来ました。

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秋を思わせるこの日は、まだ夏休み中とあって、多くの家族連れが賑やかな散策を楽しんでおりました。

 往く夏を惜しむにふさわしいひと時でした。

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残暑お見舞い

 3年前2015年(平成27年)8月のある日のブログ「パソコンは老いを知らない」に、 毎年真夏になると「今年の暑さは格別ですねぇ」と通り相場のような合言葉が交わされ、全国的に連日第一級の酷暑が続いていますと記録されておりました。

 その年 2015年8月15日は、静岡市内も37度7分、全国1位の猛暑に見舞われました。
新聞紙上にも、地球規模の猛暑が取り上げられて、2015年ついに世界の平均気温最高! とか、観測記録が残っている1880年以降で最も高かったと言う分析結果は 私達を驚かせ恐怖感を掻き立てられました。

今年の夏は 国内でもあちこちで41度を上回る記録破りの猛暑や、記録的短時間大雨に見舞われ 自然災害が何時何処にでも襲うと言う危険が孕んでいるのです。

 地球上のあちこちで、乾燥と高温に依る何時消えるとも知れない山火事が発生したり、豪雨による大洪水で村が水没したり多くの命が犠牲になるなどのニュースに心が痛みます。

地球は病んでいます! 来夏も覚悟しなければなりません。
まだまだ、厳しい残暑が続きます。 

 京都五山送り火が無事に終わった翌朝、肌に感じた「新涼」にほっとしましたが、反面夏を惜しむ一抹の寂しさを覚えます。

江戸時代の俳人 上島鬼貫の句に
  冬はまた夏がましじゃといひにけり   

とは云え、日中の厳しい残暑はまだまだ
続きます。

 以前収録した動画ですが、水にちなんで動物たちの妙技をたっぷりと せめてもの「残暑お見舞い」としてお届けしましょう。
 ごゆっくりお楽しみください。

【日本平動物園ロッシーとバニラの遊泳】

【アクア・パーク品川のイルカショー】

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しぞーか夏の風物詩

 お盆の恒例行事として定着した「静岡夏まつり夜店市」
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今年で56回目を迎え、8月10日~12日の3日間開催です。

【JR静岡駅北口から呉服町を望む】

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 JR静岡駅北に位置する呉服町は、江戸時代から続く商店街です。
呉服町・呉六・紺屋町・七間町の4つの名店街 「しぞーかのおまち」です。
毎年8月のお盆には夜店市が開かれ、夏物バーゲン・掘り出し物・イベントありで、しぞーかおまち夏の風物詩となっています。

 今年の夏は、全国的に記録的な猛暑に悩まされました。
 本来買い物以外は混み合う人なかに出かけるのが苦手な私でしたが、「おまち」の魅力をより高めようと頑張る各名店街を、夜風に誘われて楽しんで来ました。

【中町より呉服町通り入り口】
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まずは、静岡伊勢丹前から、呉服町通りを紺屋町に向けて人混みに紛れ込みました。
【静岡伊勢丹前 奥へ七間町名店街】
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あれ? 軽快なリズムが聞こえてきましたよ。
折よく通りかかった「つたや」前の特設イベントステージで、華やかな【舞姫たちのフラダンス】が繰り広げられておりました。

 

 6時を少し回った時点でご覧のような大混雑です。
日中、人出控えめの溽暑の名店街に どこから集まってきたのでしょうか?
ムンムンするほどの人混みを縫って、デジカメ片手に夜店市探訪を楽しみました。

【呉服町名店街辺り】

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 【静岡市役所・葵区役所を背に】

 

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 【呉六名店街の鮮やかな行灯】
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【小梳神社(おぐしじんじゃ)】
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お買い得なワゴン 掘り出し物に群がる人 演奏と歌と踊りの競演、老いも若きもこのときばかりは暑さも忘れ、笑顔笑顔の大集団です。

 平和な日本! 温和な風土 しぞーかの夏の風物詩でした。

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戦場カメラマンの講演

 「増え続ける見捨てられた土地と境界問題を考える」と題して 元総務相の増田寛也氏の基調講演のもと 第9回しずおか境界シンポジウムが、7月31日静岡市葵区のユーフォニアで開催されました。
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概要は、所有者不明土地問題に対する取り組みとして、制度の見直しや増加させない仕組み、真の所有者が分かる社会をつくることの重要性や、国土を守る使命などの講演のようでした。 
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財産も無い門外漢の私ごときが事もあろうに「土地と境界問題を考える」ジンポジウムを受講するには相当の勇気と羞恥心を抱いて望まなければなりません。 
と言うのは、、、、何を隠しましょう!
基調講演の後は 「戦場カメラマン」 渡辺陽一氏の講演拝聴が目的の受講だったのです。

 受講申し込み時には門外の私達にも寛大に接していただいたことは有り難いことでした。
Sさんと二人して平身低頭座席に着きました。
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 物腰低く柔らかい語り口、トレードマークの縁無し帽子姿の独特な存在感の戦場カメラマン渡部陽一さんの講演が直に拝聴できる絶好の機会です。

 1972年静岡県富士市生まれの渡辺さんを戦場のカメラマンとして駆り立てたきっかけは、大学1年の時、アフリカでチンパンジーと会話ができる民族の講義を受けた時、そんな生活をしている民族に興味を持ったことから話題は佳境に入ります。

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 初めてアフリカへ旅した時、折しも1994年に始まり 100日の間に80万人が殺害されたルアンダ虐殺のフツ族とツチ族の対立のど真ん中に立ち入ってしまったのです!
年端も行かぬ少年らがゲリラとなって銃を構えている戦場を目の当たりにしたのです。
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民族衝突のルアンダ内戦の目の前で、血だらけになった子供に助けを求められたにも関わらず、助け出すことも出来ず命からがら帰国しました。

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 その時咄嗟に、傷つき泣いている子供をカメラに収め、世界に報道すれば子供たちを助ける一助になるのではないかと、「戦場と平和の境界線」 戦場カメラマンとなることを決意、アルバイトで貯めた30万円の資金で現地へ赴き、地元の人間になりすまし、戦場と日本を行き来して25年間命がけの撮影を続けていることなどを 戦場での様子が次々と大きく映し出される映像を説明されながら 独特の語り口とジェスチャーよろしく マイクを手にステージ狭しと熱演の90分の講演に引き込まれました。

 戦場カメラマンとしての講演の中枢は 未来を築く子供は国の宝でることに生々しくも心に響くものがありました。

 

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駿府城址天守台発掘見学

 徳川家康公は75年の人生の3分の1を静岡で過ごし、この地で大御所として世の中を見据えた政治を行いました。

天正年間 徳川家康が築いた7階建てと云われる 城 「駿府城」は、家康が他界した19年後の寛永12年(1635年)、城下の火災が燃え移り、天守、宮殿楼閣、櫓などはことごとく焼失してしまいました。
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 その後 天下泰平の世となり、戦いや権威のシンボルであった天守は必要無くなったためと考えられ 残った天守台も明治29年(1896年)陸軍歩兵34連隊が駿府城内に設置されることに成り、取り壊され埋められてしまったのです。

 天守は再建されること無く、確実な資料も残されることも無く 歴史のかなたに「幻」の城となっているのです。

 静岡市葵区にある駿府城址の現在は「駿府城公園」となって毎年秋に開催される大道芸ワールドカップ会場として 市民の憩いの場所となっております。
遅きに失した思いもありますが、4年をかけて2016年から始まった天守台発掘調査は いよいよ終盤を迎え、発掘体験が出来るのも今年が最後となりました。

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 2018年7月21日(土)記録的猛暑の中 意を決して駿府城跡天守台発掘調査特別体験見学会に行って参りました。
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120年ぶりに掘り出された天守台の石垣は、西側が約68メートル、北側が約61メートルあり、高さも約19メートルと推測され江戸城の1,5倍と云われ正に日本一の大きさであることがわかりました。
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籠城用と考えられる四角い石で組まれた内径約1,8メートル 深さ約3,8メートルの「井戸」も発見され、駿府城が実践的な城であったことや 天守の井戸は全国的にも数例しか無いという事で大変珍しいこともわかりました。
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 江戸時代当時用いられた方法で 1トン以上もある石材を人力で運ぶ「修羅」と云われる木造のそりで引っ張り、丸太で作ったレールの上を少しずつ滑らせて運搬したり、
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静岡市歴史文化課の増山慎さんの石割体験前の細やかな説明の後 静岡市文化財サポーターの指導による石割体験が行われました。
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築城のために簡単な道具で何もかも人力で成し遂げた江戸時代の工事体験を現代の子どもたちにはどう感じられたのでしょうか?

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チキンソテー

 暑さのせいで、食欲も落ちて夏痩せになる人が多いと聞きますが、恥ずかしながら私は元来 夏太りに成りやすいタイプでしたが、 よる年波には勝てず近頃はめっきり食が細くなりました。

 今年の夏は想定外の酷暑続きで、この夏を無事に乗り切れるのかしらと不安です。
しっかり食べて この暑さと戦わなければなりません。
高齢者も肉類を摂るようにと提唱されて、玉子や魚介類は
もちろん 牛・豚・鶏とローテーションを組んでバランスの良い食事をしたいものです。

 鶏肉は安価でいろいろな料理に大活躍です。
鶏ムネ肉は、脂肪が少なく締まった肉質でタンパク質や旨味成分のイノシン酸が豊富ですが、水分が逃げやすいのでパサパサになるため、塩、砂糖、水少々で胸肉を揉み込んで酒蒸して しっとりした食感を楽しみます。

 近頃はまっているのが実に簡単な「鶏もも肉のソテー」です。

 材料  鶏もも肉1枚 (約300g)

 塩 小さじ半分   粗びき黒胡椒適宜

おろしニンニク少々  

オリーブオイル 大さじ1   酒 大さじ1


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 もも肉は火の通りを均等にするために厚い処は包丁を入れて、塩、おろしニンニク、黒胡椒します。 

フライパンにオリーブオイル大さじ1を入れて、鶏ももは皮のほうから中火で 皮に美味しそうな焦げ目がつくまでパリッと焼き、身の方に返して5分ほど焼き、鍋肌から酒大さじ1をジュジュッと入れ蓋をして焼き目をつけます。
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 包丁で一口大に切り分け、それぞれ千切りにしたキャベツ、キウリ、玉ねぎに 蒸し煮とうもろこしをたっぷり添えて完成!

 【蒸し煮とうもろこし】
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フライパンに水1センチほど入れて、甘皮を付けたままのとうもろこしを約10分蒸し煮にします・・・栄養も逃さず甘味があって美味! これはご近所の○○さんに教えていただきました。 
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 リンゴ果汁、大根おろし、醤油ポン酢をブレンドした万能おろしだれをふりかけていただくのがこの夏の私流のいただき方です。 

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