甲斐路旅

   安宿の予約を鳥の渡る頃

 いつもの八十路四人旅で信濃路を楽しんだ7月に10月石和温泉宿泊の予約をとって、早くも3ヶ月が経ちました。

待ちに待った今回は一昨年楽しんだ甲斐の国 石和温泉にゆったり2泊3日です。
 「旅は私にとって精神の若返りの泉だ、旅をすると私の精神は若返る」と、アンデルセンの逸話にあるように、80歳も半ばの4人連れも旅によって健康を維持しているかのようです。

 静岡から石和まではホテル玄関横付の無料バスの利用は、キャスター付きの旅鞄を引き、足腰に不安を抱えている私達には実にありがたいのです。

 一夜明け10時20分ホテル送迎バスでJR中央線石和温泉駅へ。
上りふたつめの「山梨市」駅下車。
駅名が「やまなしし」とは面白い!

 四人で乗ればバスより便利と、親切なタクシードライバーさんの観光さながらの説明を聞きながら目指す「笛吹川フルーツ公園」に到着。

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 粧える峰々を統べ富士の山

 一昨年の11月に感動した、峰々を支配するかのように富士山がくっきりと聳え、眼下に広がる甲府盆地があたかも水墨画を見るような絶景に誘われたのです。
新日本三大夜景(夜景百選)の一つと云われます。

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 今回は残念ながら富士山は雲にお隠れでした。
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見晴らし抜群頂上から一昨年利用しなかったロードトレイン(定員54名)に乗り込み 噴水広場~花の広場~ウオーターガーデン~くだもの広場~フルーツアドベンチャー等などを巡りそよ吹く秋風に癒やされ 風景を楽しみながら童心に還ってゆっくり下山します。
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季節や気候に左右されず楽しめるガラスドームの「くだもの館」

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オシャレなぶどう棚
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干し柿にする甲州名物見事な「百目柿」(100匁=375グラム)
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おひとつ如何?と言わんばかり
色づき始めた次郎柿の下でお迎えのタクシーを待つのです。 Cimg8180
 公園内は綺麗に管理されて、季節の花々が咲き乱れ、流石果物の里だけに この季節は名残のぶどう、色づき始めた柿やカリンが随所に見られ、空気は美味しいし絶好の秋日和でした。

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ペパロッチに呼び止められて

今やシニア族もパソコン? スマホ? と敬遠してはいられない必要不可欠、便利で面白おかしく暮らす時代になりました。

先日、とある温泉ホテルの玄関先で誰かに呼び止められたのです。
近頃テレビなどで見かける人型ロボットです。

何事か?と、ためらいながら近づいてみると
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専属カメラマンのペパロッチと名乗っているではありませんか!
写真を撮ってくれると云うのです。

「へぇ~???」

身長1,2m程 体重28kgのペパロッチ君は、世界初の一般家庭向けの人型ロボット(Pepper)だったのです。

 人の表情や声からその人の感情を察知して、励ましたり一緒に遊んだり はたまた最新のニュースや天気、株価を教えてくれる機能なども備わっているロボットです。
全身に数種類のセンサーを備えて、人とのふれあいの中で、人の表情や声から その人の感情を自律的に反応しながら話に応じてくれる
のです。

半世紀前一般家庭には固定電話もなかった昭和一桁生まれは、目を白黒させながら コンピューターネットワーク時代に遅れまじ 溶け込みスマホを操りながら生きなければならない時代になりました。
やがて余儀なくキヤッシュレスの生活もやってくるのですから「ボーッと生きてんじゃね~よ!」なんてチコちゃんに叱られませんように。

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久能山東照宮参詣

やっと秋らしくなり運動不足解消にと一大決心をして、久能山東照宮参詣を試みました。
八十路の坂も半ばを過ぎようとしている昨今、次第に足腰も弱くなり無理は禁物。 これが参詣納めになるかも知れません。

私の場合当然のことながら路線バス利用ですが、日本平ロープウエイまではウィークデイは一日6本しかありません。
13時03分新静岡発路線バスで小一時間 14時頃日本平ロープウエイに到着。
帰りのバスは、15時代は無く16時31分が最終です。
2時間30分の間に険しい石段を上り下りして久能山東照宮拝観、家康公ご墓所参拝です。

 【日本平側のロープウエイのりばへの階段】
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 【東照宮側のロープウエイのりばへの階段】
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ロープウエイに乗り降りするまでの階段の何と多いことでしょう!
この階段の上り下りだけでも喘ぎ喘ぎです。
無理ならば引き返せばいい。 
兎に角行ってみましょう!

 僅か5分ですが 標高270メートル眼下には太古の海底隆起に依って作られた屏風谷や崖など独特の形状を覗き見したり、駿河湾の絶景を楽しみながらの空中散歩です。

西暦600年ごろ久能忠仁が初めて山を開き、補陀落山久能寺を建てたとパンフにありますが よくぞ!こんな険しいところにと思いを馳せてしまいます。

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【久能山東照宮楼門】
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 あたかも遠来の参詣者気分よろしく、敬虔な思いで国宝久能山東照宮前に到着。

 ロープウエイ開通前、ここまでは駿河湾沿い山下からの石段で1159段(いちいちごくろうさん)がメインの参道です。 
便利になりました。

 社務所から楼門へ、楼門から拝殿、家康公のご廟所までの80段余りの伊豆から運ばれたという伊豆石の石段の上り下りは自力本願!

 楼門をくぐり拝殿横にはこんな札が、、
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ここからは極彩色の権現造り社殿を拝観します。
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日光東照宮より19年前に造られた久能山東照宮は、僅か1年7ヶ月と云う短期間で権現造り、極彩色の総漆塗りなど、桃山時代の技法を採り入れられた江戸時代初期の代表建造物として平成22年12月24日に国宝に指定されました。

 【家康公の手形】
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【家康公の好物 折戸ナス】
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楼門下から家康公のご墓所までの80段余りの石段の上り下りは、依る年波には至難の業で、途中休み休みの挑戦でしたが、家康公の手形に自分の手を合わせてみたり、家康公好物のふくよかな折戸茄子に一息入れます。

 家康公は晩年駿府城に隠居されましたが、元和2年(1616年)4月17日75歳で薨去され、ご遺命によりその夜この地に葬られました。

【神廟と云われる家康公のご墓所】

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平和、開運、学問、厄除けの神様として崇められております。

 【しかめ像】   追平陶吉作
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 社務所脇に面白い塑像を見つけました。
三方ヶ原の戦いで武田信玄公に惨敗し、命からがら逃げ帰った家康公は負けて憔悴しきった自分の姿を絵師に描かせて自分への戒めとして「しかめ像」が生まれたそうです。

【東照公御遺訓】

 人はただ身の程を知れ草の葉の

          露の重きは落つるものかな 

御遺訓をしっかりと心に刻んで下山します。

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中秋の名月回想

平成30年 今年の中秋の名月は9月24日月曜日です。
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この写真は2011年9月12日の名月です。

 「中秋の名月」とは、陰暦の8月15日の月のことで、農事の行事と結びつき「芋名月」とも呼んでいます。

名月と云えば満月と思われますが、今年の満月は翌日9月25日で名月は必ずしも満月ではありません。

満月は地球から見て、月と太陽が反対方向になった瞬間の月のことを指して今年は9月25日真夜中11時52分に満月の瞬間が見られるそうです。

 ついでに、陰暦9月13日の夜を十三夜と云いますが、今年は10月21日に当たり「豆名月」とか「栗名月」とも云います。

 先日、アメリカの宇宙開発ベンチャースペースXが2023年に一人の日本人が月の周囲を飛行する宇宙旅行の契約を結んだニュースがありました。

 名月をとってくれろと泣く子かな   
                                  小林一茶

 富士山は遠くに眺めるが良し、と云われるように月は地球上から眺め慈しみ、想像し、お月さまを信仰の対象にして収穫に感謝するという日本人のお月さまに対する親しみ方のほうが私個人的には好きです。

9月24日は曇りや雨マーク優先の天気予報で、どうやら今年の中秋の名月は期待できそうもありません。

7年前(2011年)亡母七回忌法要を済ませた宵 吐月峰柴屋寺での中秋の名月を愛でる「月見の会」が彷彿と蘇ってまいりました。
天下に名の知れた名園で仰いだ名月。
幽玄の世界に浸り至福を得た宵でもありました。

 平成23年9月12日は中秋の名月でした。
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 静岡市丸子泉ケ谷にある吐月峰柴屋寺は、
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 室町時代の連歌師「柴屋軒宗長」が草庵を結んで閑居した処で、「吐月峰」として知られます。
まだ宵の口、あちこちに配置された燭台灯る観月石のある庭園も開放され、本堂ではお茶会や琵琶の演奏が間近に楽しめるイベントがありました。

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名月にお供物の前では、暗闇の庭園にすだく虫の音も、
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平家物語の一節「祇園精舎の鐘の声、、、♪」
五臓六腑に染み入る琵琶の調べは、月見の宴に一層の風情を添えました。

10分間の収録 月見の宴での琵琶の調べをお楽しみくだ さい。

◯百億円を使っての宇宙旅行は夢のまた夢の世界ですが、月光を浴び、虫の音すだく中でしみじみ味わう月見の風情は、いつまでも遺しておきたい日本人の心の故郷ではないでしょうか。

追記
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静岡市葵区では天気予報を見事に覆して7時には中秋の名月を仰ぐことができました。

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「パヴァロッティ・マイ・ワールド」の恩恵

 若い頃からクラシック音楽が好きだった私がルチアーノ・パヴァロッティの歌声にすっかり心奪われてしまったのは、今から20年ほど前のことでした。

石戸谷結子著 「オペラ歌手はなぜモテるのか?」(文芸春秋1996年) を読んでいるうちに、ルチアーノ・パヴァロッティの人間味あふれる人柄にすっかりのめり込んでしまったのです。
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 「パソコンは老いを知らない」 2007年に始めた
週1回更新のブログ投稿で、当時5ヶ月に亘ってパヴァロッティについて熱く語ってしまったことは、素人目のくせに何たる出過ぎた態度! と正直私自身驚いております。


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 これも夢中で読破した自叙伝 「パヴァロッティ・マイ・ワールド」 (小学館)の恩恵によるものが大きく、ここに改めて本書のご紹介をさせて戴きたいと思います。

 アメリカのジャーナリスト、ウィリアム・ライトがパヴァロッティに直接語ってもらった様々なエピソードを、カニリカが訳し、白埼容子監修により1996年6月20日小学館から初版第1刷発行されました。

 ウィリアム・ライトは、時には世界を駆け回るパヴァロッティを追い、またある一時期パヴァロッティと生活や行動を共にしながら、身辺の出来事をパヴァロッティ自身の言葉で書き記しております。

 華やかなオペラ舞台の波瀾万丈の裏話、大らかな性格の根底には、神経質すぎるほどの健康管理、庶民的な温かい家庭でたっぷり過ぎるほどの愛情に包まれ、女性に囲まれ、ハーレムのような人生を、太陽の国イタリア人らしく語っております。 

 末娘ジュリアーナさんの病気に対する父親としての細やかな気遣いや、一期一会の貧しい少年への温かなエピソードは、映画のひとコマのように思い浮かばせてくれるのです。

 すべてのエピソードから、人間らしい温もり漂うパヴァロッティの死が今更ながら惜しまれ、偲ばれ、この著書はファンにとっては絶対に見逃せません。
 
 500ページにも亘り18章にも及ぶ様々な視点からなるエピソードは、歌手を目指す人にもさることながら、パヴァロッティを知らない人にも興味深い話題が満載です。 

 この本の最後に掲載されている見過ごす事ができない、監修白埼容子氏の解説に、1995年10月アメリカでの初出版でベストセラーとなり、その後の半年間の短い間にも、パヴァロッティの身辺に起きた個人的なゴシップなど興味がそそりますが、
私の心情としましては、敬愛するパヴァロッティを語るのはここまでとして、晩年の離婚・再婚等など「悩めるパヴァロッティ」のことは黙認したいと思います。

と、11年前に書いたブログの一節を改めて読み返したのでございます。

 パヴァロッティの歌に惚れ込み、人間性を愛し20年が経ち、八十路半ばにして、心ときめかせながらブログでパヴァロッティを語る幸せな余生であることを噛み締めながら 心のビタミン剤としてパヴァロッティの美声に浸りながら、あるがままに過ごしております。

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我が家のBGM

 9月に入ると我が家のBGMはパヴァロッティの歌声が終日流れます。

早いもので9月6日はパヴァロッティの11年目の命日です。

 覚えていますか? 2006年2月10日 イタリアのトリノで開催された冬季オリンピックを。
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 (画像はインターネットより)
氷上の舞姫荒川静香さんが金メダルに輝いた時のあの曲と、閉会式でルチアーノ・パヴァロッティがトレードマークの白いハンカチを手に フィナーレを荘厳に歌い上げたプッチーニのオペラ トゥーランドットの「誰も寝てはならぬ」は偶然にも同じ曲であったことを。

 前年2005年に膵臓がんが見つかったパヴァロッティにとって、2006年2月のトリノオリンピックの閉会式で悲壮な決意の熱唱がファイナルステージとなりました。
2006年7月に ニューヨークで施術されましたが、翌年2007年9月6日に帰らぬ人となりました。
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 葬儀はパヴァロッティの故郷のモデナ大聖堂で執り行われました。 この画像からもお分かりいただけますように悲しみ悼む多くの市民が広場を埋め尽くしました。
栄誉をたたえて国軍機が編隊飛行する国葬級と云われます。

 2007年9月、爆音を轟かせ、イタリア国旗緑・白・赤3色の吐き出す飛行雲が織りなす9機の編隊飛行と、「誰も寝てはならぬ」のパヴァロッティ朗々の熱唱が響き渡り、広場を埋め尽くし別れを惜しむ市民の涙と、偉業を称える絶賛の大拍手が撮影された動画をYou tubeで見ることができました。 
あの時の感銘は終生忘れることはできません。

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「パヴァロッティー・マイ・ワールド」
ルチアーノ・パヴァロッティー/ウィリアム・ライト共著
カニカ訳/白崎容子監修 小学館 (510ページ)

 私にとって、敬愛するパヴァロッティを知るにはバイブルのような大事な一冊で、訃報を知った2007年 哀悼の意を表しながら読み耽りました。

 「キング・オブ・ハイC」と神様に祝福された20世紀で最も美しい偉大なテノール歌手の素顔を知る自叙伝でもあります。

 世紀のテノールの巨匠とは云え一方、笑顔のでっぷり太った体軀と天真爛漫な挙動は、親近感さえ覚えるのです。

 例えば、
 ステージに立つ時片手に白いハンカチは余りにも有名ですが、ズボンのポケットには、おまじないとして折れた釘を忍ばせたり、喉を保護したり体型を隠すために、華やかなエルメスの大判スカーフがお気に入りとか枚挙に暇もありません。

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 何より、1990年7月ローマのカラカラ浴場遺跡での「三大テノール」に依る世紀の大共演の映像は世界を駆け巡りました。
Photoa_2 (画像はCDジャケット)

アンコールはパヴァロッティの提案で 「オ・ソレ・ミーオ」の最終節を 大げさなビブラートを充分に効かせ長々と引っ張り、何食わぬ顔で堂々と歌い上げ、ドミンゴさんやカレーラスさんに繋げる一瞬 ご自身の早まったトチリに気付き小首を傾げ、さり気なく満場の大喝采をあびた場面を私は見逃しませんでした。

CDを聴きながらDVDを楽しみながら、茶目っ気たっぷり、こんな人間味あふれるパヴァロッティに癒やされている昨今です。

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日本平展望台

 こころ温まる作風で小学3年生の女の子の日常をほのぼのと描いた代表作「ちびまる子ちゃん」で知られる 静岡市清水区出身の国民的漫画家 さくらももこさんが8月15日に53歳で亡くなりました。
ご訃報は8月27日にTVに流れるテロップで初めて知りました。

 謹んでご冥福を祈ります。

図らずも8月18日撮影の日本平山頂に望む富士山です。
棚引く雲に鎮座する富士山を名残り惜しく じっくりと眺めました。

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 さくらももこさんがこよなく愛した日本平山頂からの富士山です。
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8月18日は突如5月下旬以来の日中28度と新涼に恵まれて、日本平山頂を目指し心地よい初秋を感じながら展望台建設進行状況を見に行って参りました。

【一周200メートルの建設中の展望回廊】
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昨年平成29年8月から始まり 「日本夜景遺産」に認定された日本平山頂の夜の魅力をアピールする施設工事が展開中です。
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 吹き抜け鉄骨3階建て 正八角形の外観 2020年東京オリンピック・パラリンピック主会場の新国立競技場を手掛ける「隅健吾建築都市設計事務所」が設計されました。
隅健吾氏と云えば、、、

【アカオ&ローズガーデンのオープンカフェ】

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【総檜造りの内装】
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 熱海のアカオ&ローズガーデン丘陵にある近代建築の粋を極めた珍しい総檜造りのオープンカフェも隅健吾氏の設計です。


日本平展望仮設の階段を登りきれば富士山が望めるのです。

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 心地よい新涼を覚えても、まだ8月の山頂は、逝く夏を惜しむかのように蝉時雨や工事のブルトーザーの唸る音で、賑わっておりました。
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 静岡県が整備する3階建ての日本平山頂シンボル施設と、広さ1200平方メートルの庭、市が整備する1周200メートルの展望回廊は、今年11月3日にオープンと決まりました。

傍らには岩崎きみちゃんの「赤い靴」の像が置かれるリニューアル中の土台も見られます。
【赤い靴像の土台】
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 さくらももこさんの生まれ育った日本平の麓、静岡市清水区で生まれ「赤い靴を履いた女の子」の原点として建てられた 薄幸のきみちゃん母子の「赤い靴」像は
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 今年の秋の展望施設完成時には、「ちびまる子ちゃん」同様、以前にも増して観光の一助になってくれると思います。

 

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名残の蓮の花

 例年7月も半ばまでには鑑賞する藤枝市蓮華寺池公園の蓮の花ですが、今年は早々明けてしまった梅雨のあと、追い打ちをかけるように予想外の猛暑に襲われ、外出をためらっているうちに、気がつけばお盆も過ぎ 「あぁ! 今年は、、」と諦めかけておりました。

 ところが、8月19日の朝、手のひらを返したような19度という肌寒さ、日中も29度という秋がいきなりやって来たのです。
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 ひょっとしたらまだ間に合うかも知れないと、20日の午後藤枝市は蓮華寺池公園に行って来ました。
藤の季節には 広々した池の面に翻る鯉のぼりを映してはおりますが、池の底には、蓮の芽が育んでいるはずです。

  蓮(はちす)の芽秘めたる池のかぎろへり

この俳句は俳句を習い始めた30年ほど前 春の吟行でこの池の辺りで詠んだ一句です。

 7月にはこの水面を覆い尽くしてしまうほど、蓮が生い茂り清楚なビンク色の花が見られ、辺り一面蓮の香りが漂うのです。

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東京ドーム約6個分にも及ぶ広さと云われる、周囲1500メートルの池の70%を覆ってしまうほどの蓮が群生するのです。
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 すでに最盛は過ぎておりましたが、なんとか名残の蓮の花を今年も見届けることが出来ました。

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秋を思わせるこの日は、まだ夏休み中とあって、多くの家族連れが賑やかな散策を楽しんでおりました。

 往く夏を惜しむにふさわしいひと時でした。

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残暑お見舞い

 3年前2015年(平成27年)8月のある日のブログ「パソコンは老いを知らない」に、 毎年真夏になると「今年の暑さは格別ですねぇ」と通り相場のような合言葉が交わされ、全国的に連日第一級の酷暑が続いていますと記録されておりました。

 その年 2015年8月15日は、静岡市内も37度7分、全国1位の猛暑に見舞われました。
新聞紙上にも、地球規模の猛暑が取り上げられて、2015年ついに世界の平均気温最高! とか、観測記録が残っている1880年以降で最も高かったと言う分析結果は 私達を驚かせ恐怖感を掻き立てられました。

今年の夏は 国内でもあちこちで41度を上回る記録破りの猛暑や、記録的短時間大雨に見舞われ 自然災害が何時何処にでも襲うと言う危険が孕んでいるのです。

 地球上のあちこちで、乾燥と高温に依る何時消えるとも知れない山火事が発生したり、豪雨による大洪水で村が水没したり多くの命が犠牲になるなどのニュースに心が痛みます。

地球は病んでいます! 来夏も覚悟しなければなりません。
まだまだ、厳しい残暑が続きます。 

 京都五山送り火が無事に終わった翌朝、肌に感じた「新涼」にほっとしましたが、反面夏を惜しむ一抹の寂しさを覚えます。

江戸時代の俳人 上島鬼貫の句に
  冬はまた夏がましじゃといひにけり   

とは云え、日中の厳しい残暑はまだまだ
続きます。

 以前収録した動画ですが、水にちなんで動物たちの妙技をたっぷりと せめてもの「残暑お見舞い」としてお届けしましょう。
 ごゆっくりお楽しみください。

【日本平動物園ロッシーとバニラの遊泳】

【アクア・パーク品川のイルカショー】

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しぞーか夏の風物詩

 お盆の恒例行事として定着した「静岡夏まつり夜店市」
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今年で56回目を迎え、8月10日~12日の3日間開催です。

【JR静岡駅北口から呉服町を望む】

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 JR静岡駅北に位置する呉服町は、江戸時代から続く商店街です。
呉服町・呉六・紺屋町・七間町の4つの名店街 「しぞーかのおまち」です。
毎年8月のお盆には夜店市が開かれ、夏物バーゲン・掘り出し物・イベントありで、しぞーかおまち夏の風物詩となっています。

 今年の夏は、全国的に記録的な猛暑に悩まされました。
 本来買い物以外は混み合う人なかに出かけるのが苦手な私でしたが、「おまち」の魅力をより高めようと頑張る各名店街を、夜風に誘われて楽しんで来ました。

【中町より呉服町通り入り口】
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まずは、静岡伊勢丹前から、呉服町通りを紺屋町に向けて人混みに紛れ込みました。
【静岡伊勢丹前 奥へ七間町名店街】
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あれ? 軽快なリズムが聞こえてきましたよ。
折よく通りかかった「つたや」前の特設イベントステージで、華やかな【舞姫たちのフラダンス】が繰り広げられておりました。

 

 6時を少し回った時点でご覧のような大混雑です。
日中、人出控えめの溽暑の名店街に どこから集まってきたのでしょうか?
ムンムンするほどの人混みを縫って、デジカメ片手に夜店市探訪を楽しみました。

【呉服町名店街辺り】

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 【静岡市役所・葵区役所を背に】

 

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 【呉六名店街の鮮やかな行灯】
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【小梳神社(おぐしじんじゃ)】
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お買い得なワゴン 掘り出し物に群がる人 演奏と歌と踊りの競演、老いも若きもこのときばかりは暑さも忘れ、笑顔笑顔の大集団です。

 平和な日本! 温和な風土 しぞーかの夏の風物詩でした。

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