昆虫標本展

5月17日、お街へ買い物の帰りに通りかかったJR静岡駅北口広場で、珍しい昆虫標本の出張展示に多くの通行人が熱心に見入っている光景に思わず引き込まれました。
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「ふじのくに地球環境史ミュージアム」(静岡市駿河区大谷)認知度向上や、ミュージアムへの誘致につなげるのが狙いでの出張展示だそうです。
通行量の多いこの場所で珍しい世界の昆虫の標本展示とあって、大人も子供も食い入るように見学しているのです。
自然環境と人類の活動を考えさせてくれる新しいタイプの博物館のほんの一部、今回は「世界の昆虫」の標本出張展示です。
続きはアメブロ「老いを知らないパソコンらいふ」をご高覧いただければ嬉しゅうございます。

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四人句会

昨週止む無くアメブロに引っ越しをして1周間がすぎました。
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5月19日の更新は「四人句会」と題して昨年四人で初めた八十路俳句どんぐりの背比べ1年間の俳句作品集が完成した記事です。

ご笑覧いただけけば嬉しゅうございます。

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ご挨拶(この度、ココログからアメブロへ引っ越しを致します)

 私がパソコンに興味を持ったのは、2000年(平成11年)第85代森総理大臣の、当時盛んに提唱された「IT革命」の一言でした。

いづれ訪れる老いの独り居に、世間から取り残されてしまうのでは無いかと云う不安からパソコン教室の門を叩いたのがその年2000年10月 68歳の時でした。

   ブログデビュー 二〇〇七年聖五月

パソコン操作は奥が深く、三歩前進二歩後退、怖れおののきながらも興味津々、パソコンを友に過ごしべしと7年後の2007年5月にささやかながらブログデビューしてはや12年が経過しました。

12年間変わらぬご愛顧ご高覧頂きましたこと誠にありがとうございました。

この度諸事情あって寄る年波にも勝てず、いよいよ「ココログブログ」にピロオドせざるを得ない時が来たのかしら?
と懸念しながらも新元号「令和」を迎え、思い直し 「アメーバブログ」の登録を済ませました。

アメーバブログのカバー画像とプロフィール画像は「パソコンサロンゆうらく」さんに素敵に仕上げて頂き、新タイトル「老いを知らないパソコンらいふ」の字画数も幸先よろしいようで、思わず歓声を上げてしったほど大いに気に入っております。(\(^o^)/) 
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パソコンライフが生きがいの私にとって5月はブログ13年の節目です。
八十路の坂後半も退屈しない、弾みある余生を送りたいと思います。
気儘な投稿ではありますがご高覧いただければ此の上ない幸せでございます。 

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なんじゃもんじゃ

世にも不思議な何とも面白い名前の樹木「なんじゃもんじゃ」のことを知ったのは今から35年前昭和59年の事でした。
東京は調布市深大寺境内の巨樹金木犀の香りに酔いしれ、至福のひと時を味わっていたときのことでした。
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たまたま通りかかった深大寺のご住職さまに見事な金木犀に出会った喜びを申し上げた時、傍らの若木を指さして微笑みながら「あの木は5月のこどもの日の頃に真っ白い雪のように咲くナンジャモンジャと云う木ですよ。来年楽しみにまたお参りください」と仰ったのでした。
「えっ? ナンジャ? モンジャ???」 私達は怪訝そうに顔を見合わせたのでした。

【城北公園】
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ところがこの世にも不思議な名前の「ナンジャモンジャ」は偶然にも同じ年の昭和59年(1984年)に、当時静岡市長の河合代悟さんが静岡市大岩の静岡大学跡地を城北公園に造成された折に、86本の「ナンジャモンジャ」の若木を植樹されたのです。
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以来毎年のようにゴールデンウィークの頃青空に耀く青葉若葉の突端
に、たわたわと真っ白な雪のような花房を見ることが楽しみの一つになりました。
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ナンジャモンジャの木漏れ日のプロムナードを行き交う人々の優しい笑顔、木の精が醸す甘い香りに包まれて城北公園は市民の憩いの場所となっているのです。

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蓮華寺公園の藤

4月22日 気温24度 好天に恵まれて藤枝市のほぼ中心地にある憩いの場所、蓮華寺池公園の藤を楽しんできました。

東京ドーム6個分にも及ぶ「蓮華寺池公園」内には春は桜に続いて藤の花、シャクナゲ、つつじ、菖蒲、池いっぱいの蓮の群生に四季折々の花々で訪れる人々を楽しませてくれます。

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名残の桜、オオシマザクラから改良された「里桜」の並木も池の畔に咲き乱れています。

周囲1500メートルの蓮華寺池は、慶長18年頃(1613年)村人総出で掘った人工の池で、雨水を貯めて田畑を潤わせた貴重な灌漑用水だったそうです。Cimg2621  

池の周辺には、20種類、250本以上の白、ピンク、紫の藤を来園者はゆったりと散歩しながら花を見上げたり香りを楽しんだり、
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池の上には鯉のぼりがそよ吹く風に舞い、藤の花とのコラボをスマホで撮影したり、初夏を満喫しています。

末尾ながら、蓮華寺池近くにお住まいだった今は亡き藤枝市出身の作家小川国夫さんもこの池をこよなく愛し良く散歩をたのしまれたそうです。
Cimg2649 【画像は静岡新聞より】
折も折、4月24日の静岡新聞に天皇陛下とともに4月30日に退位される皇后美智子さまのご学友のおひとりだったのが故小川国夫さんの奥様 小川綏子(やすこ)さんは聖心女子大に在籍されていた美智子さまの1学年上で都内のキャンパスでご一緒に学ばれました。
国夫氏との日々を綴った綏子さんの回想記「銀色の月」を美智子さまもお読みになって、宮内庁を通じ美智子さまから「読んで感激しました」と直々に電話を戴いて感激された記事がありました。

 

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いよいよ始まる「お茶の間わいわい」

 自治会の回覧板で、いつまでも元気でいるために、孤立がちな高齢者に地域の活動に何とか参加を促すお知らせが届きました。
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と言っても、遠出を避け、集りやすい場所で、、と、このたびご近所の最近閉店したばかりの店舗をお借りしてこの4月から本格的に「お茶の間わいわい」が開催されると云うお知らせです。

実はここに至るまでに、近隣の3自治会の住民で作る自治連合会が、地域住民の特に孤立しがちな高齢者を対象に気楽に楽しめる「お茶の間わいわい」の集いを企画して下さり、説明会が去る2月6日に地域のお寺さんの広間をお借りして行われました。

3自治会区の対象者と思われる約45名が参加して、お茶を飲みながら歓談をたのしみました。
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自治会長代表と民生委員さんのご挨拶の後、ご近所の製茶問屋の元社長葉桐清一郎さんが、本山茶をふるまい、お茶を淹れる時の心得や歴史を、「売茶翁」と自らおっしゃりながら「人の目の前で淹れるのが最高のおもてなし」と熱っぽくレクチャーくださいました。
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市が運営する地域包括支援センターの有志の方のご指導で緊張した体をほぐす体操で和気あいあいの時が流れます。

住み慣れた街で安心していつまでも元気でいられるために、介護、福祉、健康、医療などさまざまな面で高齢者やその家族を支えて下さる門戸を開いて戴いたのでした。

 

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良薬口に苦し

四ヶ月ぶりのいつもの八十路四人旅の今回は、四月一・ニ日ゆったり熱海温泉泊を楽しみました。

熱海まで来れば、私達には欠かせない「ういろう」を求めに一年ぶりに小田原まで足を伸ばすことに話はトントン拍子に決まりました。

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私達の目的の「ういろう」は「ういろう」でも有名な名古屋銘菓の甘~いお菓子ではありません。

もちろんお菓子の「ういろう」の本家はここ小田原が本元です。
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 JR小田原駅前からは健脚であればらくらくの道のりですが、四人で乗れば何とやら、、とタクシーでお城と見紛うばかりの立派な八ツ棟造りの店舗前に到着。
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勝手知ったる私達は、お菓子売り場の「ういろう」の前を通り過ぎ、「良薬口に苦し」正に言い得て妙。
お一人様二箱限定売りの苦~い「ういろう」売り場の長い行列に並ぶのです。

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「ういろう」は六百数十年もの歴史を称える妙薬です。

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亨保年間、歌舞伎役者二代目市川團十郎は持病のゼンソクで咳と痰のためにセリフが言えず舞台に立てず困っていた処「ういろう」によって全快しそのお礼に、團十郎十八番の「外郎売り」のセリフが誕生した逸話も残っているのです。
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 西洋新薬にも勝るとも劣らない穏やかな万能効能薬を求めて私達は小田原城への足取りも軽く桜見物と相成りました。

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小川三知の修復ステンドグラス

 静岡市が生んだ日本を代表するステンドグラス作家 小川三知氏(おがわ さんち)の功績を広め、その作品の一つが静岡市に寄贈される機運を高めるために、静岡市役所新館1階で2019年3月25日~20日の間特別公開されたステンドグラスを拝見してまいりました。

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4枚のステンドグラスは、1922年に北海道小樽市に建てられ、昭和天皇・皇后両陛下も泊まられた洋館「和光荘」の浴室に設置されていたものです。

大小様々な色ガラス数十枚が組み合わされて、空に舞う二羽の鳥と色付いたツタが絡む木が一服の日本絵画のような優雅なステンドグラスです

所有者の野口氏が和光荘を手放した際、屋外に運び出そうとした時、ステンドグラスの一部が割れてしまいました。

4枚のパネルを組み合わせた作品は、高さ約120cm,幅約320cmで、破損されたのは左側の鳥が舞っている部分の1枚です。

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野口氏は「後世に残すためにも修復して、静岡に戻したい」と静岡市葵区の「ステンドグラス工房かわもと」さんに修復を依頼して約3ヶ月かけて、デザインを変えずに破損部分の色に近い現代のガラスを探してはめ変え、このたび修復が終わり静岡市役所で特別公開されました。
約100年前のガラスと並べても遜色なく見事な修復技術です。

ヨーロッパのステンドグラスと違い、柔らかい色使いで日本人の心に温かく溶け込むこのステンドグラスを「静岡に戻したい」と云う事は、、  実は、、

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多くの有名な建築物に作品を残しているステンドグラス作家 小川三知は、1867年(慶応3年)~1928年(昭和3年) 静岡市呉服町5丁目生まれですから、このステンドグラスは100年ぶりの里帰りです。 静岡市の誇れる貴重な文化財となることでしょう。

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嬉しい電話

 電話による悪徳詐欺事件が横行し、特に高齢者が標的となっている物騒な時代です。
そんな事もあって、我が家の固定電話は「ただいま電話に出ることができません。
ご用の方は信号音の後ご用件を・・FAXを・・」と常に受信不能にしております。
 気のせいでしょうか?近頃電話帳に受信者登録以外からの電話が頻々と記録されているのです。

 ところが、このたび留守番電話に嬉しいコメントが入っておりました。
初めての方からでしたが折返しお掛けしてみれば、先日葬祭場へお届けした 故Nさまのお孫さんとおっしゃる女性からでした。

 実は、見ず知らずの私が葬祭場に赴くなど、危惧を抱かれては
大変失礼な事と思い、お届けのお写真に7年前に書いたあの時のブログの記事をコピーし、電話番号と本名を添え書きしたのでした。
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「私達の知らないこんな美しい景色を祖母が楽しんでいたことを初めて知りました。
葬儀の時この写真を飾ってみんなで在りし日の祖母を偲びました。
此のような不思議なめぐり合わせに驚き親族皆喜んでいます。
私達も何時か梅ヶ島の紅葉を見に行ってみたいと思います。本当にありがとうございました」

 私の切なる願いが届きこのような嬉しい電話を戴いて、一生に一度のこの奇遇な出来事に云い知れぬ満足感に浸っております。

 お詫び

十数年間ブログ掲載しておりました「ココログ」が、システムリニューアル後、前回の「彼岸に思う」投稿より曲りなりにも投稿は出来ましたものの、ブログの表示がイマイチおかしいのです。
ココログブロガー皆さん大変困惑しております。
画像あっての私のブログですが、画像を挿入したくても以前のようなアップも不可能な状態が続いて大変苦慮しています。
一刻も早い改善を望んでおりますので、お詫び方々今後共よろしくお付き合いくださいませ。

 

 

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彼岸に思う

 春の光がまばゆいお彼岸がやってきました。
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 昭和36年3月に若干36歳で病死した亡夫のお墓参りに行ってまいりました。
当時 私28才、4才と1才の二人の娘を遺して58年の歳月が光陰矢のごとく流れました。
この間の喜怒哀楽は今は安々と語るべきではありませんが、二人の娘も嫁して早30年、
八十路の坂も後半の昨今、6年余の母の介護をしていた時の母のつぶやきが思い出されます。
「何事も良い方に解釈すれば気持ちも楽になるよ」 
「二人の娘も嫁いで、これからの独居生活は難しいことかも知れないけれど健康でありさえすればどんな場合でも平気で生きる気持ちが肝心かも知れないね」 
「平気で生きる」? そんな事が出来るのかしら?
加齢とともに余生の生き方に不安と怖れを抱き戸惑いを覚えるのです。
 彼岸会、お寺さんからいただいた教えの一枚に、わずか35年の人生だった正岡子規が晩年語った
「悟りと云う事は、如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、悟りと云う事は、平気で生きて居る事であった」『病床六尺』 の一説に深い感銘を覚えました。

十数年前、90才の母の「平気で生きる気持ちが肝心」とつぶやいた一言が蘇ってきたのでした。
 おかげさまでここまで大過なく生きて来られたことに感謝しながら、為せば成る、成るように成る、あるがままに、平気で生きていこう。   
さて? 時折挫けそうに成る気弱な私に、これから先平気で生きて行くことができるでしょうか?
何はともあれ、心身ともに健康であることと平気で生きることに心掛けよう。 

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